第3話 嵐の前の静けさ

 いつものように指令を受けて感染者の退治に励む極水。相変わらずパニックの構内。視線の先に日桃の姿が見える。


「なにしてんだ」

「僕決めたんです」


 日桃はこれまで車体を撮ってきたそのカメラで凶暴化する感染者を収めると宣言する。


「危険行為はやめろ。迷惑だ」

「なんでですか」


 一眼レフカメラに目がいく極水。かつての大規模事案を思い出す。珍しい車体に群がる者は立派なカメラを首から下げていた。小さな脚立、三脚を用意している者もいた。あのときはノイズ株やシート株の感染者が凶暴化した。


「撮り鉄は嫌いなんだよ」


 日桃もその一人で指差す極水。


『こちら管理室。大規模事案が発生する恐れがあり』


 極水は場所と状況を管理室からキャッチする。そしてその場所では深夜帯にもかかわらず、イベントがあると聞かされる。


『またも深夜帯だけ運行する特別車のようだ』

「一体どうなってんですか」


 深夜だけ走る特別車を用意したのは鉄道ファンに向けられたものである。しかしそれはミッドナイトウイルス感染者を増加させる装置でもあった。


「なんで撮り鉄が嫌いなんですか」

「マナー違反者が多いからだ」

「みんながみんな、マナー違反者じゃないです」

「そうだったとしても、世間はたったひとりの行動で判断する。それが現実なんだよ」


 日桃と話している暇はなく、極水は通信を受けた場所へすぐに向かう。

 出口を抜けてすぐ、ナイトランナーの金真が待っていた。


「連絡は受けています」


 金真が投げたヘルメットを見事に受け取る極水。手際よく装着する。


「ちょっと待ってください!!」


 日桃があとをつけてきた。これから向かう場所を聞かれるが答えない極水。


「向かいますよ?」

「お願いします」


 金真が走らせたバイクはすぐに現場へと向かう。


 到着して感謝を伝える極水。しかし金真も一緒についてくる。


「まだ凶暴化が起こってないと聞いたので」


 下げるショルダーバッグには鎮静剤が入っている。


「あなたはナイトランナーです。それを俺が受け取って次の場所へ」

「いまもどこかの駅で、ナイトソルジャーが戦っているように、ナイトランナーも一人ではなく、みんなで動いてます。私は極水さんについていきます」

「わかりました。身の危険を感じたらすぐに逃げるように」


 構内はまだ静かである。これから大規模な凶暴化が起こるとは思えない。しかしホームへと近づいていくにつれて確信する。

 撮り鉄たちの怒号が響く中、金真はその数に驚く。


「これ……一体何人ですか」

「ざっと見て50人――」

「50人!?」


 ショルダーバッグの中身を確認する金真。そのタイミングで管理室から通信が入る。


『極水。その駅に到着予定の車両が間もなく通過する』

「通過ですか? 何か問題でも?」

『車内で感染者が凶暴化した』


 刹那、停車するはずの電車が通る。まるでスローモーションのように見えた車内で感染者と戦っている女性のナイトソルジャーがいた。

 撮り鉄たちの怒りがホームに飛び交い、脚立が落ちる音がした。すぐに駆けつける極水と金真。


「おい、大丈夫か」


 息の合った手際で極水は金真から鎮静剤を受け取る。しかし異変に気づく。蠢く血流のスピードが速い。これは物と一体化するシート株にみられる特徴ですぐに離れないと巻き込まれる。


「離れろ!!」


 声を張り上げると極水の血は蠢く。何もわからない者たちは反応に遅れ、シート株の感染者の凶暴化にのみ込まれる。タコのようにゆっくりと地を這う。

 得体のしれないモンスターに怯え逃げる者もいれば、好奇心に写真を撮る者。一人また一人とバタッと倒れる感染者。金真が助っ人でいるとはいえ、彼女は前線で戦うナイトソルジャーではない。

 物体と一体化する感染者はドロっとした液体を塗るように放出する。それに触れると人は沼にはまったように飲み込まれていく。


「さっきのナイトソルジャーのように遠距離武器があればな」


 シート株感染者と近距離武器は相性が悪い。奴を倒すには地面から突き出た上半身を斬らなければいけない。


「極水さん! 感染者の進行を抑えましたが、意識はまだ戻らず。女性一人で運ぶのは――」


 そのとき、見慣れた少年がホームへやってくる。ピンク髪の日桃だ。


「手伝います!」


 それでも日桃と金真では感染者を出口へ運ぶには時間がかかる。凶暴化したシート株の感染者は自分のテリトリーを拡大していく。もしもミスればサージカルブレードは失う。でもやらないと被害が増える。


『極水。まもなく別のナイトソルジャーが到着する』


 一か八かでサージカルブレードを奴に投げるつもりだった。

 さっきの女性ナイトソルジャーがそのガンでシート株の感染者を退治した。一つに束ねた髪にキリッとした目はクールな印象を与える。


「早く非凶暴化の人たちの誘導を」

「了解です」


 日桃が率先して撮り鉄たちを動かしている。名乗りもせず、女性ナイトソルジャーは去っていく。


『よくやった。これ以上感染者の凶暴化は確認されていない』

「それはよかったです。でもまた言われますよ、世間から」

『仕方ない。これも都民の命を守るためだ』


 イヤホンを外す。

 構内にいた彼らは日桃と金真が出口へと誘導してくれた。今日も警備ロボットが待っている。


「ご苦労さまです、ナイトソルジャー」

「お前もな、警備ロボット」


 極水と警備ロボットのやり取りは恒例行事だ。駅を出ると金真と日桃が待っていた。


「お疲れさまです。極水さん、先ほどのナイトソルジャーは」

「どこかへ行きました」

「そうですか」


 金真はヘルメットを被り、バイクに跨る。今回はナイトランナーのする業務以上のことをした。金真は首を回して両肩を揉む。


「私はこれで失礼します」


 バイクを走らせ、金真は去っていった。

 撮り鉄たちの被害が増えなかったのは日桃が力を尽くしてくれたおかげである。極水は感謝を告げる。


「極水さんはこれからコンビニでスイーツを食べるんですよね?」

「それがルーティンだからな」

「僕の家に来てください。スイーツあります」


 コンビニでスイーツを食べる、というのがルーティンなのだが極水はおとなしく日桃の家に足を運ぶ。


 小さなアパートマンションの三階に住む日桃は先に部屋に入って極水はついていく。玄関には二人の靴しかなく、電気はついていない。


「親は朝早くから仕事か?」


 日桃は詰まることなく、自分の両親が「亡くなった」と口にした。テーブルに座るよう促し、前日に準備していたスイーツを極水の前に置く。


「一時期、缶ケーキというのが流行っていたの知ってます? 下にはクッキー生地、その上にチョコスポンジ、チョコクリームを。入口には板チョコを乗っけてます」


 普通に自分の作ったスイーツの説明をするが、極水が亡くなった両親について気になる。

 リビングには日桃と父親が、蒸気機関車を背景に写っている写真立てがある。


「衝突事故でした。未成年の飲酒運転の車にぶつかったんです」

「未成年の飲酒運転か……」


 板チョコをパリッと鳴らして食べる極水。


「僕は塾の迎えを待っていたんです。わからないところがあるから自主的に残っていたんです。時々思います。僕がもし自主勉していなかったら母さんも父さんも亡くならなかったんじゃないかって」

「それは違うだろ」


 クリームをすくったスプーンが宙に止まる。それは極水の口に運ばれず、ケーキ缶の中に戻された。


「俺が幼い頃、母は駅で亡くなった。転落事故――突き落とされたんだ」

「なんで……ですか」

「電車の中で大声で電話していた奴を注意したからだ。普通なら誰も注意しない、見て見ぬふりだ。でも幼い頃の俺は余計な正義感を母にぶつけた」


  あの人、大声で電話したらダメだよね。


 幼い極水のその言葉がなければ、母親は注意することなく、今も生きていたかもしれない。


「でも本当にそうか? 悪いのは注意した母じゃない、車内でマナー違反していた奴だろ。日桃の両親だってそうだ。悪いのは飲酒運転していた未成年の奴だ」

「そう言ってもらえると救われます」


 と、日桃はニコッと笑う。感情的になった自分を隠すように極水はクリームを口に放り込む。そしてむせる。


「美味しいからって、急いで食べなくてもケーキ缶は逃げませんよ」

「別に美味しいってわけじゃない」

「えぇ!? 美味しくないんですか」


 がっかりした表情の日桃にボソッと小声で「まあ美味しいけど」と伝える極水。


「これからは桃鉄って呼んでください。日桃鉄雪で、桃鉄です」

「別に呼ばねーよ」

「なんでですか!」


 それはまるで、何事もなかったかのような平日の朝だった。しかし、今晩もナイトソルジャーはミッドナイトウイルスの感染者と戦うことになるだろう。

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ナイトソルジャー ―凶暴化したマナー違反者を斬ることが、彼の夜の仕事だ― もなか翔 @mao_ka

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