天女の住む時計台
帆尊歩
第1話 天女の住む時計台
一人のおじさんがふらふらとやってくると、公園の池を囲うように配置されたベンチに腰掛ける。
何だか死にそうな顔だ。
仕方がない、あたしは仕事を始める。
あたしは池の中央に立つ時計台から降りると、おじさんの横に座る。
おじさんに、あたしは見えない。
抱きしめると、心の声が聞こえる。会社経営がうまくいかなくて、倒産寸前、そのせいで家族には逃げられ一人ボッチ。
一時間くらいだったかな。おじさんを抱きしめていると、おじさんの心から負の感情が半分になった。
おじさんは立ち上がり、足取りは来たときと変わらないけれど、心は強くなっていた。
あたしは手を振ると、また時計台の上へと舞い上がる。
この時計台は池の真ん中に建ち、てっぺんに岩を模した文字盤がついている。
あたしはその上に座ってこの池のベンチの来る人を眺め、心が弱っている人に寄り添って、その人を抱きしめる。
また人が来た。
ランドセルを背負った女の子だ。
ベンチに座って、うなだれている。
そっと寄り添い抱きしめる。
仲の良い友達と喧嘩をした?
まあ、なんてかわいらしい。
悩みの重さなんて人それぞれなのよね。
会社が倒産しそうで家族に逃げられた人と、仲の良い友達と喧嘩をした。
不幸として比べることが出来ないくらい違う。
でも本人の心の負担は同じだった。
グーパンチされている人には、ピンタなんてたいしたことないけれど、ピンタをされたことのない人には、ピンタはとんでもないストレスになる。
まあ、抱きしめられて、心が救われるというのが、全然理解出来ないけれどね。
あっまた来た。
今度は二十代の女性。
えっ。
なんでそんな人を抱きしめて、心を救っているかって。
それは、それがあたしの仕事だから。
じゃあいつからなんて聞かないでね、あたしにも分からないんだから。タダここから外には行かれないのよね。だからあたしはそこの時計台の一番上に座って下を眺めている。
ベンチの一つになんかゴージャスなドレスを着た女の人が座っている。
なんだ。
と思うと女性はあたしを見つめ手を振った。
あたしの事が見えるのか?仕方なくあたしも手を振った。
次の瞬間女性はあたしを手招きした。
あたしは呼ばれたら行く主義なので、時計台の上からいつものようにふわーと降りていって、女性の横に座った。
「私のこと見えるんですか?」
「ええ」
「あなたは、誰ですか?」
「人に名前を聞く時はまず自分から名のるものよね」
「ああ。でもよく分からないんですよね。私の名前。強いて言うなら、時計台に住む妖精?」とあたしは首をかしげた。女性はちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐにあきれたように言う。
「よく恥ずかしげもなく、自分のこと妖精だなんて言えるわね。大した物だわ」
「そうですか」あたしは胸を張る。
「そのドヤ顔やめなさい。全然褒めてないから」
「違うんですか。で、あなたは?」
「あなたが妖精だというなら、私は時計台に住む、天女かな」
「天女さんはここに住んでいるんですか?」
「そうよ」
「だって今まで一度も会わなかった」
「時空が違うのよ。だから時空の違う人達がここにはもっとたくさんいるかもよ」
「えー。見えない人がですか。ここに知らない人がうウヨウヨいる!気味が悪い」
「あなたの論法で言えばあなたも十分気味が悪いと思うけど」
「で、時計台に住む天女さんが、どうして私の前に?」
「あなたの心が悲鳴を上げていたから、あなたをあたしが抱きしめてあげようかなと思って」
「同業者ですか?」
「うーん。人を抱きしめて、心を救うことを仕事というならね」
「でも私は大丈夫です」
「あらどうして?」
「だって抱きしめられて、なんで心が救われるのかがさっぱり理解出来ない。だってそうでしょう、根本的な解決になんてならないのに」
「それが分からずに、みんなを抱きしめてきたの?」
「ええ、まあ」
「あきれた人ね。まあいいわ。さあ私の胸に抱かれなさい」
「イヤイヤ、だからそんな事したって」その時女性はあたしを抱きしめた。
えっ、何この心地よさは。何だか心の堅くなったところが、溶けて行くような。なんだこの心地よさは。女性はママの匂いがした。
ママ?
私にはママがいたの?
ママ。ママなの?
そうだ思い出した。あたしはここで溺れたんだ。誰かの呼ぶ声。あたしは名前を呼ばれた、なんて呼ばれのかは、聞き取れない、でもそれがあたしの名前だ。
えっ。あたしは死んでいたの。いつから?
体が溶けて行くような感じがする。心地良い。ああ、段々意識がなくなって行く。
あたしはどうなるの?どうなってしまうの?
逝ったか。
全く想いをのこして、この時計台に漂っていたのに、あたかもずっと昔からここにいたかのように思い、他の人に寄り添い、抱きしめる。でもその効果は信じない。ピュアー何だか、やさぐれているの分からない。
面倒な娘。
この時計台で、人々に寄りそっていたのは、私なんだからね。
時計台に住む天女様、なめんなよ。
でも良かったね、成仏出来て!
天女の住む時計台 帆尊歩 @hosonayumu
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