第4話 曖昧模糊




どん、からのドキリ。

ぴくりと体を跳ねさせた俺は、恐る恐るドアの方へ目を向ける。


幼馴染のお出ましである。

一昨日黒髪ツインテールにしてくれと懇願したら本当にしてくれた幼馴染こと、春野萌奈のお出ましである。


萌奈はツインテールにしてからまだ日が浅いから、やっぱり新鮮で可愛いのだが、今はその厳しさに打ち消されてしまっている。普段の楚々とした雰囲気はない。

彼女はただ、俺たちに血走った目を向けている。


「えっと、どうした」

「なにお姉ちゃん」

「はぁ……ゲームね。紛らわしい……」

「え? 逆になんだと思ったんだよ」

「いや……と、ともかく私はねっ、勉強中だから。静かにね」


ツインテールをぶんぶんふって、萌奈が威勢を取り戻そうとするような態度で言う。


「ふん」とドアを閉めようとした萌奈に、そこで愛弟子が待ったをかける。


「せっかくだし、お姉ちゃんも一緒にやろうよ。ボコボコにしてあげるからさ」


ニヒルな笑みを見せて愛結が言う。

日頃から愛結はよほど姉に鬱憤をためているのか、この機会にストレス発散する気まんまんだ。それとも俺がボコボコにしすぎたせいかもしれない。


「やらない。やったこともないしやりたいとも思わないもの」


テレビ画面を一瞥したかと思うと、萌奈はすげなくそう言った。

まぁそうだろうな。クールビューティーからすれば格闘ゲームなんて野蛮だと思ってそうではある。


予想通りの返事に納得しかけたところで、俺はふと想像する。


クールビューティーの萌奈が妹にボコボコされて悔しそうにする姿を。


ちょっとまてよ。

あ、面白い。こりゃ見ものじゃないか。

どうにかしてマッチングさせたい。


「いいじゃん。お姉ちゃんも絶対ハマるって」

「んー、興味がないのよねぇ」


なおも食い下がる妹を一蹴する姉。

その間に俺は頭をひねる。


「俺も姉妹対決見たいからさ、萌奈も一緒にやってくれよ」

「勝負にならないわよ……ってあんた、私が負けるの見たいだけでしょ。お見通しなんだから」


そう一筋縄ではいかないか。

ならば、一計を案じよう。

俺が愛結に耳打ちすると、妹はいたずらな笑みを浮かべ、姉は怪訝な顔をした。


「なに企んでるのよ」

「そんな悪いこと考えてないよ。あれだよ、あのレースゲームのやつならお姉ちゃんもやったことあるし一緒にできるねって話してたの」

「そうそう。ってことでレースのやつで勝負するんだ!」

「無理やり流れを作ってるようだけど、やらないわよ?」

「もしかして、ビビってんのか、ビビってるんか」

「やすい挑発だこと……はぁ、しつこいから一戦だけ付き合ってあげるわ」

「よしきた! 今準備するからちょいと待ってねお姉ちゃん!」





「ねぇ、そう言えば、聞きたかったんだけど……」


ゲームのカセットを見つけるべく部屋を右往左往している愛結を尻目に、萌奈がなんともなしに口を開いた。


「攻略、諦めたって本当?」

「え、ん?」


まじまじと見てくる萌奈には妙な気迫があった。


「え、それ誰から聞いたんだ……あぁ源のやつか」

「そうよ。で、どうなのよ」


恐らく萌奈は怒っているのだろう。そりゃあ攻略を手伝わせておいて勝手に諦められたら不満もたらたらだろう。だが、安心してくれ、今ちょっと萎えてるだけで諦めてはいない。


「いや、諦めたわけじゃないんだって。今日ちょっと会話に失敗してさ、それで萎えてるだけ」

「なんだ、そうだったのね」

「お前に色々協力させておいて勝手に諦めるなんてダサい真似はしないって。お前のためにも、必ず成功させる」

「そう。……別に、私としてはあなたが諦めてもいいと思ってるけどね」

「え、本当に?」

「本当よ。むしろ……」

「あ、師匠! やっとカセット見つけました!」


食い気味で、愛結がカセットの発見を知らせる。

なぜかそっぽを向いている萌奈に愛結がコントローラーを手渡して、ようやく開戦となる。


「操作方法とかルール覚えてる?」

「大丈夫、今思い出したわ」


コントローラーをにぎにぎして感触を確かめながら萌奈が言う。

不覚にもちょっとかっこいいなと思ってしまった。


「じゃあ、始めるよ!」


キャラクターとコースを選択し、準備は整った。

意気揚々とコントローラーを握る妹に対して、姉の方は気だるげである。

そして3、2、1のカウントダウンで旗が振り下ろされる。


「――お姉ちゃん、は、早いって!」

「ええ、逆に2人ともなんでこんなに遅いの!? ふふっ」

「やばいって! もしかしたら萌奈ゲームの才能あるんじゃないか!」


結果、一位は萌奈となり俺が5位で愛結が6位だった。萌奈なら5位くらいだろうと予想していたのだが、まさか1位になってしまうとは思わなかった。本当にセンスがあるかもしれないな。


「くやじぃ!! 私このゲーム得意なのにぃ!」

「俺も自信あったんだけど……まじか」

「自分の才能が恐ろしいわ。まさか、ゲーマー2人に素人が勝ってしまうなんてね!?」


最初げんなりとしていた萌奈の表情は一変して今は勝ち誇った表情コントローラーをカチャカチャしている。


「ちょっ、ほんとにくやしい! お姉ちゃん、次このパーティゲームしよ! お願い!!」

「もう、仕方ないわね」


それから、いくつものミニゲームが収録されているパーティゲームに勝負の舞台を変えた。しかし、萌奈の勝利は揺るがなかった。

スコアではほぼ横並びといってよかったが、萌奈がわずか1点差をつけて勝ちやがった。


「う、うぅ、じゃ、じゃあこれ、最後はこの今私が練習してる格闘ゲーム! これならもしかしたらお姉ちゃんに勝てるかもしれない!」

「ふふ、いいの? 自信喪失するかもしれないわよ」

「だ、大丈夫、きっと勝てる!」

「ふふん、かかってくるといいわ!」


いつのまにか、愛結が挑戦する側になっている。

愛結のやつ、随分上手い運びだな。


「ぜったい勝つから!」


そうして、俺が萌奈に操作方法をレクチャーしたのち姉妹乱闘が実現した。

一回戦目、萌奈はあと一歩のところまで愛結を追い詰めたがついぞ敗北。2開戦目も接戦だったが、愛結が勝利した。そして3回戦は愛結の圧勝どころかパーフェクトゲームであった。


「なるほど、あんたたち、謀ったわね」

「いやぁ、気分いいなぁ。レースゲームとパーティゲームであえて勝たせて調子にのらせてから、最後の格ゲーで鼻っ柱を折るの、あぁ楽しいなぁ」


我が弟子ながら、非常に性格が悪いなぁ。考えたの俺だけど……。


「天狗の討伐完了! ぶい! あれ? 本当に天狗みたいに顔赤いね? お姉ちゃん、ねぇ?」


この煽りは妹のアドリブだからな、俺は関係ないからな。嘘じゃないぞ。


「……あぁ、もうね、なんていうか……くやじぃぃぃぃっ!! もう! もう!」


そうそう、これが見たかった。


「なぁ萌奈、ゲームって楽しいだろ?」

「……ここまで虚仮にされの初めてだわ」


萌奈の鋭い眼光が俺たちを刺す。

これは少しやりすぎてしまったか。


「あんたたち、まじで覚えてなさいっ!」すっと立ち上がり、出ていこうとする萌奈が最後に言った。


「ちょっと、ゲーム機買ってくる」


俺は昔から知っている。

彼女が生粋の負けず嫌いであることを。


萌奈のこういう一面を見たくて今回犯行に及んだことは多少悪いと思ってる。


でも俺は今、なんか達成感みたいなのを感じてる。なんというか癒されてるんだよな。きっと攻略が行き詰まってるからだろう。


ともかく俺は癒されたからもう大丈夫。明日から何とか頑張る。頑張れる。


「俺はやるぞ!」

「急にどうしたんですか師匠!?」


弟子に構わず、俺は勢いよく拳を突き上げ、気炎を上げるのだった。



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