第9話 山の神の花嫁

 如月先生の話に続き、今度は羽々桐さんが自身の大学時代の後輩、Kの奇妙な体験談を語り始めた。



 大学時代の後輩に、Kという女性がいた。

 彼女は一般的に言って、実に魅力的な女性であった。彼女は多くの彼氏がいて、また彼女に懸想する男性も多くいた。 

 私は彼女に対して、趣味が合い、性格的には相性が良くとも、男女の仲には決してならないだろうという妙な確信があった。そのおかげで、良き友人としての付き合いは在学中続いていたのだが。

 私が大学を卒業して二年ほどたったころ、町中で彼女と再会した。


「あー、先輩久しぶりです。どうすかー、まだ彼女いないんすかー」


 開口一番、余計なお世話だった。


「それでね、先輩。実は私、結婚したんすよ」


 喫茶店でパフェをいじりながら彼女は言う。確かまだ在学してて、四年生だったはずだが。


「早いな。まあ、おめでとう」


 私は素直に彼女を祝福した。


「本当は先輩たちも結婚式に呼びたかったんすけどね、なんつーか、呼べない事情があったんす」

「へえ」


 Kの言葉に興味を覚える。


「事情って……」

「や。田舎の事情って奴っすね。別に変なあれじゃないんすけど。身内だけで行うって奴っすわ。田舎って本当、そういうのがあって嫌ですねー。結婚自体は逆に面白かったんすけど」

「ふむ。まあ、幸せなんならいいけどさ。ほら、お前彼氏色々と変えてたからさ、大丈夫かなって思ってて」

「あー、やっぱそれもあるんすよね。だから村の人に結婚勧められて。変にこじれるより、そっちのほうがいいかなーって」

「……よくわからないけど。

 で、旦那さんってどういう人なの。話聞く限りだとなんか、Kの田舎の権力者か何か?」

「あー、いや。権力者っていうより……」


 次の言葉で、私は盛大に珈琲を噴きだす事になった。


「神様ですね」




 ほら、先輩も知ってる通り、私って恋多き乙女だったじゃないですか。

 それでね、先輩が卒業した後の話なんですけど……

 H田っていたでしょ、あの暗い奴。あいつがストーカーになっちまったんですよ。

 人間って、変われば変わるもんでしてね、人畜無害っぽかったあいつが、ギラギラとこう、見るからに危ない感じになって。

 当時の彼氏なんか、あいつに闇討ちされてボッコボコでしたから。

 さすがにやばいって思った私は、田舎に帰る事にしたんす。

 都会っ子気取ってた私っすけど、やっぱり故郷っていいもんだなあ、って。もうほんっとう久々に、純真無垢な少女に戻った感じで。


 ……なんですかその顔。

 それで、ゆっくりと羽を伸ばしてたらですね。村の爺様たちが悩んでるんすよ。

 山の神様の怒りがどうとか。

 神様なんて、こっちにいた時は信じてなかったけど、田舎に戻ると、なーんか信じちゃう空気っていうか。私の心が弱ってたってのもあるんでしょうね。

 そんで両親に話を聞いたら、山の神様が怒ってて、その怒りを鎮めないといけないらしくて。

 もうわかったでしょ?


 私、山の神様と結婚したんですよ。そりゃ先輩たちを招待できませんよね、あっはっは。


 なんでそんな怪しい話を受けたのかって?

 まあ、心が弱ってる時に、休もうと戻ってきて、それを快く迎えてくれたいとしい故郷ですよ。そりゃ少しの無茶ぐらい聞こうって気にもなるでしょ。

 要は、儀式。結婚式ごっこみたいなものです。


 笑えるのが、結婚式でね、白無垢の私の隣に座るのが、木で作られた人形なんです。

 でもみんな、真剣なんですよ。花婿が木の人形、花嫁が人間。それをみんな笑いもせずに厳粛に式を行うんです。

 ……あ、先輩もすげぇ見たかったって顔してる。サークルのみんなも同じ顔しましたよ、やぱい超受ける。

 気持ちはわかりますけどね。私だって知り合いがそんなことやってたら、絶対に見たいですもん。

 そして結婚式が終わって、その夜なんですけど……

 私にね、見えない何かがのしかかってくるんです。真っ暗闇の中で。

 ああ、うん、あとはまあそのまま、初夜って奴ですね、神様と。何も見えない、確かに何もいない、だけどそこにいたんです。

 おぼろげに見えるのは、猿の仮面とかです。狐もあったかな? お祭りで売ってたり、伝統工芸的な感じのお面です。

 闇の中で、あれだけが、ぼう、って浮かび上がってきてると超怖いっすね。もっとも、その時は怖いなんて思わなかったし、今だって頭では、うわちょーこえー、ってなりますけど、感情的には別にそんなに怖くないな。って感じですし。

 いわゆる明晰夢だとかそういうものかもしれないですね、今考えたら。


 ともかく、そういう事はあったけど、無事結婚式は終わったわけです。それで、山の神様の怒りも収まるに違いない、ってみんな言ってました。

 実際に、私が山の神様の妻になったからなのか、それとも最初からそんな怒りなんかなかったのかはわからないですけど、村も特に悪い事は起きてません。


 ……で、後から聞いた話ですけど、山の神様との結婚って、結構昔から何度か行われてきた儀式らしいんです。

 場合によっては、村に立ち寄った旅の女性を神の嫁として迎えた事もあったとか。昔の話らしいですけど。

 まあ、お話は終わりですね。

 村で生活費出してもらえるし、みんな優しいし、好きな事出来てらくちんですよ。ネットがあるし、仕事だって田舎で在宅で出来ますしね。自分の本を出す夢に向かって一直線っすよ。だから将来的には田舎に永住かなー、なんて。

 田舎が嫌で飛び出した私なのに、どーいう心境の変化なんだよ、って思いますけどね。まあ、なんだかんだで収まる所に落ち着いたのかなって。


 ……ストーカーですか?

 私が山の神様と結婚してから、不思議と現われなくなったんですよ。

 それどころか、男との縁もなくなりましたね。不思議と、残念だとか惜しいとか思わないんですけど。




 Kがそう語り終える。

 なるほど、山奥の村の奇妙な因習、という奴なのだろうか。

 裏に様々な思惑、しがらみがあるのだろうが、ようするに彼女は体のいい生贄、人身御供という奴だ。昔からそういう話は各地にあるという。

 人身御供……本当に「殺される」わけでは無い分、良心的ではあるだろう。村に閉じ込められるわけでなく、こうやって都会に出られている事を考えると、本当に寛容だと思う。元々その村がそうなのか、それとも時代の流れに従い変わって行ったのか。

 興味が無いわけでは無いが、しかし態々深入りするような話でもない、と私は思う。


 次にまた、神との結婚式があるなら、その時は潜入して見物して見たい……とも思ったが、そこは我慢しておいた方がいいだろう。



 しかし、彼女は何と結婚したのだろうか。

 初夜にのしかかってくる影。

 そう、ただの夢と断ずる事は可能だ。容易だ。だが……

 ならば、大きくなっている彼女のお腹は、何なのだろうか。あれは、いったいの子だ?

 Kはあの夜、何と契りを交わしたのだ?


 ……いや、よしておこう。

 真相がどうであれ、彼女は今、幸せそうなのだ。

 だから私は、これ以上踏み込むことはしない。

 先程から私と彼女に注がれる視線……監視している存在にも、気づかないふりをした。

 監視はしているものの、少なくとも彼女に対しての悪意や害意も感じられないからだ。私に対してはわからないが、不都合さえ与えなければ大丈夫だろう。

 ムラシャカイとは、そういうものなのだから。

 だから、私は何も気づかなかった。これからも、決して気づきはしないだろう。

 Kが、不幸にならない限り。そしてその時は、おそらくやってこないだろう。



 数か月後、彼女から葉書が来た。

 元気な男の子が生まれたらしい。

 村の皆は、我が子であるかのように喜んでくれたという。



「……彼女は、今も幸せそうでした」


 羽々桐さんはそう締めくくった。


「法術で解決、とかそういう話じゃないんですね」

「別に法術師はスーパーヒーローではないんですよ。今回の話は、私が後輩から聞いただけで、依頼をされたわけではないですからね。

 人を救えるのは自分自身だけ、という言葉が法術にはあります。

 自分から本気で今の状況を変えたいと思い、行動しない限り――私たちは何もできません」


 羽々桐さんは静かにそう言った。

 怪異、あるいはそう思え寝る出来事に遭遇した時――人はそれを受け入れるか、それとも抗うか。

 その意思こそが大事なのだと。



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