食べる

妃水

第1話 消えたアイドル


【弊社所属アーティスト・夢原柚希ゆめはらゆずきに関するお知らせ】


 そう銘打たれた文書が公開されるや否や、ネットは火を吹くように沸騰した。


【『Doors』メンバー・夢原柚希が急逝したことをお知らせいたします。

 日頃より夢原柚希を応援してくださった皆様には感謝申し上げます。

 また、故人の名誉のため、死因を探るなどの行為はお止めください】


 人気アイドル、夢原柚希の突然の訃報に、ネットは混乱状態となり、関連ワードがトレンドを席巻した。


《夢原柚希って、リオンと熱愛報道が出て大騒ぎだったやつだよな》


椎菜しいなリオンのファンが炎上させたから自殺したんだろ》


《匿名だからって、有名人に対して誹謗中傷を書き込むの止めたほうがいい。

 そのせいで人がひとり死んだんだよ》


《夢原柚希は椎菜リオンのファンにころされたんだ》


《椎菜リオンのファン、俺の夢原柚希を返せ!》


《御冥福をお祈りします。

 これでリオンは私たちファンのもとに戻ってきてくれます。

 ありがとう、夢原さん》 



 熱愛が報じられたあと、清純派アイドルを謳っていた夢原柚希と、交際相手とされた同じく人気アイドルグループ『Dreamer』のメンバーである椎菜リオンには心ない中傷が相次いだ。


 ふたりの所属事務所は火消しに躍起になったが、炎上は消えるどころか、日に日に裾野を広げ延焼し続けていた。


 夢原柚希のファンは裏切られた、と罵倒し、怒りの矛先は交際相手である椎菜リオンにも飛び火した。


 メディアでも夢原柚希の突然の死は速報として報じられ、テレビでは、有識者が『顔の見えない第三者によるインターネットでの有名人への誹謗中傷』の危険度を語り、警鐘を鳴らしていた。


 ネット上には、夢原柚希の死は、交際報道に端を発する誹謗中傷により心を病んだ末の自殺ではないかと、誰が言い出したのかも不明な死因が、まるで真実のように語られ共有されていった。


 そして、その『真実』を『真実』たらしめる決定打として一役買ったのが、夢原が生前最期に自身のSNSに『……つかれた』と投稿したたった一言だった。


 メディアは、まだ16 歳のアイドルの死を悲劇的に報じ、ネットの闇を盛んに取り上げた。


 その偏った報道に事務所が異論を唱えなかったことから、夢原がネットの攻撃に耐えきれず自ら命を絶ったのだという認識が『真実』として定着した。


 騒ぎは、それだけにとどまらなかった。


 夢原柚希の訃報から2週間が経ったころ、またも世間を震撼させる出来事が起きた。


 沈黙を貫いていた椎菜リオンが、高層階から転落し、あわや命を落とす危機にまで陥ったというのである。


 この報道で、ネットは再び燃え上がった。


 今度は、椎菜リオンが自殺未遂をしたのは、夢原柚希のファンのせいだとする論調が展開され、双方のファンが対立する格好となった。


 一命を取り留めたという椎菜リオンについて、所属事務所はコメントを徹底的に行わなかった。


 真実を知りたいと押しかけるメディアをすべて遮断し、沈黙した。


 やがて話題を集めたアイドルによる後追い自殺は、徐々に盛り上がりを失い、2ヶ月も経つころにはすっかりメディアもネットも賑わせることはなくなった。



 

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