魔女がうまれる

綺嬋

プロローグ 魔女は逃れる

「ねえ碧瀬へきせ、あんたの仕業?」


 クラスメイトから声が上がった。


「だよね。魔法なんて使うの碧瀬しかいないもん」

「自作自演で星楽せらに気に入られたかったとか?」


「ち、違うよ……」


「だったら今すぐ星楽を襲った犯人を見つけてよ、お得意の魔法でさ。ねえ魔女サマ?」


「わ、わたしにはできないの。使われた魔力から個人を特定するような魔法はまだ……」


「何言ってるか分かんないんだけど。できないのはあんたが犯人だからでしょ?」


 違うよ。わたしじゃない。

 このクラスで魔女を名乗っているのはわたしひとりだからって、こんなのひどいよ。


 大粒のにわか雨に下校の足が止まった放課後の始まり。

 六月のじめじめした教室にはまだ多くの生徒が残っていて、廊下から賑やかな声が飛び込んでくる。


 だけどこのクラスだけは魔女裁判の最中。

 被疑者はわたし。

 同じ空気のもとに束ねられた敵意は、どんな魔法よりも強くて恐ろしくて。

 弱い魔女わたしには抗いようがない。


「浅ましいことを言いませんの!」

 凛とした叫びが雨音をつらぬいた。


「ぬいさんは身をていして紅祭くれまつりさんを守りましたのに、疑うだなんて最低ですわ! わたくしたちは誰ひとり動けませんでしたのよ!」


「……ありがと、瑠那るなちゃん。わたしは平気だから」


「貴女も貴女ですわ! 疑いの声に負けてはなりませんのよ! ただでさえ肩身の狭い魔女の地位を更におとしめてどうしますの!」


 瑠那ちゃんはクラスをにらんだ顔のままわたしに詰め寄った。まさか自分が責められるなんて思ってなくて何も言葉にできずにいると、

「……藍澤あいざわさん。碧瀬さんの味方するのやめたほうがいいよ」

呆れ気味の声がした。


「何故ですの? 魔法を使えば一番に疑われる彼女がこんなことをするはずがありませんわ。誰かが罪を擦り付けようとしていますのよ!」


「じゃあ藍澤さんは碧瀬じゃなくてクラスの誰かを疑うんだ?」


「そうは申し上げていませんわ。思考停止してはじめからぬいさんを犯人だと決めつけてはなりませんのよ!」


 わたしを自分の背に隠してみんなの前に立ちはだかる瑠那ちゃんは勇敢で、こんな時でも格好いいと思っちゃう。


「面倒だから碧瀬が犯人ってことでよくね?」


「おいおいもしかしてそういうお前が犯人なんじゃねーの?」


「あーバレちゃったかーへへへ」


「ふざけている場合ではありませんのよ! ぬいさんを傷つけるだけで有耶無耶に終わらせて、真の犯人を野放しにしますの!?」


「そう言うならまずは一番怪しい碧瀬が犯人じゃない証拠を出してよ」


「悪魔の証明なんてできるわけがありませんわ!」


「藍澤さんは黙っててよ」


「ええと……」

 何か言わなきゃ。瑠那ちゃんの言う通り、疑いの声に負けちゃいけないんだ。

 でも……何を言えば疑いが晴れるの?


 教室の重苦しい空気が更に濃くなっていく。

 目線だけで見渡す周囲は疑い、怒り、軽蔑の眼差しばかり。

 今にも折れそうなわたしの目が吸い寄せられるのは、床にへたり込んでいる星楽ちゃん。

 みんなの真ん中で輝くこの子なら、助けてくれるかも知れない。

 でも、星楽ちゃんは青ざめた顔のまま口を結んでいる。さっきのことがトラウマになっちゃったのかな。それともクラスの雰囲気が怖いのかな。


「星楽に近づかないで!」


 わたしの視線に気がついたのか、星楽ちゃんの友達が彼女を引っ張ってみんなのところに連れていく。されるがままの星楽ちゃんは何も言わない。こっちも見てくれない。

胸の奥がズキリと痛むけど、誰もそんなわたしを待ってはくれなくて。


「なんか言いなさいよ碧瀬」

「早くしろよ」


「あっ、えっ……」


「碧瀬!」


 怒鳴り声が怖い。口が開かない。声が出ない。

 鼻の奥がツンとして、視界がにじんでいく。


「ぬいさん! 今は泣いてる場合では――」

「ご、ごめんなさい!」


 リュックを握りしめて教室を飛び出す。怒号に背中を殴られて、息が止まりそうになる。

 いったい何が、わたしの運命をこんなふうにしちゃったのかな。


 廊下を走りながら、必死にこの二日間を振り返った――

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