第19話(アイドル目線)

——あの頃のこと、ちゃんと思い出せる。


夢みたいな時間だった。

いや、夢だったのかもしれない。今になって思えば、全部。



「カノン、最高だったよ!」

「センター交代、大正解だわ!」


その日も、ステージから降りた私は、プロデューサーに囲まれていた。

熱狂の渦の中、私の笑顔、歌、ダンス。どれも“完璧”だと持て囃された。


メディアはこぞって「令和のミューズ」「透明感と妖艶さの融合」なんて持ち上げた。

でも、それはただの表面。貼りつけた笑顔。虚構。


本当の私は、もっと汚い——。



最初は違ったんだよ。本当に。


ちょっと可愛くて、ちょっとダンスが好きで。

褒められるのが嬉しくて、テレビに出たいって思ってただけの、普通の女の子だった。


でも、この世界に入ってすぐにわかった。

「いい子」じゃ、何も残らない。

「優しさ」じゃ、何も守れない。


だって、可愛い子なんて、いくらでもいる。

努力してる子? もっといる。

じゃあ、どうやって“生き残る”?


——蹴落とすしかないでしょ。



私がやったこと、いくつもある。


後輩のSNSに、わざとアンチ垢を作って噛みついた。

別のセンター候補の子には、「あの人、パパ活してるらしいよ」って噂を流した。

新人の子には、楽屋で言ってやった。「あたしの真後ろに立つな。それ、マジで不愉快だから」って。


その子、翌日からレッスン場でも私の目を見なくなった。

でも、その“スペース”のおかげで、私はカメラに綺麗に映った。


後ろめたさなんて、なかったよ。

だって勝ちたかったから。

勝たなきゃ、誰にも名前なんて覚えてもらえないんだから。



男遊びもした。

現場で出会ったドラマの助監督、テレビ局のAD、バーで声をかけてきた資産家の御曹司。


「自分を売る」ことと「自分を安売りする」ことは違うと思ってた。

でも、どこかで境界線は曖昧になってた。


マネージャーには何度も言われたよ。


「もう少し落ち着いて。噂になったら、あなたが損するだけだから」



——うるさいな、って思ってた。


だってあたしは、センターだったんだから。

「止まれ」なんて、誰にも言わせたくなかった。



崩れたのは、ほんの一瞬。


たったひとつの撮影現場でのやり取り。


「台詞変えてもらえますか? キャラとズレてて……」


ちょっと真面目に意見しただけ。

それだけだったのに、脚本家がムッとした顔をした。


それからだった。


「現場で空気を悪くする」

「協調性がない」

「プロ意識が低い」


——私を貶める言葉たちが、まるで毒のように業界に広がっていった。


マネージャーに聞いても、はぐらかされるばかり。


「うーん、今ちょっと企画が動いてて」

「来月には連ドラのオーディションあるかも」


そんな言葉を信じて待ってる間に、スケジュールは“調整中”で真っ白になった。

テレビも、CMも、雑誌も。全部、音沙汰なし。


そして気づいたら、


——あたしが蹴落としたはずの後輩が、センターに立ってた。



SNSには罵声が溢れてた。


「ざまぁ」

「態度悪かったもんね」

「もう見たくない」


自業自得——何度その言葉を見たか覚えてない。

でも、一番つらかったのは、

“味方だと思ってた仲間”が、一斉に口を閉ざしたことだった。


一緒に泣いて、笑って、励まし合った子たち。

一緒にセンター争いをした仲間。

——誰も、手を差し伸べてくれなかった。


みんな、目を合わせようともしない。

まるで“汚いもの”を見るみたいに。



電車に乗るのも怖くなった。

コンビニの雑誌コーナーを見るのも嫌だった。

「終わった人」扱いされてるのを、現実として突きつけられるから。


落ちるのって、一瞬なんだね。

私が積み重ねてきた“完璧”なんて、誰も覚えてない。

ちょっとのスキャンダルで、「そういう人だったよね」って過去が塗り替えられる。


どこに行っても、

——私はもう“過去の人”。


悔しかった。

全部投げ出してやりたいくらい、悔しかった。



——そんな時だった。


とあるスポンサーに呼び出しを喰らった。


そして、同い年ぐらいの社長の娘にいきなり、


「責任なんて、あるかないかは関係ないんじゃない? 噂が立った時点で終わりなのよ」


「今、あなたがどんな立場か……自覚ある?」


あの目。

全てを見下して、笑ってる目。


その瞬間、プツンと何かが切れた。


——あたしの中の何かが壊れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る