第19話(アイドル目線)
——あの頃のこと、ちゃんと思い出せる。
夢みたいな時間だった。
いや、夢だったのかもしれない。今になって思えば、全部。
◇
「カノン、最高だったよ!」
「センター交代、大正解だわ!」
その日も、ステージから降りた私は、プロデューサーに囲まれていた。
熱狂の渦の中、私の笑顔、歌、ダンス。どれも“完璧”だと持て囃された。
メディアはこぞって「令和のミューズ」「透明感と妖艶さの融合」なんて持ち上げた。
でも、それはただの表面。貼りつけた笑顔。虚構。
本当の私は、もっと汚い——。
◇
最初は違ったんだよ。本当に。
ちょっと可愛くて、ちょっとダンスが好きで。
褒められるのが嬉しくて、テレビに出たいって思ってただけの、普通の女の子だった。
でも、この世界に入ってすぐにわかった。
「いい子」じゃ、何も残らない。
「優しさ」じゃ、何も守れない。
だって、可愛い子なんて、いくらでもいる。
努力してる子? もっといる。
じゃあ、どうやって“生き残る”?
——蹴落とすしかないでしょ。
◇
私がやったこと、いくつもある。
後輩のSNSに、わざとアンチ垢を作って噛みついた。
別のセンター候補の子には、「あの人、パパ活してるらしいよ」って噂を流した。
新人の子には、楽屋で言ってやった。「あたしの真後ろに立つな。それ、マジで不愉快だから」って。
その子、翌日からレッスン場でも私の目を見なくなった。
でも、その“スペース”のおかげで、私はカメラに綺麗に映った。
後ろめたさなんて、なかったよ。
だって勝ちたかったから。
勝たなきゃ、誰にも名前なんて覚えてもらえないんだから。
◇
男遊びもした。
現場で出会ったドラマの助監督、テレビ局のAD、バーで声をかけてきた資産家の御曹司。
「自分を売る」ことと「自分を安売りする」ことは違うと思ってた。
でも、どこかで境界線は曖昧になってた。
マネージャーには何度も言われたよ。
「もう少し落ち着いて。噂になったら、あなたが損するだけだから」
——うるさいな、って思ってた。
だってあたしは、センターだったんだから。
「止まれ」なんて、誰にも言わせたくなかった。
◇
崩れたのは、ほんの一瞬。
たったひとつの撮影現場でのやり取り。
「台詞変えてもらえますか? キャラとズレてて……」
ちょっと真面目に意見しただけ。
それだけだったのに、脚本家がムッとした顔をした。
それからだった。
「現場で空気を悪くする」
「協調性がない」
「プロ意識が低い」
——私を貶める言葉たちが、まるで毒のように業界に広がっていった。
マネージャーに聞いても、はぐらかされるばかり。
「うーん、今ちょっと企画が動いてて」
「来月には連ドラのオーディションあるかも」
そんな言葉を信じて待ってる間に、スケジュールは“調整中”で真っ白になった。
テレビも、CMも、雑誌も。全部、音沙汰なし。
そして気づいたら、
——あたしが蹴落としたはずの後輩が、センターに立ってた。
◇
SNSには罵声が溢れてた。
「ざまぁ」
「態度悪かったもんね」
「もう見たくない」
自業自得——何度その言葉を見たか覚えてない。
でも、一番つらかったのは、
“味方だと思ってた仲間”が、一斉に口を閉ざしたことだった。
一緒に泣いて、笑って、励まし合った子たち。
一緒にセンター争いをした仲間。
——誰も、手を差し伸べてくれなかった。
みんな、目を合わせようともしない。
まるで“汚いもの”を見るみたいに。
◇
電車に乗るのも怖くなった。
コンビニの雑誌コーナーを見るのも嫌だった。
「終わった人」扱いされてるのを、現実として突きつけられるから。
落ちるのって、一瞬なんだね。
私が積み重ねてきた“完璧”なんて、誰も覚えてない。
ちょっとのスキャンダルで、「そういう人だったよね」って過去が塗り替えられる。
どこに行っても、
——私はもう“過去の人”。
悔しかった。
全部投げ出してやりたいくらい、悔しかった。
◇
——そんな時だった。
とあるスポンサーに呼び出しを喰らった。
そして、同い年ぐらいの社長の娘にいきなり、
「責任なんて、あるかないかは関係ないんじゃない? 噂が立った時点で終わりなのよ」
「今、あなたがどんな立場か……自覚ある?」
あの目。
全てを見下して、笑ってる目。
その瞬間、プツンと何かが切れた。
——あたしの中の何かが壊れた。
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