回転獄中吟

@C3140770

1話完結

—ただみんなと一緒にごはんを食べたかったのです。独りでごはんを食べることに耐えきれなかったのです。からっぽの精神のどこから、こんなにも涙が出てくるのでしょうか。泣いても泣いても、枯れぬもの。あの日もそのような涙を流しましたが、私の心境は、ふいと別の方向へ向かったのです。

 お父さんもお母さんも、立派なひとでした。充分な稼ぎがありました。私が物心つく頃には、周囲におもちゃ、人形、そしてそれらを目いっぱいに活用し保管し得る大きな部屋が与えられていました。私の両親は、どうやら一財産こさえたような、立派な小市民の生活をしていました。いわゆる裕福な家庭というやつです。その一人息子として育てられました。一昔前は、一人っ子だから可愛がられ甘やかされ、というようなこともあったのでしょうが、最近は事情が違うようで、共働きは当たり前みたいになり、いわば私のような孤独な子供が増えたような、そんな時代になっていました。

 孤独。何をするにしても孤独でした、ひとりぼっちでした。

「今日はお母さん、帰りが遅くなるから冷蔵庫に用意してあるご飯を食べてね」

「うん、わかった」私は決まって笑顔でした。

「お父さん、今日はお休みだし公園に連れていって」

「今日は休みなんだが、明日は仕事だからなぁ。それより塾の宿題は終わらせたのか」

「うん、終わらせたよ」笑顔で答えます。そんな私に満足した父の顔を見て、私はさらに無邪気な笑顔を見せていました。

 笑顔は内的な感情を表現するものでしょうか。それとも外的な反応を誘うものでしょうか。私には後者の役割しかないように思えてなりません。いえ、私の人生において、前者のような役割を果たした笑顔はありませんでした。子供の代名詞ともいえる「無邪気な笑顔」。私の笑顔はその「無邪気」がなく、ただ狡猾に口端を吊り上げた、ペテン師のような顔だったのかもしれません。成長するにつれ孤独は深まり、表情は定型化され、やがて本物の嘘つきのような表情、固い能面を被った青年が出来上がりました。

 どうやら私も高校生になり、一人で考え、行動する年頃になりました。幼少期から勉強漬けだった私は地元では名の知れた高等学校へ入学することができました。両親はそんな私を誇らしく思ってくれました。そんな両親を見て、私はまた、れいの笑顔をしてみせました。友達と呼べるひとが数人できました。ソーシャルメディアでのみつながる友達もできました。人と簡単に繋がることができるという点において、私にとってソーシャルメディアはなくてはならないものでした。この道具は、私の幼少のころからのコンプレックス、いわば実親からの愛情不足を刺激するものでした。認められたい。構ってほしい。見て、見て、私を見て。ソーシャルメディア上に自分の写真や意見を投稿すると、たちまち世間のひとたちが反応してくれます。ほめてくれます。心が満たされました。最初のうちは日常的な小さな気づきを発信し、それに反応してくれる人が一人でも二人でもいてくれればよかったのですが、それだけでは満たされなくなってきたのです。もはや当初の欲求はどこかへ消え、承認欲求のみが残りました。ソーシャルメディアへの投稿も過激を極めました。森羅万象に対して罵詈雑言を吐くようになりました。ついにものを言っているだけでは飽き足らなくなってきました。

 友達3人と街中を歩いている時、お昼ご飯をどこで食べようかという話になり、私はふと目にとまった回転寿司屋を指差しました。その時は無意識にそのお店を指定したのかもしれませんが、今思えば、そのお店は家族連れをターゲットにしていて、私の幼少のころからのコンプレックスを刺激したのかもしれません。入店し席に座り、友人と楽しく寿司をほおばっていました。すると、隣のボックス席に座っていた子供が泣き出してしまいました。どうやら口に運ぼうとしていた寿司を膝元に落としてしまったようです。子供の両親は懸命にその子を宥めていました。少し子供が落ち着いてきたらお母さんが卵焼きを子供にあげていました。私は涙ぐんでいました。今まで私が心裡に求めていたものがそこにありました。しばらく呆然としていると、友人が私を、どうしたんだろうというような目で見ていました。私は誤魔化そうとして、馬鹿話を始めました。とめどなく嘘がわらわらと出てきました。集団心理でしょうか、馬鹿なテンションそのままに、ソーシャルメディアにその様子を投稿しようという事になりました。友人の一人、リーダー格の友人が私に、卓上にある調味料を舐めてみろと命じました。面白い事でした。その調味料をぺろぺろして私は楽しかったのです。その様子を投稿すると、すぐさま拡散されました。無数に増え続ける「いいね」。ひそひそと私に語りかけるリプライ。平和の鳩は私のスマホに多くの幸福の通知をもたらしました。私の承認欲求は満たされ、人生の絶頂を見ました。


 若くして投獄された少年の手記を、胸の内ポケットにしまいこんだ。老齢の看守は深く目を閉じた。そして顎を上に向け、目をうっすら開けた。牢の中には光が差し込んでくることはない。どんよりとした埃っぽい空気が網膜に張り付いているように感じる。老爺の思う事には、「まわるまわる、目が回る。まわるのは地球だけで充分さ。人がまわれば......後は死さ」。


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