第34話 里帰り

フィーロ様は港町に着くと、おっしゃっていた通り私をカイユさんの所に預け、去って行きました。キャリー様情報によると首座様の所へしばらく滞在した後、何処かへ行ってしまったそうです。港町からならば何処へでも行けるので、迎えにきてくれるまでは音信不通の行方不明です。以前ヨハスおじさんが亡くなった事を知らせに来た時も、カイユさんの家にお世話になりました。あの頃は、薬師としてやっていくのか、他の仕事を探すのか、自分でもはっきりしていなくて、下町をフラフラ彷徨い、そんな時<セルドの店>を見つけました。綺麗な織物が張られた様々な大きさの椅子、彫刻が施されたテーブル、いたるところに大輪の花が生けられた花瓶、色とりどりのランプ、そんな店内をフリルとレースで飾られたドレスを着た、目を奪われる様な綺麗な女性達が優雅に過ごしていて・・・。

「いいなぁ~」

あの時はなんの店なのか分かっていなかったので、下町では珍しい高価なガラス窓から毎日覗くようになりました。

「娘さん、良かったら中に入って見るかい?」

ある日、丸顔の優しい笑顔のおじいさんに声をかけられました。店の旦那で今は亡き養父のウニコ・セルド、そして用心棒頭をしていたコラレスさんとの出会いです。毎日眺めに来ていた豪華な椅子、見た目では分からなかったフカフカの椅子に腰を下ろし、今まで見たこともない綺麗な男の人に、食べたこともないお菓子とお茶を出してもらい、いつの間にか住み込みで働くことになっていました。

「<セルドの店>に、住み込みで働くことになりました」

「・・・・・」

カイユさんとジューとディーはポカンと口を開けて、しばらく無言で私を見つめていました。

「セシア・・・、どんな店か知っているのかい?」

「はい、娼館だそうです」

「・・・・・」

猛反対するみんなを「絶対お客を取らせることはありません」と説得してくれたのが、同行してたコラレスさんでした。今回も何とか説得して、店の二階の自分の部屋に住むことを許してもらいました。


久しぶりの港町は、やっぱり薪と油が燃える臭いに満ちていて、綺麗な空気のキセラの里で暮らしてきた為か、最初は呼吸をするのも苦しくて大変でした。相変わらず活気と乱雑さと「よそ者が入ってくるのは構わないが、受け入れるとは限らないぜ」っていう空気が漂っています。店は任せていたヴァル姉さん、ポリーラ姉さん、ツェーラ姉さんの三本柱以外は入れ替わっていましたが、男衆の方はコラレスさん、ツバルさんの元にみんな残っていました。

「セシア姉ちゃんだ!」

「お帰り、元気そうだね」

「お帰りなさい、お嬢様」

姉さんや兄さん達に頭を撫でられて、もみくちゃになったけれど、迎えてくれる人が居ることの幸せを感じました。私がいない間に店に入った姉さん達は、みんなに散々聞かされていたので、初めて会った気がしないそうです。

「私もお嬢様みたいに大金持ちの旦那に見初められて、大きなお屋敷に住むのが、目標です」

「あんたは、田舎の商人が良いところだよ。最近通ってくれるあの人に決めれば良いのに」

「えー!ヴァル姉さんひどい!」

相変わらす絶品のツバルさんのお菓子とお茶を楽しんでいると姉さん達のそんな会話が聞こえてきます。お屋敷ねぇ・・・、私にとってあの森の中の丸太小屋は何物にも変えがたいけれど、姉さんが見たらガッカリするだろうな・・・。


「セシア姉ちゃん、あの赤毛の旦那と上手くいっていないのか?」

港町に戻って数日たった朝飯時、身体の方はびっくりする程大きくなっているのに、中身は変わっていないリッキオが真っ直ぐに私を見て尋ねてきました。

「そうだよ。全然旦那の話をしないし、物干し台でぼんやりしているし」

「いじめられているなら、このまま残れば良いよ」

真面目なマービル、のんびりしているブリオ・・・、ちゃんと私の事を見ていて、三人とも少しずつ大人になっているんだな。

「セシア、私達に話したいことがあるんじゃないのかい?」

ヴァル姉さんの言葉にみんな頷いています、

心配かけちゃったな・・・。

「私、結婚を申し込まれたの・・・」

「・・・・・で?」

「でって、それだけ・・・」

「それだけって、今さら悩むことじゃあないだろう!」

ヴァル姉さんが、ガーっと結い上げる前の下ろしている髪をかきむしっています。

「私達はあんたを送り出した時、そう思っていたのよ」

ポリーラ姉さんが、右手を頬にあてて、首を傾げています。

「だから、フィーロの旦那ともあんなに話し合ったっていうのに、当の本人同士が今頃何やっているんだろうね・・・はぁ」

ツェーラ姉さんは天井を見て、ため息をついています。そうだったのか・・・ただの身請け話にしては、姉さん達が口を出してくるなあ、大金が絡んでいるからかなあって思っていた・・・。

「コラレスさんとツバルさんもそう思っていたの?」

コラレスさんは、相変わらず鋭い目で私を見つめると首を横に振りました。

「お嬢様をお嫁に出す時には、盛大な祝宴をするように亡くなられた旦那様から申し付けられておりますので、ご結婚とは思いませんでした」

「まあ、コラレスさんの場合はどんな相手だろうと気に入らないだろうから、こう言うだろうけれど、俺は思っていたよ」

数日前に赤色のシャツを着るようになっていたツバルさんが、お茶を入れ直しながら微笑みました。

「セシア姉ちゃん、あの赤毛の旦那の事嫌いなのか?」

リッキオがまた真っ直ぐに見つめてきました。

「好きだよ・・・好き。フィーロ様だけではなくて、お母様も叔父様もとても大切にしてくれるし、里の人達もいい人達だし・・・」

「じゃあ、悩むことなんか無いじゃないか」

「そうだね・・・リッキオの言う通りだね」

側にいたいか・・・ただそれだけ・・・。


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