第20話 新生活

「チーケケケ、チチチ」

セシアは、本当に働き者だ。濃い紫紺の空の端の方が、うっすらと白くなると夜明け鳥が鳴き出す。その声とともに起き出し、仕事を始める。

「セシア、別に俺達二人しかいないのだから、あんなに早く家の事を始めなくていいんだぞ」

もっと眠っていて構わないと伝えたつもりが、セシアは違う意味で受け取った。

「も、申し訳ありません。朝早くから物音をたててしまって・・・、気を付けます」

本当は違うのだが、言いたいことは伝わっただろうと思っていた。しかしセシアは、家の外なら良いと思ったようで、次の日洗い場で洗濯をしていた。俺が起きる頃には、新しくヒモを張って作った干し場に、洗濯物が干されていた。満足そうに風に翻る洗濯物を眺めている姿を見て、港町の店の物干し台でも、同じ姿を見たことを思い出し、俺は もう何も言うまいと思った。


ようやく、ここでの生活にも慣れてきました。長い間、閉めきっていたので、掃除や冬ごもりの仕度など、やることがたくさんあるのが嬉しくて、夜明け鳥が鳴くのを待って起き出し、家の事をやっていたのだけれど、フィーロ様にご迷惑をかけていたみたい。早いうちに、注意してもらえて良かった。奥様や旦那様がいらしていたら、もっとご迷惑をお掛けするところだったもの・・・。この森は、本当に素敵。家の裏を流れる小川は、透明で水量がたっぷり、岩場には魚の姿もチラホラ。フィーロ様によると、家の周囲に広がる草原をぐるっと囲んでいる森には、おまじないがかけてあって、ご家族と一緒でなければ、入れないようになっているそうです。人だけではなく、動物にもかかるので、危険な動物は入ってこないらしいです。そして、ご自宅を囲む大きな木にも、別のおまじないがかかっています。最初、それを知らずに馬の世話をするために外へ出た私は、戻れなくなりました。呆然と立ち尽くしていた所を私を探していたフィーロ様に入れていただきました。

「もう大丈夫だ。木がお前の事を認めたから、出入りできるぞ」

フィーロ様と一緒に、大木に触れた後、そう説明されても、見た目は全く変わらなかったので、立ち会ってもらって、何度も自宅と草原を出入りして、ようやく安心しました。


フィーロ様のご自宅には、大工をしていらっしゃる旦那様が作られたという、面白い仕掛けがたくさんあって、一番驚いたのは、お湯を沸かす仕掛けです。台所のすぐ外にある大きな竈の上に、大きな鍋のような物が載っていて、鉄で出来た管が長く延びています。大きな鍋に小川から水を汲んできて、竈で火を炊くと、お湯をたくさん沸かすことが出来て、そのお湯が木の樋を流れて台所やお風呂、それに洗濯場で使えるのです。お風呂の残り湯ではなくて、洗濯の為だけにお湯を使えるなんて、すごい贅沢です。それに、どういう仕掛けになっているのか分かりませんが、外か台所の竈で火を炊くと家中が温められるのです。

「水汲みが面倒くさいだろ。何とかしてくれって、頼んでいるんだよ」

この家は、まだまだ便利になるみたいです。


里に着いた時、質問は後だと言われたので、今聞くことにしました。

「どうして領主様になったのですか?」

「百年くらい前の話なんだよな、お袋に聞いた方がいいぞ。俺は、まだ生まれていなかっから、詳しいことは知らないんだよ」

「どうして里の人は、フィーロ様がご結婚されたと聞いて、あんなに喜んでいたのですか?領主の若様の結婚は、おめでたいかもしれませんが、なんだか安心したっていう感じがあったんですが・・・」

フィーロ様は、何故か白髪の老師様の姿に変わりました。

「それはだなぁ、簡単に言うと世継ぎの問題だな」

「どういう事ですか?」

「里の者は、私達が元魔師で、ゆっくり年をとることは知っている。だが、死なないわけでは無い。首を落とされたり、重い病にかかれば、さすがに死んでしまう。後継ぎを残さず、私達三人が居なくなってしまったら、里の者は頼るものもなく、良く知らない者が領主になってしまう。まあ、次の領主が今までの暮らしを保障してくれるような優しい者なら良いが、そうでなかった時は、困るだろう?」

困るだろうって、老師様は微笑まれたけれど・・・、つまり・・・、私が・・・。

「老師様!どうするんですか!私はただの使用人で、三年後は契約が終了するんですよ。今すぐ誤解を解いて、里の人に謝って来て下さい!」

「セ、セシア、落ち着きなさい。年寄りには優しくしないといかんなぁ~、里の者には、そのうち説明するから・・・」

「そのうちって、いつですか?こんな時ばっかり、年寄りぶって・・・」

「そのうちは、そのうちだよ」

目の前の顔がすうっと変わると、フィーロ様の青い瞳が私をにらんでいた。

「どこかにお子様はいらっしゃらないのですか?どちらに行かれても、とてもおモテになっていらっしゃいますし・・・」

フィーロ様は、不機嫌というより、不貞腐れている男の子のように、ソファーに寝そべった。

「いねぇよ。少なくとも、責任をとってくれって、町を歩いていて詰め寄られたことはねぇし、元魔師は、子供が出来にくいんだよ。ハッキリ言って、出来ねぇって言ってもいいくらいだ。お袋も俺が出来た時、信じられなくて何人も産婆の所を回って確かめたらしいぞ。まあ、普通の親から、姉弟揃って元魔師が生まれたんだから、変わり種なのかもな」

ニカッと笑って、部屋を出ていこうとしたフィーロ様の長衣を掴みました。

「ということは、偽物の嫁である私への里の人達の期待が、とんでもないじゃないですか!やっぱり、早く謝ってきて下さい!」

「そのうちな!」

強引に私が掴んでいた衣を引っ張ると、居間から逃げていった・・・。




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