トルツメ
伊阪 証
本編
桐生悠然の葬儀は、まるで出来の良い小説のようだった、と野間重蔵は思った。悲嘆にくれる者は少なく、かといって不謹慎なほど明るいわけでもない。誰もが故人の顔を思い浮かべては、その偏屈さと、同じくらいの人間的魅力について、どこか楽しそうに語り合っている。享年七十八。大往生と呼ぶにふさわしい、見事な幕引きだった。
「父らしい、騒がしいお葬式でしょう」
喪服に身を包んだ一人娘の奈緒が、野間の隣でぽつりと言った。その目元は少し赤いものの、表情には不思議なほどの気丈さが浮かんでいる。長年、あの偏屈な文豪の娘をやってきただけのことはある。
「いえ。先生はきっと、ご満悦ですよ」
野間がそう言うと、奈緒はふっと口元を緩めた。
式が滞りなく終わり、主だった関係者だけが桐生邸の書斎に通された。野間の他に、奈緒。それから、桐生文学研究の若き第一人者である榊原准教授と、版元である文芸社の役員、松田。本の虫だった故人の聖域は、主を失ってもなお、インクと古紙の匂いを濃密に漂わせていた。
弁護士が恭しく取り出したのは、桐生悠然の遺書だった。いくつかの事務的な手続きが読み上げられた後、弁護士は咳払いをして、最後のページを指し示した。
「……ここに、野間様宛ての指示がございます」
野間が覗き込むと、そこには万年筆で書かれた、見慣れた文字が並んでいた。『最後の作品は、書斎の金庫にある。パスワードは、俺のデビュー作の発売日だ』
デビュー作。半世紀も前の、誰もが忘れ去った私小説。野間はその日付を即座に思い出し、胸の奥が微かに痛んだ。
「金庫はあちらです」
奈緒が指さした書斎の奥には、時代がかった黒い手提げ金庫が鎮座していた。榊原准教授が「ついに、遺稿が……」と息を呑み、松田役員は「事業価値はどれほどか」と値踏みするような目を向けている。
野間はダイヤルを回すため、屈みこんで金庫と対面した。そして――固まった。黒光りする、重厚な金庫の扉。その中央に、ちょこんと二枚、場違いなシールが貼られていたのだ。一つは、オレンジ色の果物。もう一つは、黄色い、夜の星。
「……みかん、と……星……?」
榊原が、困惑の声を漏らす。奈緒が「……え?」と目をしばたたかせた。
みかん。せい。未完成。
書斎に、重い沈黙が落ちた。それは呆れとも、怒りとも、脱力ともつかない、奇妙な空気の塊だった。奈緒はこめかみを押さえて俯き、松田役員は「……悪ふざけにもほどがある」と吐き捨てた。
その中で、野間重蔵だけが、ゆっくりと天を仰いだ。
――あの人は、最後までこれか。
長年の付き合いで、百万回は聞かされたくだらないダジャレ。それを、己の死の演出にまで使うのか。野間の口から、深いため息が漏れた。それは、他の誰にも分からない、半世紀にわたる戦友への、親愛と諦念が入り混じった溜息だった。
野間の深いため息が、書斎の沈黙に溶けていく。その静寂を最初に破ったのは、最も現実的な男、松田役員だった。
「……悪ふざけにもほどがあるが、感傷に浸っていても始まりません。野間さん、とにかく金庫を開けて、中身を確認してください」
その声には、故人への敬意よりも、プロジェクトを滞らせるなというビジネスマンの苛立ちが滲んでいた。野間は無言で頷くと、ダイヤルに手をかけた。デビュー作の発売日――半世紀前のその日付を、桐生悠然は死ぬまで覚えていたらしい。カチリ、と軽い音を立てて、重厚な金庫の扉が開いた。中には、小さな封筒が一つだけ、ポツンと置かれていた。
野間が封筒から取り出したのは、一枚のSDカードだった。彼は持参したノートPCを立ち上げ、カードをスロットに差し込む。やがて画面に表示されたのは、一分の隙もなく構成された原稿データだった。タイトルは『行脚行路』。一字一句に魂がこもるような凄みがあり、誰の目にも、これが完璧な「完成稿」であることは明らかだった。
「素晴らしい……。これぞ桐生文学の集大成だ」
榊原准教授が、恍惚とした表情で呟いた。その時だった。彼は何かに気づいたように、はっと顔を上げた。
「待ってください。この完璧な原稿……しかし、金庫には『未完成』のサインがあった。これは矛盾しています。つまり、あのシールこそが先生からのメッセージなんです! この完成されたテキストのどこかに、我々凡人の目には見えない『空白』――意図的に欠落させられた一文が隠されているという、壮大な挑戦状ですよ!」
早口で熱弁を振るう研究者を、奈緒はじっと見つめていた。そして、怒るのでも、悲しむのでもなく、困ったように、それでいてどこか懐かしむように、ふっと微笑んだ。
「父は……私たちにまで、最後の宿題を出していったのね」
その言葉に、野間は内心でため息を重ねた。(また、面倒なことになった)。あの作家の性格を誰よりも知る彼は、この騒動の結末を、そしてその空虚さを、既にかすかに予感していた。
こうして、桐生悠然が死してなお仕掛けた最後の「謎」を巡る、奇妙な共同作業の幕が上がったのである。
奇妙な共同作業の幕開け――。野間がそう予感した直後、興奮で顔を紅潮させた榊原が声を上げた。
「野間さん、この場でプリントアウトしても? このフォント、この組み方……画面越しではもったいない。紙の質感と共に味わうべきです」
異論を唱える者はいなかった。松田役員ですら、この作品に触れる儀式としてそれが必要だと判断したようだった。書斎の隅にあるプリンターが静かに動き出し、インクの匂いと共に、桐生悠然の最後の言葉が紙の上に定着していく。
数枚の原稿を手に取った榊原は、まるで聖書を読むかのように、厳粛な面持ちで咳払いをした。そして、乾いた声で、しかし一語一語を確かめるように、その冒頭を読み上げ始めた。
「――『行脚行路』。第一章。
凡そ、人の生が尽きれば、七日を周期として冥府の王にまみえるという。その数、十。故に人は彼らを十王と呼ぶ。
第一の王を秦広王と謂う。死者の善悪を初めに裁く王であり、生前の殺生を司る。この王の前では、いかなる嘘も通用しない。なぜなら、王の傍らには浄玻璃の鏡が置かれ、死者の生涯の所業を余すところなく映し出すからだ。罪なき者は次の王へと送られるが、罪ある者はここで最初の罰を受けることになる。
第二の王は初江王。三途の川の渡し守を監督し、生前の盗みを裁く。
第三の王、宋帝王は……」
榊原の声だけが、書斎に響いていた。
それは、桐生悠然の作品に特徴的な、一切の感情を排した淡々とした文章だった。だが、そこには有無を言わせぬ筆の力があった。まるで、作家本人が乗り移ったかのように、榊原の乾いた声は、いつしか朗々とした響きを帯びていく。
誰もが、息をすることも忘れ、その世界に引き込まれていた。
奈緒は、父の最後の悪ふざけに呆れていたはずの自分の心が、いつしか畏敬の念で満たされていくのを感じていた。松田役員は、もはや作品の商品価値などという雑念を忘れ、純粋な読者として物語の力に圧倒されていた。
そして野間は……目を閉じ、かつて何度も見た光景を思い出していた。新しい原稿を前に、その世界に没入し、外界の全てを遮断していた作家の、孤高の背中を。
金庫に貼られた「みかん」と「星」のシールが、まるで別世界の遺物のように、滑稽に、そして少しだけ寂しそうに見えた。
榊原が第一章の終わりまでを読み上げ、ふっと息をつくと、書斎は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどまでの脱力した沈黙とは全く違う。桐生悠然という作家が遺した、巨大な物語の引力に支配された、重く、濃密な沈黙だった。
ここまでで一度、区切ります。 この荘厳な冒頭を受けて、いよいよ榊原准教授が最初の「説」を展開する流れになりますが、よろしいでしょうか?
それとも、この沈黙の中での、他の人物の反応や内面をもう少し深掘りしますか?
あの日から、三日が過ぎていた。
野間が通されたのは、社内でもごく一部の人間しか入室を許されない、最上階の特別応接室だった。重厚な防音扉が、外界の喧騒を完全に遮断している。磨き上げられたマホガニーのテーブルには、すでに奈緒と榊原、そしてこの会合の主である松田役員の姿があった。
松田は、四人の前に置かれたミネラルウォーターのグラスが、水滴ひとつで曇るのを待ってから、重々しく口を開いた。
「お集まりいただき、感謝します。本日は他でもない、先日の一件についてです」
彼の視線が、室内にいる全員の顔をゆっくりと撫でるように動く。
「我々の手元には、故・桐生悠然先生の、最高傑作と呼ぶべき遺稿がある。しかし、ご存知の通り、それは不完全な形だ。先生ご自身の遺書に『最後の一文を加えてほしい』とある以上、我々にはそれを無視する選択肢はない」
松田はそこで一度言葉を切り、テーブルの中央に一冊のファイルフォルダーを置いた。表紙には、ただ一言、『トルツメ』とだけ印字されている。
「これは、先生の名誉に関わる問題です。そして、我々出版社の威信に関わる問題でもある。よって、本日この場を以て、『行脚行路』完全版・刊行に向けた機密プロジェクトチームの発足を、ここに宣言したい」
その声は、この部屋を支配する経営者のそれだった。
「素晴らしい……! それこそ我々が為すべきことです!」
即座に反応したのは、榊原だった。彼の目は、研究者としての純粋な探求心で輝いている。「先生が遺した最大の謎に、このメンバーで挑めるのですか。光栄の至りです」
「ですが……」
か細い声で口を挟んだのは、奈緒だった。「父の作品に、私たちが手を加えてしまうということでしょうか。それは、本当に父が望んだことなのでしょうか……」
当然の不安だった。松田は、その言葉を待っていたかのように、穏やかに、しかし有無を言わせぬ口調で返した。
「奈緒さん、逆です。先生は、我々に『加えてほしい』と明確に書き残された。何もしないことこそ、先生の最後の遺志を無視することになる。我々がすべきは、先生がそこに込めたであろう『正解』を、総力を挙げて探し出すことなのです」
詭弁だ、と野間は思った。だが、正論でもある。あの作家は、確かにそう書き残した。この男は、その一文を錦の御旗に、この傑作を完璧な「商品」に仕立て上げるつもりなのだ。
野間は何も言わなかった。ただ、テーブルに置かれた『トルツメ』の文字を、じっと見つめていた。
「――というわけで、このチームの活動は、本日より最高機密事項とする。ここにいる四人以外、社内の人間にも一切口外は無用。よろしいですね?」
松田が最終確認をする。榊原は力強く頷き、奈緒は迷いながらも、こくりと首を縦に振った。野間は、沈黙をもってそれに答えた。
こうして、外部には決して漏らせない、四人だけの「推定合戦」が、静かに、そして本格的に始まった。
「――よろしいですね?」
松田役員の言葉で『機密プロジェクトチーム』が正式に発足すると、彼は間髪入れずに続けた。
「では、今後の具体的なアクションプランについてですが――まず何から始めるべきか。榊原先生、ご意見を」
水を向けられた榊原は、待っていましたとばかりに身を乗り出した。
「決まっています。まずは徹底的なテキスト分析です! この『行脚行路』という遺稿を構成する全単語の形態素解析、文末表現のパターン抽出、句読点の配置と間隔の数値化、そしてそれらを桐生先生の過去の全作品と比較し、特異点を探し出す。作家が文章に仕掛けた罠は、必ず客観的なデータの中に“異常値”として浮かび上がってきます。データは嘘をつきません!」
その目は少年のように輝き、まるで難攻不落の城を前にした稀代の軍師のようだった。
その熱弁を、野間は静かに遮った。
「先生、お気持ちは分かりますが、少しお待ちください」
榊原の視線が、訝しむように野間に注がれる。
「桐生悠然という作家は、そういう理詰めの裏を、さらに三枚も四枚もかく人間です。データで追い詰められると分かっている罠など、あの人が仕掛けるはずがない」
「では、どうしろと?」
「私は、もう一度先生の書斎を徹底的に調査させていただきたい。あの『みかんせい』のシールのくだらなさ、思い出してください。ヒントは、完成されたテキストの外…読みかけでドッグイヤーがされたページ、万年筆のインク染み、ゴミ箱に捨てられた推敲の跡。あの人は、そういう“盤外戦術”をこそ好む作家でした」
客観的なデータを神聖視する研究者と、作家の人間性を知り尽くした編集者。二人の視線が、テーブルの中央で静かにぶつかった。
その緊張を解いたのは、奈緒のため息まじりの一言だった。
「……父なら、きっと。野間さんのおっしゃるような、もっと人間臭くて、くだらない場所にこそ、大事なものを隠すような気がします」
それは、長年あの偏屈な父に振り回されてきた娘だからこその、重い実感のこもった言葉だった。
榊原がぐっと言葉に詰まる。その瞬間を見計らって、松田がパン、と軽く手を叩いた。
「結論は出ましたね。――両方やりましょう」
彼の言葉に、全員の視線が集まる。
「議論している時間はありません。榊原先生は、ご専門であるテキスト分析チームを。野間さんは、奈緒さんの許可を得て、書斎の現場検証チームを。それぞれで調査を進め、一週間後のこの時間、この場所で、調査結果を報告し合う。これが最も効率的で、確実な方法でしょう」
有無を言わせぬ、経営者としての裁定だった。
こうして、方向性の全く異なる二つの調査チームが、桐生悠然の遺した「空白」に向かって、同時に走り出すことになった。
週末、野間は再び桐生邸の書斎にいた。奈緒に許可を取り、二人きりで、あの日の狂騒が嘘のような静寂の中で、故人の痕跡を辿っていた。榊原が率いるチームが、大学の研究室で何十万という文字データを解析している頃、野間の調査はひたすらにアナログだった。本棚に並ぶ無数の蔵書、そのページの折り目、万年筆の染み、飲みかけで放置されたウイスキーのボトル。そのすべてが、桐生悠然という人間の輪郭を少しずつ浮かび上がらせていく。
不意に、奈緒が父の使っていた肘掛け椅子に座りながら、ぽつりと呟いた。
「野間さんは……父のこと、お好きだったんですか?」
あまりに率直な問いに、野間は書簡の束をめくる手を止めた。好きか、嫌いか。そんな単純な言葉で、あの作家との半世紀を語れるはずもなかった。
「……さあ、どうでしょうね。ただ、誰よりも長く、濃い時間を過ごしたことは確かです」
野間はそう言うと、ふと書斎の窓に目をやった。
「奈緒さん、あの窓のサッシに、小さな傷があるでしょう。あれ、私がつけたんです」
「え?」
「十年ほど前、先生が新しい連載の締め切りを前に、完全に引きこもってしまって。電話にも出ない、インターホンにも応えない。生きているのか死んでいるのかも分からない。それで……」
野間は、少しだけ楽しそうに、目を細めた。
「どうしようもなくなって、そこの電柱に登って、窓を叩き割って中に押し入ったんです。そしたら先生、下着姿でウイスキーを呷りながら、『編集者は静かに待つのが仕事だろうが』と。あの時は本気で、このまま二人で殴り合って死のうかと思いましたよ」
奈緒は、呆気に取られていたが、やがてくすりと笑った。
「……父が、そんなご迷惑を」
「迷惑なんてものじゃありません。一度なんか、他社の編集者に引き抜かれそうになったことがあってね。銀座の高級クラブで契約書にサインする寸前だと聞いて、待ち伏せして、背後から頭を殴って車に放り込んで、そのまま箱根の旅館に連れて帰りました。あれはまあ……今で言う、誘拐みたいなものですね」
あまりに滅茶苦茶な話に、奈緒は笑うしかなかった。だが、その目は少し潤んでいる。
「どうして……どうして、そこまで父に付き合ってくださったんですか?」
野間は、奈緒の問いには直接答えず、窓の外に広がる景色を眺めた。ここからは、遠くに富士の稜線が見える。
「桐生悠然という人は、富士山みたいな人でした」
唐突な比喩に、奈緒は黙って耳を傾けた。
「奈緒さん、富士山に登ったことは?
あれはね、近くで見ると、ただの汚い砂利と岩の塊なんです。ゴミも落ちてるし、登山道はひたすら苦しいだけ。なんでこんな所に来たんだろうと、後悔さえする」
野間は、ゆっくりと続ける。
「でも、遠くから見るとどうです? 新幹線の中から、あるいは湖の向こうから見る富士山は、世界で一番美しい、雄大な山でしょう。完璧で、神々しくて、誰もが畏敬の念を抱く」
彼は、父の空っぽの椅子に座る奈緒に向き直った。
「あの人は、そういう人でした。編集者として、家族として、すぐ近くで接する人間にとっては、ただの我儘で、手に負えなくて、どうしようもなく汚い岩の塊だったかもしれない。……でも、彼が生み出した作品、彼が作り上げた桐生悠然という存在は、遠くから見れば、誰にも真似できないほど雄大で、美しい富士山だった。私は、ただの登山ガイドですよ。汚い砂利道も、美しい山頂も、全部含めて案内するのが、仕事でしたから」
書斎に、再び静寂が戻った。だがそれは、先ほどまでの気詰まりな沈黙ではなかった。奈緒は、野間が語った滅茶苦茶な思い出と、壮大な比喩の意味を、静かに噛み締めていた。
榊原准教授のアパートのドアを開けた瞬間、野間は無数の本の背表紙と、山積みになった資料の雪崩に迎えられた。知性の森、あるいは紙のジャングル。その中央で、主である榊原は「お待ちしていました、野間さん!」と子供のように目を輝かせていた。
野間を招き入れるや、榊原はすぐさま振り返り、ドアに取り付けられたおよそ不似合いな複数の補助錠と、重厚な閂に手をかけた。ガチャ、ガシャン、カチャン。まるで国家機密でも守るかのように手際よく施錠を終えると、彼は満足げに頷いた。
「これでよし。桐生文学の聖域は、我々以外には指一本触れさせません」
「……そうですか」
野間は、その偏執的なまでの振る舞いに呆れつつも、口には出さなかった。作家とは違う種類の、しかし同質の狂気がこの男にもある。
「早速ですが、これを見てください!」
榊原が突き出してきたのは、大型モニターではなく、一台のスマートフォンだった。その小さな画面には、素人目には意味不明なグラフと文字列がびっしりと表示されている。
「膨大なテキストデータを解析した結果、最終章の、ある一点において、助詞『は』と『が』の使用頻度に、統計的にありえない“歪み”を発見したのです。これはエラーではない。意図的に穿たれた“穴”です! つまり、最後の一文は、超越的な“神の視点”から語られる文章であるという、先生からのメッセージに違いありません!」
野間は、ピンチアウトで拡大されるミクロなデータを眺めながら、ただ黙って聞いていた。情報収集に徹する。それが今日の彼の仕事だった。
榊原が熱弁を終え、満足げに息をついたのを見計らい、野間は内ポケットから数枚の写真を取り出した。
「先生。ちなみに、こういったものも出てきました」
それは、書斎のゴミ箱から見つかった、くしゃくしゃの原稿用紙の切れ端を復元した写真だった。主人公の名前。そして、その横に「笑った」「泣いた」「許した」と書かれては、荒々しく塗りつぶされた、痛々しいほどの葛藤の跡。
「……ほう。推敲のゴミですな。構造の完成のためには、こういった感情的なノイズは切り捨てられたのでしょう」
榊原は、興味なさそうに一瞥した。だが、その視線がスマホのデータと写真との間を一度、二度と往復した、その瞬間だった。
彼の指が、ピタリと止まった。
瞬きを忘れた目が、大きく見開かれたまま硬直する。
こめかみを、一筋の汗が、眼鏡のフレームを濡らしながら伝った。
かすかに開かれた唇から、息とも声ともつかない「あ…」という音が、か細く漏れた。
「先生……?」
野間の声は、届いていなかった。榊原は、まるで雷に打たれたかのように、何か、とてつもない真理に到達してしまった顔をしていた。
数秒の硬直の後、榊原は「わ、わ、わ……」と震え、次の瞬間、椅子を蹴り倒して絶叫した。
「分かった! 分かってしまったぞ、野間さんッ!」
彼は狂ったように自分のYシャツのボタンを引きちぎり始めた。
「そうだ! アルキメデスだ! 真理は裸の姿でこそ掴める! この発見を、世界に……!」
叫びながら、半裸の准教授がドアに向かって猛然とダッシュする。
だが、野間は動かなかった。ただ、その狂気の軌道を冷静に見極め、榊原がドアに到達するよりもコンマ数秒早く、横からスッと手を出した。
ガチャ! ガシャン! カチャン!
先ほど榊原自身が厳重に施錠した鍵と閂を、野間は長年の経験で培われた、まるで金庫破りのような手際で、しかし逆の順番で、完璧にロックした。
ドン、という鈍い音と共に、准教授が自ら封鎖したドアに軽く弾き返される。
「なっ……野間さんッ!?
何をするんですか! 真理が、真理が私を呼んでいる!」
内側からドアを叩く榊原を背に、野間は深いため息をついた。
「先生。その真理は、最高機密です」
彼は静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。
「まずは、その破れたシャツを着てください。話は、それからです」
翌日。
再び、あの重厚な扉で外界と隔てられた特別応接室に、三人の人間が集まっていた。だが、昨日アパートで狂乱した主役の姿は、そこにない。
「――で? 野間くん。榊原先生はどうしたのかね」
苛立ちを隠そうともしない声で、松田役員が口火を切った。「答えが分かったんだろう。なぜ、ここに連れてこない」
「榊原先生は、現在、ご自宅で集中的に思考を整理されています。今は誰にも会える状態ではありません」
野間は、用意してきた当たり障りのない嘘を、表情一つ変えずに言った。
「状態じゃない、だと? 我々には時間がないんだぞ!」
「松田さん」
野間は、語気を強める役員を、静かな声で制した。
「うちの文芸三部にいる連中のことをお忘れですか。特に、校正紙の赤字が多すぎて、本当に会社の赤字を生んだ、自称“ドクトル”こと、あの男とか」
松田の眉が、ぴくりと動く。社内でも有名な、常軌を逸した完璧主義者の顔が脳裏に浮かんだのだろう。
野間は続けた。
「昨日の先生は、いわば知性の沸点を超えた状態でした。あのままここに連れてきて、万が一“ドクトル”のような手合いと鉢合わせでもしたらどうなりますか。一晩で『桐生悠然の魂と交信する会』でも発足させて、会社を占拠しますよ。とてもじゃないが、手に負えなくなる」
説得力のある悪夢のような光景に、松田はぐっと言葉を呑んだ。
隣で話を聞いていた奈緒が、心配そうに尋ねる。
「あの……それで、榊原先生はご無事なのでしょうか。野間さん、何かされたのでは……」
「ご安心を。先生の身柄は、先生ご自身の過剰な防犯設備によって、安全に保護されています。食事も後ほど、私が届けます」
野間は、自分がやった「監禁」という言葉を巧みに避けて答えた。
松田は、大きなため息をつくと、人差し指でテーブルをとんとんと叩いた。
「……分かった。君の判断を信じよう。で、肝心の『答え』は? 君は聞いたんだろう?」
「いえ。それが……」
野間は、昨日の光景を思い出し、わずかに眉根を寄せた。
「まさにその核心を説明されようとした瞬間、先生は……いわば、アルキメデス的な段階に移行されまして。私としては、機密保持を最優先せざるを得ませんでした」
「アルキメデス……?」
意味が分からず首を傾げる奈緒を尻目に、松田は全てを察したようだった。彼はこめかみを押さえ、唸るような声を出した後、ビシッと野間を指さした。
「野間くん。君の仕事だ」
「……と、言いますと?」
「君は、うちで唯一、作家と学者の両方の狂気を扱える人間だ。もう一度、先生のところへ行け。そして、答えを聞き出してこい。どんな手を使ってもだ。いいか、このプロジェクトの時間は、准教授が服を着るのを待ってはくれないんだぞ」
それは、命令だった。
野間は、静かに「……承知いたしました」とだけ答え、これから始まるであろう、監禁された天才との、奇妙な対話を思った。
野間が榊原のアパートへ向かう前に立ち寄ったのは、煌々と明かりが灯るコンビニエンスストアだった。彼は、そこにいる誰よりも真剣な顔で、買い物カゴへ商品を放り込んでいく。ツナマヨ、鮭、昆布、梅、おかか、明太子。棚に並んでいたおにぎりの在庫が、あっという間に野間のカゴの中に吸い込まれていった。レジで訝しげな顔をするアルバイトの青年にも構わず、野間はパンパンに膨れたビニール袋を二つ提げ、戦場へと向かった。
例のアパートのドアの前で、野間は一度、大きく息を吸って吐いた。足元に「弾薬」の入った袋を静かに置く。そして、自分が施錠した鍵と閂に、一つ一つ手をかけていった。ガチャ。ガシャン。カチャン。まるで時限爆弾を解除するような、慎重かつ素早い手つきだった。
最後のロックが外れた、その瞬間。
「真理はそこにあるッ!」
ドアが内側から勢いよく開かれ、Yシャツをはだけさせた榊原が、狂気を宿した目で飛び出してきた。
だが、彼が廊下へ一歩踏み出すよりも早く、野間は動いていた。
足元の袋から取り出したツナマヨおにぎりが、放物線を描いて飛ぶ。ベチャ、という鈍い音を立てて、准教授の胸の中心に命中した。
「ぐっ……!?」
米粒の予期せぬ衝撃に、榊原の動きが止まる。しかし、彼の知的好奇心は、物理的な攻撃よりも強かった。
「邪魔をするな野間さッ……ぶっ!?」
言い終わる前に、今度は鮭おにぎりがその頬を掠めた。准教授は怯みつつも、なおも廊下を抜け、近くの階段へと駆け出そうとする。
野間は追った。無言で。冷徹に。
ビニール袋から次々と「弾」を取り出し、正確なスナップで投げ続ける。昆布おにぎりが肩に。梅おにぎりが足元に弾け、小さな地雷のように酸っぱい香りを撒き散らす。廊下の壁に海苔が張り付き、手すりを明太子の粒が彩っていく。それは、文学史上、最も静かで、最も馬鹿げたチェイスだった。
ついに、階段の踊り場で、榊原の足が床に転がっていたツナマヨの残骸に乗り、つるりと滑った。
「あ……」
体勢を崩した准教授は、なすすべもなく膝から崩れ落ち、その場にへたり込んだ。彼は、自らが作り出した知の魔法陣ではなく、無残に散らばった米と具材の残骸に囲まれ、呆然と座り込んでいる。その目は、もはや狂気ではなく、ただただ混乱の色を浮かべていた。
鎮圧完了。
野間は、ゆっくりと階段を下り、力尽きた天才の前に立った。そして、ビニール袋の中に一つだけ残しておいた、最もシンプルな塩むすびを取り出すと、それを静かに榊原に差し出した。
「先生。落ち着きましたか」
野間は、まるで何事もなかったかのように言った。
「これでも食べて、まずは服を。話は、それからです」
階段の途中で座り込む榊原に、野間が塩むすびを差し出した、その時だった。
「あらあら……」
階段の上から、呆れたような、それでいてどこか面白がっているような声が降ってきた。見上げると、そこには奈緒が立っていた。野間が万が一のためにと、呼び出しておいたのだ。彼女は、廊下と階段に広がる米粒の惨状と、疲れ果てた顔の野間、そして――半裸で米まみれの准教授を、順番に見比べた。
榊原は、女性の登場にハッと我に返り、立ち上がってなおも何かを叫ぼうと口を開きかけた。だが、彼の言葉を遮ったのは、奈緒のくすりとした笑い声だった。
「榊原先生。父もよくそういう格好で書斎に籠もっていましたけど……それは、人様にお見せするものではありませんでしたわよ」
その、からかうような、しかし不思議と棘のない一言が、榊原の狂気に最後の一撃を与えた。彼は、自分のYシャツがはだけ、胸元にツナマヨが付着している無様な姿を初めて認識したかのように、みるみるうちに顔を赤く染め上げた。
「……う。……服を、着ます」
蚊の鳴くような声でそう言うと、彼は逃げるようにアパートの自室へと駆け込んでいった。
数十分後。
とりあえず米粒だけは片付けられた、しかし壁にはまだ海苔が張り付いている異様な空間に、四人の人間が揃っていた。アパートに駆けつけた松田役員が、腕を組んで呆れた顔で床のシミを見つめている。
一方、シャワーを浴びてきちんと服を着た榊原は、先ほどの狂乱が嘘のように、しかし目の奥に異様な光を宿した表情で座っていた。
「――で、先生」
松田が、単刀直入に切り出した。「単刀直入に伺います。我々をここまで振り回した、その『答え』とは何です?
最後の一文は、いったい何なのですか」
榊原は、静かに頷いた。
「松田さん、落ち着いてください。答えは、まだ誰にも分かっていません。ですが……我々はついに、『答えの解き方』を発見したのです」
彼は、自らのスマホのデータと、野間が持ってきた「葛藤の痕跡」の写真をテーブルに並べた。
「当初、私はこの原稿データの“構造の歪み”こそが答えの在処を示すと考えていました。野間さんは、このゴミになった“感情の葛藤”にこそ答えがあると考えた。どちらも正しく、そして、どちらも間違っていたのです」
榊原は、ノートPCを操作し、問題の遺稿『行脚行路』の最終ページを画面に映し出した。そこには、文章の最後に、明らかに意図された、物理的な三行の空白が存在していた。
「私が見つけたデータの異常値は、この空白の存在を示唆していた。そして、野間さんが見つけた感情の断片は、この空白に“人間的な何か”が入ることを示していた。つまり……」
榊原は、ゴクリと息を呑み、まるで天啓を得た預言者のように続けた。
「この空白に入るべきだったのは、この物語の冒頭で語られる『十王』の、そのうちの一人による“独白”だったのです」
「十王の……独白?」
奈緒が聞き返した。
「そうです。ただの閻魔大王の話ではない。その“王”自身が、自らの“生”――あるいは、永劫の時を生きる王としての“存在”について、たった三行で語る。それこそが、この官僚的な死後の世界に、たった一つの人間性を与えるはずだったのです」
松田が「馬鹿な、そんなことどうやって証明するというんだ」と疑いの目を向ける。
「できます」と榊原は即答した。「その独白の主が十王のうちの誰なのかは、決して当てずっぽうではない! この小説全体の文体、語り口を分析すれば、必ず特定できる! 桐生先生は、文章の癖やリズムの中に、それぞれの王の“声”を隠しているはずなんです。我々の仕事は、その声を聞き取り、この空白を埋める、ただ一人の王を特定することです!」
書斎に、沈黙が落ちた。
それは、もはや呆れや混乱の色ではなかった。壮大すぎる、しかし、いかにも桐生悠然が仕掛けそうな、文学的な暗号。その存在に、誰もが息を呑んでいた。
野間は、榊原の狂気じみた、しかし筋の通った仮説を聞きながら、かつて桐生悠然に言われた言葉を思い出していた。
『野間くん、物語ってのはな、一番遠い場所にある点を、一番美しい線で結ぶことなんだよ』
(遠い点と、美しい線……か。なるほど、面倒な宿題を遺してくれたもんだ、先生……)
四人の、本格的な「独白の主探し」が、今、始まろうとしていた。
特別応接室の空気は、張り詰めていた。
野間の沈黙は、松田の苛立ちを煽るには十分だった。松田は、テーブルに置かれたマーケティング計画書を、まるで無価値な紙切れのように手で払い、野間に向き直った。
「野間くん、君はまだ納得できない、という顔だな。いいかね、我々は出版社だ。感傷に浸るのが仕事じゃない。桐生先生が遺したこの難解なパズルを、どうすれば最も輝かせられるかを考えるのが仕事だ」
松田の声に、熱がこもる。
「先生の真意がどうだったかなんて、死人に口なしだ。だが、我々には、彼が遺したものを伝説にする義務がある。榊原先生の説に乗るもよし、謎として神格化するもよし。この才能を有効活用して、後世に残すことこそが、彼への最大の敬意だと、なぜ君は理解しない!」
野間は、松田の言葉を最後まで、静かに聞いていた。
彼は、初めて、穏やかに、しかしはっきりとした口調で答えた。
「……松田さん。あなたは、先生のことを何も分かっていない」
「何だと?」
野間は、それ以上は何も言わなかった。反論の代わりに、彼は持っていたファイルから、遺稿『行脚行路』の最終ページのプリントを一枚、取り出した。そこには、物語の最後の余韻のように、三行ぶんの空白が空けられている。
松田が訝しげに見つめる前で、野間は胸ポケットから、長年使い込んだ愛用の赤ペンを取り出した。
カチリ、とキャップを外す音が、静かな部屋に響く。
野間は、プリントの上の、問題の「三行の空白」、そのちょうど真ん中の行にペン先を置いた。
そして、一文字ぶんの字下げを一つ、トンと打ち、そこに、赤いインクで、何かを書き記した。
一文か、あるいは、ただの一語か。
何が書かれたのかは、松田の位置からでは見えない。
書き終えた野間は、静かにペンのキャップを閉じた。
彼は、呆気に取られている松田に、プリントを差し出すことなく、ただ、静かに言った。
「――これで、作家と編集者、どちらも最後までプライドを守った」
その赤インクで書かれた文字が何を意味するのかは、もう誰にも分からない。
作家が遺した「空白」という名の謎は、編集者の手によって、永遠に解かれることのない、たった一行の「赤」という謎に上書きされた。
インクと油の匂いが立ち込める印刷所に、巨大な輪転機が地響きのような音を立てていた。その轟音の中、野間重蔵は、これから世に出る何十万という本の、一番最初の刷り出しを、検版台のライトにかざしていた。最終確認。これに彼がサインをすれば、もう何も変えられない。
彼の視線は、物語の最後、問題の箇所に注がれていた。
――三行の空白。
榊原准教授は、これを「十王の独白が入る場所」だと結論づけた。その説は学術界を熱狂させ、発売前から『行脚行路』を神話の高みへと押し上げていた。
だが、野間だけが、その熱狂の中で一人、冷めていた。
轟音の中で、彼の思考だけが、奇妙なほど静かだった。
(十王の独白……? 違う。違うな、先生……あなたは、そんなに高尚な人間じゃない)
野間の脳裏に、あのくだらない「みかんせい」のシールが浮かぶ。電柱によじ登った日。殴って車に放り込んだ日。富士山に例えた、あのどうしようもなく我儘で、人間臭い作家の顔。
(これは、意味のある“スペース”なんかじゃない。ただの“Null”だ。無。空白。作家としての、あなたの最後の、そして最大の……幼稚なプライドだ。『俺の傑作の最後は、お前ら読者が勝手に考えろ』。そう言って、高みから俺たちを見下ろして、笑っているんだ)
長年の付き合いが、作家の魂胆を手に取るように理解させていた。壮大な文学的暗号などではない。これは、桐生悠然が最後に放った、巨大な釣り針なのだ。
野間は、胸ポケットから、一本の赤ペンを取り出した。
(いいだろう、先生。あなたの幼稚なプライドには、俺の個人的な意趣返しで応えてやる)
彼は、三行の空白に向かい、その赤ペンで、文字を書き記し始めた。
一文字一文字、丁寧に。まるで、お経を書き写すかのように。
それは、戒名だった。
仏教における戒名は、その文字数や院号によって、故人の格が決まる。野間が書き記したのは、院号殿号、道号、戒名、位号の全てを盛り込んだ、常軌を逸したほどに長く、荘厳な戒名。とても一行では収まりきらず、三行をびっしりと埋め尽くした。
故人への、最大限の敬意の形。そして、最大限の皮肉。
野間は、検版台の担当者に、そのゲラを突き返した。
「これで、お願いします」
「……え? 野間さん、これは……?」
「これが、桐生悠然先生が最後に望まれた“一文”です。……いや、三文か」
遺作は、全体してみればかなり売れた。
最終ページに鎮座する、謎の三行にわたる戒名。誰もがその意味を解き明かそうと熱狂し、榊原准教授は、その解読本を出版してベストセラー作家の仲間入りを果たした。
数ヶ月後。野間は、銀座のバーで、一人グラスを傾けていた。
その琥珀色の液体は、高級なスコッチ。『行脚行路』の記録的な売り上げによってもたらされた、ささやかなボーナスで手に入れたものだった。
彼は、あの日のことを思い出していた。
誰に問われても、彼はこう答えることにしていた。「あれは、長年の原稿の遅れに対する、ささやかな嫌がらせですよ」と。
だが、その夜、高い酒で心地よく思考が緩んだせいで、彼は、自分自身にだけは、本当のことを明かしてしまっていた。
(嫌がらせ、か……。それも、嘘じゃない)
だが、真実はもっと根深い場所にあった。
遥か昔、作家になる夢に破れ、それでも物語の側にいたくて編集者になった男の、半世紀にわたって燻り続けていた、小さな、小さなプライド。
(あの空白を見た瞬間、たまらなくなったんだ)
作家が放棄した、物語の結末。
それを、自分の手で埋めてしまいたいという、抗いがたい衝動。
それは編集者としての意地ではなかった。
スコッチの芳醇な香りに包まれながら、野間は自嘲するように、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……つい、小説家としての意地を、通しちまったんだよな」
グラスの中で、氷がカラン、と音を立てて溶けた。
謎でもないくせに意地を張る馬鹿に、一矢報いてやったのだ。
トルツメ 伊阪 証 @isakaakasimk14
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます