福笑い

スバ

笑歌祭

 新年早々の活気に満ちた空間。祭囃子まつりばやしに身を任せ悠々と脚を運ぶ。

 恵比寿神社の境内けいだいには屋台が立ち並び、子供連れの家族が楽しそうに手を繋いでいる。参道に立ち並ぶ岩灯篭がんとうろうは淡い光を放ち、拝殿への道をうっすらと照らしていた。

 後ろから押し寄せてくる人の波。吊るされた提灯の下、ひとりの新聞記者が神社一帯を一望する。


「これが、笑歌祭しょうかさい……」


 ぞろぞろと拝殿へ向かう人々。課せられた使命を胸に、中尾忠なかおただしは携帯していた取材用のメモ帳を開いた。



 福庭ふくにわ村にはある奇妙な伝統がある。それは、福笑い。毎年の正月に神主の子供が目隠しをし、正月の娯楽の王道ともいえる福笑いを通じてその年の運勢をはかるというものである。

 福笑いの時に使う顔のパーツは5つ。目、眉、口、鼻、頬。子供はこれらのパーツを父、もしくは母のどちらかからランダムに配られ、手渡されたパーツを正しい箇所へと配置する。無論、視界は閉ざされたまま。

 ただし、あくまでそれは福笑い。正しい位置に正しい部位を持ってくるだけでは面白みに欠ける。そのため、例えば右目の部分に左頬を持ってきてもいいし、口の部分に左眉を持ってきたっていい。要は、どれだけ面白い顔を作ることができるか。それが一番重要なのである。

 もっとも、ここまで聞くと、ただの娯楽としての遊びにしか聞こえないかもしれない。いくら伝統といえど、たかが遊び。そこに特別な意味などないのではないかと。しかし、面白いのはここからである。

 前記の通り、福庭村で行われる福笑いはその年の村の運勢をはかるために行われるもの。ゆえに、福笑いの結果とその年の運勢を照らし合わせるための、何らかの指標が必要となる。そこで福庭村では、以下のような仕来りが用意されている。

 まず、子供が笑った場合。福笑いを行った神主の子供が目隠しを外し、自らの作り上げた顔に笑みをこぼしたのなら、その年には幸運が訪れる。他方、同じようにして子供が笑わなかった場合、その年の村には不幸がもたらされる。このような基準を用いることで、福庭村ではその年の幸・不幸を見定めているのである。

 一見すると奇妙な内容。なぜ、子供一人の表情に村の運命が託されているのか。そう思う人もいるかもしれない。

 だがよく考えてみてほしい。福笑いは「笑う門には福来る」の趣旨から派生した遊び。したがって、出来上がった顔の面白さを分かち合うことこそに意味があるのである。おそらく福庭村がそのような方法もとるのも福笑いの性質を鑑みてのことだろう。福笑いの創造主に笑顔を。それが彼らの伝統の目的とも捉えられるかもしれない。



 福庭村までは会社から車で約3時間ほど。度重なる運転疲れを顔に映し出しながら忠がメモ帳を瞠目どうもくする。

 福笑いは年が明けたその日に行われる。開催場所は恵比寿神社の拝殿の中。階段を上っていく村人たちが多いのもそのためだろう。

 メモ帳を雑にしまい、公衆便所の隣に設置された自販機にてブラックコーヒーを購入する。渋い苦みが体の疲れを幾分か紛らわしてくれた。


「ふぅ……」


 やぐらを陰に一息つく。

 今日ここを訪れたのは、自分の担当するオカルト雑誌の取材を行うためである。テーマは「日本の奇妙な祭り」。現存する日本の祭りの中から一段と異様なものを取りあげ、それを読者へ紹介するといったものである。

 現時点での候補は3つ。青森県走馬そうま市の百足むかで祭、和歌山県豊下とよした市の往生おうじょう祭、そして今回の奈良県福庭村の笑歌祭である。前の2つについてはすでに調査済み。予定ではここが最後の目的地となる。

 

「しかし、どう見ても普通の祭りだよな」


 誰に言うでもなく忠が独り言を吐く。

 神社を一通り回ってみたが、今のところは特に変わった点は見られない。浴衣姿のカップル。金魚すくいや型抜きといった定番の店。入り口の鳥居前に並んだ2頭の狛犬。そのどれをとっても他の祭りとさほど変りはないように思える。

 眉間に少しづつ皺が寄っていく。

 キャッチコピーはあくまでも「日本の奇妙な祭り」だ。普通の祭りを紹介したところで意味がない。読者が求めるのはその異質さ。百足祭のように大百足を神として扱うような一風変わった特徴があれば記事も書きやすいのだが。生半可な情報源ではまたダメ出しを食らってしまう。

 帰社した後、編集長から怒号を浴びせられる自分の姿が容易に想像できた。携帯を開き時刻を確認する。

 福笑いが行われるのは今日の18時。それまで、まだいくらか時間がある。

 ふと、目先にある焼きそばの出店へと目がいった。匂いへ釣られるように行列の最後尾へと回る。 

 それにしてもかなりの人の量だ。まさかここまで盛況だとは。田舎の祭りにこれほど多くの来客が来るとは思ってもみなかった。

 ネットの情報には、福庭村は人口が千人にも満たないほどの小さな村と記載されていたはず。しかし今ここには、それ以上の人数が集まっているように見える。なぜこれほど多くの来客が集まっているのか。それほどまでにこの村の福笑いを楽しみにしている者が多いということなのだろうか。

 記者としての好奇心が大きく揺さぶられる。

 そうこう考えているうちに忠の番がやってきた。焼きそば1つ700円の看板を見て悶絶する。


「へいらっしゃい! 何にする?」

「や、焼きそばを1つ」

「あいよ! 700円ね!」


 ひきつった忠の顔とは対称的。店主からは威勢のいい声が上がった。

 まさか焼きそば1つが700円とは。ふふっ……。祭りは恐ろしいな。

 しぶしぶ財布から小銭を取り出し、忠は代金を支払った。


「毎度っ! ありがとな!」


 フードパックに入れられた焼きそばを受け取り、さっさとその場を立ち去ろうとする。


「あっ! それと兄ちゃん!」


 と、その時、去り際に店主が後ろから声をかけてきた。何かと思い振り返る。


呵々大笑かかたいしょう! 呵々大笑! がっはっは!」


 厳つい顔から大きな笑い声が放たれた。突然のことに忠が困惑する。


「えっと……」


 訳も分からず視線を泳がした。


 が、その瞬間、忠は得も言えぬ不吉な気配を感じた。おぞましいナニカが近づいてくるような、そんな不気味さ。何かと思い、横目で隣の列をおそるおそる確認する。

 全員が忠を見ていた。干からびた蛙のような、生気を失った黒い眼が一斉に忠へと向けられていたのである。先ほどまで賑やかだった会場が一変。突如として場に静寂が訪れる。

 恐ろしくて正面へ戻る。が、そこにも、皆と同じように黒い眼をした店主が立っていた。


「か、かかたいしょう。あはは……」


 恐怖を押し殺し、忠は下手な作り笑いを浮かべた。店主の顔へ再び生気が宿る。


「がっはっは! 呵々大笑! 呵々大笑!」


 そこには先ほどと同じような、気前のいい店主の顔があった。

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