もう偉そうにはさせない


「これも、うまいな」


 テーブルの上には、様々な色や形の菓子が置かれた紙皿が、十近く並べられていた。

 すべて、あちらの世界のスーパーから、こちらの宿へと持ち込んできた品々である。


 それらを、俺の舌でもって試食している最中だった。こちらの世界で、爆売れしそうな菓子を見つけ出す為に。


 クッキー、ビスケット、飴、チョコレート、グミ、ポテトチップス。

 これまで食べた事もない様な味や香り、舌触りの菓子ばかりであった。

 が、どれも本当にうまかった。


 傍らの椅子に腰掛けているレイカが、こちらにジト目を向けながら言う。


「前から思っていたんだけどさ」

「ん?」

「アイクって、バカ舌だよね」

「そんな事はないと思うがな」

「だって、何食べてもおいしいって言うじゃん」

「実際、うまいんだよ」


 こちらの世界では、甘い食べもはそう容易く手に入る訳ではない。糖分が多く含まれているだけで、かなりの満足感が得られた。

 しょっぱいものや、酸っぱい菓子もあるが、それらも間違いなくおいしい。

 俺には、どれも売れそうな気がするが。


 ただ、レイカは、俺一人の意見だけではちょっと頼りないと言う。


「お菓子の味にうるさい人って、いないの?」

「うーん……」


 暫し、俺は考え込んでみる。ふと、ある人物の顔が頭に思い浮かんだ。


「え、お菓子ですかあッ!」


 セレナは、前のめりになって瞳を輝かせる。

 彼女はケーキなどが好きで、自分でもたまに作っていると話していた。

 それを思い出した俺は、冒険者ギルドの館へとやって来た。


 受付で仕事する彼女の手が空いた隙に、俺は持参した布袋を差し出した。

 それには、さっき俺が試食した菓子の数々が詰め合わせてある。

 袋の中を覗きこんで、セレナが訊く。


「なんか、どれも箱や包みに見た事もない文字が書いてありますね」


 各菓子のパッケージに記された言語は、セレナには一切、解読不能だろう。俺にも、ちんぷんかんぷんである。

 ただ、それぞれには、内包された菓子の絵も描かれており、どんなものであるかは大体わかるはずである。


「異国から手に入れたものなんだ」

「へえ、外国のですか……」

「口に合うかわからないが」

「お菓子ならば、なんでもいけますッ!」

「食べたら、ぜひ後で感想を聞かせてくれ」


 そう言って、俺はギルドの館を後にする。

 セレナの意見であれば、俺の舌よりも参考になるだろう。


 夕食には、やや早い時間ではある。

 が、繁華街の飲食店は、すでにどこも賑わい始めているようだ。


 行きつけの定食屋の前を通り掛かった。

 レイカが初めてこの町へやってきた時に、二人で入った店である。


 あの日、彼女はこの店の料理にやや不満げだったが、今ではその訳がもわかる。確かに、あちらの世界の食べ物に比べれば味は劣るのだろう。


 相変わらず、店の前には、十人近くの行列ができていた。

 そこへ白いローブ姿をまとった若い男の二人組が歩いてやって来る。

 彼らは当然のごとく列を無視して、入店しようとする。


「おい、ちゃんと並べ」


 列の先頭に並ぶ厳つい見た目の、冒険者と思われる風貌の男が、彼らに注意する。

 いつか目にした光景が、この夜も繰り返されていた。

 が、その後の展開は大きく異なった。


 振り向いたヒーラーの男は、威嚇するような口ぶりで言った。


「誰に向かって言っているんだ?」

「知るか」


 対する冒険者の男は怯むどころか、右掌で強くヒーラーの男を突き飛ばす。

 かなりの力で押されたらしく、ヒーラーの男は地面に尻もちをつく。

 俺は思わず目を大きく見張った。


「な、何しやがるんだッ!」


 もう一人のヒーラーが、目をつり上げて怒鳴りつける。

 が、冒険者の男は平然と言い放つ。


「並ばないてめえらが悪い」

「ヒーラー様に向かって、こんなマネをして許されると思うのか?」

「別に許されなくても構わねえよ」

「な、何だと?」

「ていうか、まだわからないのか?」

「え?」

「お前ら、用済みなんだよ」


 列に並んでいた、別の冒険者と見える客も口論に参戦してくる。


「そうだ能無し」

「低級ヒーラーはうせろ」

「二度と偉そうにすんな」


 道行く人々からも、ヒーラーの男らへ罵声の数々が浴びせられる。

 顔面蒼白となったヒーラーたちは、その場から大急ぎで走り去った。


 群衆の中からは、「お前ら、ペットボトル以下なんだよ」という声も聞こえてきた。


 俺は目の前で起きた事が信じられず、ただ立ち尽くしてしまった。


 どうやら、この町の冒険者らの間で、何か大きな変化が起きつつあるらしい。

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