ペットボトル飲料、バカ売れする


 さすがに多くの人間の目がある前で、異世界へと続く光の枠を出現させる訳にはいかない。


 俺は人気のない建物の裏手まで来てから、「ゲート」と唱える。


 光る枠を抜けてスーパーへやって来た俺は、買い物かごを一つ手に取った。

 それに、ペットボトル飲料を詰め込めるだけ入れて、噴水広場へとんぼ返りして来る。


 大勢の冒険者らに取り囲まれたレイカは、ただおろおろとしている。

 俺に気付くと、彼女は涙目で訴えて来る。


「おそかったよおー」

「すまない」


 地面にカゴを置き、俺はメロンソーダのペットボトルを皆に見える様に掲げて持つ。


「この状態でよければ、売ろう」


 当然のごとく、冒険者の一人が問い掛けてくる。


「中に入っているそれは何だ?」

「飲み物だ」


 恐らく、初めて見るであろう、けったいな色の飲み物に、誰もがちょっと躊躇しているようだ。


「それ、私、買うわ」


 オレンジ色のロングヘアを持つ魔術師と見える女が、手を挙げながら一歩前に踏み出た。


「一本、二〇〇セネカだ」


 飲み物も込みの値段なので、当然、ペットボトルだけの場合よりもやや高くしておく。


 魔術士の女は、金を払いそれを受け取る。その場で開封してゴクリと一口飲んだ。

 途端に、驚いた様に彼女は目を見張る。


「何コレ、甘くておいしいーッ!」


 感嘆の表情で、ペットボトルを見つめる彼女。他の人々から、どよめきが上がる。


「俺にもくれ」

「あたしにも買わせてー」

「わいにもよこせや」


 持ってきた十数本のペットボトル飲料は、あっと間に売り尽くしてしまった。


「レイカ、手伝ってくれるか?」

「うん」


 客らには、その場で待っているよう言って、俺とレイカは広場から駆け出す。

 物陰までやってきて、「ゲート」と唱えた。

 輝く枠を二人で通り抜けて、スーパーへやってくる。

 俺は買い物かごをいくつか持ってきて、どんどんペットボトル飲料を放り込んだ。


「ねえ、これ、使えばよくない?」


 レイカは、どこから見つけてきたのか、平たい板の下に車輪が四つついた「台車」なるものを押してくる。


「ナイスッ!」


 俺は、思わず歓喜の声を上げる。

 確かにそれは、ものすごく使えそうだ。


 ペットボトル飲料を詰め込んだかごを、台車の上に積みかさねていく。

 それごと輝く枠を潜り抜けて、皆の待つ広場へ押して運んでいった。


 俺たちが運んできた大量のペットボトル飲料を目の当たりにして、一同から「おおーッ!」と歓声が上がった。


 それからは、怒涛の時間だった。

 途切れる事なく、次々とペットボトル飲料は売れていく。


 レイカがいてくれて、本当に助かった。俺一人では到底、対応しきれなかっただろう。


「みなさーん、それは冷やしてからの方が、おいしいですよーッ」


 その場ですぐに飲もうとする者らに、レイカはそんなアドバイスを伝えていた。


 魔導冷却器フリーザーは高価ではあるが、大抵の宿屋には客ら共用のそれが設置されている。

 冷やした方が断然うまい事は、俺も実践して確認済みだった。


 今日だけで、計二五一本ものペットボトル飲料が売れた。

 これまで見た事もないような大金が、俺たちの手元には残された。


「すごい日だったな」

「そうだね」


 レイカは、もはやへとへとな状態だ。

 俺も、さすがにくたびれた。キンキンに冷えたサイダーが飲みたくなる。


 今日はもう切り上げようと思って片づけを始めた時、背後から声が掛けられた。


「ペットボトルってのを一本くれるかい?」


 振り向いた俺は目を見張って固まってしまう。


 そこに立っていたのは、長身の男だった。

 銀色の短髪で、精悍な顔つき。

 日に焼けて、鋼の如く鍛え上げられた身体に、白いローブを羽織っている。華美な刺繍の施されたそれは、もはや純白とは言えない。

 あちこち汚れ、擦り切れ破けてもいた。


 その背中には、彼の身長ほどもあろうかという、バカでかいメイス。

 ……ウォルツ・ワイルド。


 予想外の人物の来店に、言葉を失くしている俺に代わって、レイカが応対する。


「これでよければ」


 そう言って、コーラのペットボトルを差し出す。

 代金を払い、それを受け取るウォルツ。興味深げにペットボトルを眺めながら、問い掛ける。

 


「この黒い液体は何だい?」

「飲み物です」

「ほお」


 すぐ開封しようとする彼に、レイカが言う。


「冷やした方が、おいしいですよ」


 ウォルツが何者か知らないレイカには、一切の物怖じがないようだ。

 彼であれば、魔導冷却器フリーザーくらい個人で所有しているだろう。

 ウォルツは手を止めて、ニッと笑う。


「そうかい? ならばそうしてみるよ」


 歩き去るウォルツの後ろ姿を見つめながら、レイカがポツリと問い掛ける。 


「あの白いローブって……」

「ヒーラーだ」

「ぜ、全然、そう見えない」


 確かにそうだろう。どう見ても、戦士か格闘家を思わせるような風体である。

 実際、ウォルツの物理での戦闘力はそのへんの前衛職を軽く凌駕すると言われる。


 彼は、ただのヒーラーではない。金級ゴールドクラスの冒険者でもある。

 現在、ソロで金級ゴールドクラスに達している者は、この町ではウォルツのみだ。


 ウォルツは高度な回復術の使い手であるから、ポーションなんて持っていく必要がないはず。

 ペットボトルは水筒代わりか、あるいはただ興味本位で購入しただけかもしれない。


 ウォルツ・ワイルドがコーラを買った。

 この事が、後に、圧倒的な権威を誇るヒーラー協会を衰退へと導く事となる。


 もちろん、この時の俺はそんな事など知る由もなかったのだが。

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