ゾンビと遭遇


 低く耳障りな呻き声を発しながら、アンデッドはこちらへ近づいてくる。ゆったりした足取りで、身体を左右に揺らしながら。


 ……ま、まずい。

 俺は急いで踵を返して、猛然と駆け出す。玄関の所までやって来て、唱えた。


「ゲートおッ!」


 目の前に現れた光る枠を潜って、小屋の二階へ戻って来た。胸の鼓動がもの凄く速く脈打ち、呼吸は激しく乱れている。

 俺はそれらが、落ち着くのを待った。


 あの町については、非常に興味がある。

 見た事もないような珍しいものが、あの家だけでもたくさんあった。もっと、他の場所も含めて探索してみたい。

 が、魔物が現れるとなると危険だ。戦闘スキルをまるで持たない俺一人では……。


 ただ、俺はそこで、ここへやって来たそもそもの目的を思い出す。

 アンデッドを退治するためである。

 その為の術を、俺は持っている。


 傍らの床に置いてある、自らのリュックサックに目を留めた。その中からポーションの入った小瓶を一本取り出す。

 手にずっしりと重みのある硝子の瓶をじっと見つめながら、俺は自らを鼓舞する様に頷く。


「ゲート」


 再びあちらの世界へやってくる。

 玄関で、一つ大きく息を吐いてから、俺は居間へと足を踏み入れた。

 奥にある寝室のドア付近に、アンデッドは佇んでいた。

 俺の存在に気づいたらしく、こちらへと歩み寄ってきた。ものすごくスローな動作で。

 先程、あんなに慌てて逃げた自分が、バカらしく思えるくらいに遅かった。

 用心しておけば、俺であっても容易に襲われはしないだろう。


 小瓶の栓を抜いて、それを右手に持って、態勢をやや低くする。


 アンデッドはテーブルのそばまでやってくる。

 俺はヤツを誘導する様に、テーブルの縁に沿って横へ移動した。

 恐らく、こいつ、かなり知能は低い。

 ただ俺を追い掛ける様に、こちらへ歩み寄って来るのみだ。相変わらず、極端に緩慢な動きで。


 テーブルを挟んで、ヤツと対極の位置関係となった所で、俺はダッと駆け出す。

 アンデッドのすぐ背後で立ち止まった。

 振り向く隙を与えずに、瓶をヤツの頭上へ持っていく。


(くらいやがれッ!)


 俺は瓶の口を真下へ向けて、アンデッドに頭からポーションの薬液をぶっかけた。


「グギやああーッ!」


 アンデッドは、苦悶に満ちたような声を発しながら、その場に崩れ落ちる。

 俺は、床に倒れ伏すヤツの身体に瓶の薬液を余さず振りかけた。

 もがくように手足をバタつかせていたアンデッドは、やがて全く動かなくなる。

 ……た、倒したのか。

 足先で軽く蹴飛ばしてみるが、魔物はピクリとも動かない。


 やったぞ。

 今日は記念すべき日かもしれない。初めて、自分一人だけで魔物を始末できた。


 しかし、アンデッドが棲息するなんて、ここはどんな場所なのだろう……。

 少なくとも、人など住んでいなさそうだが。


 ふと、足元に転がる瓶に目を留める。先ほど俺が床に落としたものだ。

 ……割れていない?

 俺は、その瓶を手に取ってよく見る。どこにもヒビ一つ入っていない。


 顔の高さから、再度、床に落としてみる。乾いた音を立てて、その瓶は跳ねる。が、割れない。

 軽くて、恐ろしく頑丈だ。

 こんな硝子の瓶、見たこともない。いや、そもそも硝子ではないのかもしれない。


 恐らく、かなり貴重な品なのだろう。俺は、その瓶をテーブルの上に置いておく。


 屋内を探索すると、奥まった所にやたらと狭い空間があった。

 すぐに、そこが風呂場であると察せられた。

 バスタブらしきが設置してあり、その中に水が半分ほど溜まっていた。

 自宅に風呂が設置されているなんて、この家の主は貴族だろうか?

 それにしては、あまりに小さな家屋だが。


 バスルームを後にして、居間へ戻ってくる。

 床に倒れていたはずのアンデッドの身体は、既に消失していた。


(そうだ、『魔石』を回収しなければ)


 自らの手で魔物を始末するなんて初めての経験なので、うっかり忘れる所だった。


 魔物の死骸は、一定の時間が経過すると自然と消失する。後には『魔石』のみが残される。


 質や大きさにもよるが、魔石は利用価値が高く、相応の金額で買い取ってもらえる。


 魔獣や魔物の身体を『素材』として利用したい場合は、即座に解体を始める必要がある。一部でも損傷させると、死骸は消失しなくなる。その場合、魔石は得られないが。

 アンデッド系に素材としての価値は皆無であるから、放置一択である。


 俺は、アンデッドが倒れていた箇所に視線を走らせるが、魔石は見当たらない。

 しゃがみ込んで、辺りの床を隅々までの探しても見つかなかった。


 何者かがここへ入って来て、持ち去った?


 咄嗟に、俺は辺りを見回す。

 誰かが、侵入してきた形跡は見当たらないし、さすがに何者かが入ってくれば、気づかないはずはないと思うのだが……。

 おかしい。が、ないものは仕方ない。諦めて、玄関の所まで戻ってくる。


(二階も、確かめておくか) 


 俺は、警戒しつつ、階段を上がっていく。

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