異世界へのゲート


 光る枠をくぐり抜けると、細い路地のただ中に俺は立っていた。


 辺りに人の気配はなく、これといって物音も聞こえてこない。

 どんよりとした曇り空が頭上を覆っている。


 路地を一方の端まで歩き進むと、やや広めの通りへ出た。どこかの町中であるようだが、俺の全く知らない風景である。


 道沿いに建ち並ぶ家々は、いずれも見た事がないような外観をしている。

 全体が四角くて、巨大な箱みたいな外観の建物が多く目につく。

 三角屋根を有する形状の家々もあるが、外壁の色が多様で奇抜だ。白や黒、ブルー、黄色、ピンク。見ていると、目がチカチカしてくるな。

 一体、何なんだ、この町は……。


『スキル、【異世言語翻訳トランスレート】を獲得しました』


 突然、頭の中で、声が鳴り響く。

 明瞭な発音で、抑揚に乏しい女の声だ。

 

 すぐに、それが何であるかピンとくる。

 天からの『声』である。

 新たなスキルを獲得した際などには、『声』が教えてくれるらしい。

 俺がそれを聴くのは初めてだが、その存在自体は他人から聞いて知っていた。


 即座に【ステイタス】を開いて、新たに得たらしいその【スキル】について確認する。


『【異世界言語翻訳トランスレート


 別の世界の言語を自動的に翻訳する。翻訳される対象は会話のみに限る』


 異世界言語?

 つまり、この場所は……。


 俺は、急いで最初にやって来た路地の所まで駆けて戻った。

 光る枠が、何処にも見当たらない。


(まさか、元の場所に戻れなくなって……)


 いや、落ち着け。

 俺は自らの呼吸を、まず整える。


 指輪は、俺の右手の指に嵌ったままである。さっき、俺は『ゲート』と口にしたら、指輪が光り、あの枠が目の前に現れた。

 と、いうことは、恐らく……。


「ゲート」


 そうつぶやくと、再び指輪が鈍く光り、目の前に白く輝く枠が現れる。

 その奥には、先程まで俺がいた薄暗い小屋の室内がのぞき見えた。

 俺は、その枠の中へと足を踏み入れる。

 もとの小屋へと、戻って来られた。ひとまず、安堵の息を漏らす。


 この指輪さえあれば、「ゲート」を介して、いつでも、こちらと「あの世界」とを行き来する事が可能なようである。


(あの町は、一体、何なのだろうか?)


 何とも、奇異な景色の広がる場所であった。もっと、よく探索してみたくなる。

 特に危険はなさそうだったし、いざとなればいつでもこちらへ退避ができる。


 俺は再び、「ゲート」と唱えて、あちらの世界へ足を踏み入れた。


 家のみならず、足下の地面もかなり妙だ。掌で触れてみると、明らかに土の感触ではない。

 硬く、鼠色で、石畳のような質感だ。が、継ぎ目らしきがほとんど見当たらなかった。

 バカでかい一枚岩でも運んできて、敷き詰めたのだろうか?

 そんなものを、どうやって運んできたのかサッパリ見当もつかないが。


(と、いうか、人の姿がまるで見当たらないな)


 少し歩いてみても、それは変わらなかった。 

 これだけの家々が建ち並んでいるのだから、かなりの数の人間が住んでいそうだが……。


 俺は、ある家屋の前で立ち止まる。茶色い三角屋根に、白壁の二階家。あちらの世界でもよく見掛ける外観の家と、大差がない。

 玄関前から大声で呼びかけた。


「ごめんくださあーい」


 反応は、なかった。ドアをノックしながら、繰り返し呼び掛けてみる。


「どなたか、いらっしゃいませんかー?」


 家の中からは、物音一つ聞こえてはこない。

 俺は【異世界言語翻訳トランスレイト】なるスキルを獲得したようだから、こちらの言葉は理解できるはずだ。そこに、誰かいればであるが。


 玄関のドアノブに手を掛けてみる。鍵が掛かっておらず、すんなりと開ける事が出来た。

 ごく狭い空間が、そこにある。

 人が一人寝転がれば、埋まってしまうくらい広さだ。そこには、いくつもの靴が並べられていた。何れも履き古された印象である。


「どなたか、いらっしゃいませんか?」


 再度、家の中へ向けて呼び掛けるも、やはり何ひとつ反応は返ってこなかった。


 俺は、家の中へと足を踏み入れる。


 まず、居間らしき部屋がそこにあった。

 壁は真っ白で、シミ一つ見当たらない。中央にテーブルと椅子があり、ソファや鉢植え、棚などが置かれている。


 見慣れない物体も、室内には多々あった。

 天井に貼り付けられた白い半球や、隅の台座に置かれた、大きな黒い板……。


 何か踏みつけたと思って、足の下を見ると、透明な硝子の瓶が落ちている。

 が、それにしては感触が妙だった。

 拾い上げた俺は、思わず息を呑む。硝子にしてはやけに軽く、柔らかい。


「うー」


 突如、声が聴こえてきて、思わずその瓶を落としてしまった。

 声が発せられたのは、部屋の奥にあるドアの向こうからのようである。

 俺は、そのドアへと歩み寄る。


「どなたか、いらっしゃいますか?」


 大きな声で、問いかける。


「あ゙ぁー」


 扉越しに聞こえてきたのは、明らかに平常ではないと思わせる低いうめき声だった。

 警戒心を持ちつつ、俺はそっとドアを開けた。

 どうやら寝室らしく、ベッドが二台、並べられている。

 二つのベッドの合間に、こちらに背を向けて、人が佇んでいる。

 背はそれほど高くなく、短めの頭髪は黒い。


「あの……」


 そう俺が呼び掛けると同時に、佇む黒髪の人物がゆっくりと身体をこちらへ向ける。


「あ゙あー」


 その顔は蝋のように白く、目は虚ろ。だらしなく開けられた口からは、涎が垂れ下がる。


 尋常ならざる状態なのは一目瞭然。

 俺は、即座に確信する。

 遭遇するのは初めてだが、書物によりその特徴は把握していた。

 こいつ……アンデッドか。

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