ウルスラ嬢に関する記録について
@cutmynail
王妃大逆事件裁判傍聴(第一回)
インフェルヌム大審院第1冥刑部B係
事件番号:永劫歴第40劫(冥)第61号
罪名:大逆異端罪(教義不信および秩序攪乱)
被告人:ウルスラ・ヨアンナ・グラウエンリヒト13世
裁判官:審判王ミノス
書記官:大公アスタロト
<事件概要>
被告人ウルスラ・ヨアンナ・グラウエンリヒト13世は、軍事大臣ベルゼブブより、終わりなき天冥黙示戦争に備え、人間界において罪深き魂を増加させ、その魂を収穫しわが冥府の兵力を増強するよう命じられていた。しかし、被告人はこの命に背き、収穫すべき魂を地獄に渡さなかった。人間界での行動については複数の証言が存在するが、いずれも断片的で一致せず、被告人自身は黙秘を続けている。
その結果、冥府の軍事力は著しく低下したとされる。
本件は、地獄の秩序と安全保障に対する重大な脅威として、冥府大逆異端罪で起訴されたものである。
<記者から見た法廷>
わたしはこの世紀の裁判――大貴族グラウエンリヒト家の令嬢であり、ルシファー王の第一夫人でもある被告人の公判を傍聴するため、3日前からインフェルヌ厶大審院の庭に並んでいた。
行列には、記者や野次馬など有象無象が入り混じる。
抽選は「炎のくじ」方式だった。小箱から紙をひくと、当たりは燃えずに手元に残る。外れると灰になり、喉で吸い込むはめになる。今回は運よく紙は燃えずに右の手に残った。
記者席はすべて埋まっていた。特例で傍聴席にも立ち見が許可され、傍聴人が広大な裁判所を埋め尽くしていた。
検察官席にはなんと、大公ベルゼブブが座っている。彼が座り終えてから、3名の検察官が座る。
書記官の大公アスタロトが黙々と羽根ペンを走らせている。
やがて裁判王ミノスが入廷した。法廷が静まり返り、彼の尾が床を擦る音が響く。つづいて裁判官3名が座る。
しかし、被告人が現れない。弁護士席に、若い女性の弁護士が座っている。よく目を凝らしてみると、人間の女性である。
ミノス「被告人は」
弁護士「ミノス裁判長。最初に弁護側から申し上げたいことがあります」
ミノス「なんだ」
弁護士「被告人はすでに存在していません。肉体も、魂も、もはやここにはおりません。しかし彼女の罪の大きさを鑑みて、被告人不在のまま裁判を続行していただけますか」
その言葉に、傍聴席には失笑と畏怖のいりまじったざわめきが広がった。
被告人席には燃える炎の鎖だけが虚しく垂れ下がっていた。
*
編集長へ
このたびは、わたしを冥府新聞の一記者として雇っていただき、感謝いたします。地獄に堕ちて九十年、このような職にありつけるとは夢にも思いませんでした。
今回の事件は、グラウエンリヒト将軍の娘にして、ルシファー王の第一夫人が、被告人死亡のまま裁かれるという前代未聞の裁判です。そして、なんと弁護士は、人間なのです。これほどまでに異例な裁判は過去にあったでしょうか。
ウルスラ嬢の罪と動機、その背後に潜む真実を取材し、一冊の本にまとめるつもりです。僭越ながら、人間界で名高いカポーティの『冷血』を凌ぐ書物となるでしょう。地獄中の書店に人々が押し寄せるのは間違いありません。
つきましては、本コラムの報酬を、現在の1文字あたり血0.03リットルから、せめて0.3〜0.5リットルへと改定いただけませんでしょうか。
この事件の全貌が明らかになった暁には、御社に莫大な利益と栄誉をもたらすことを、ここにお約束いたします。
――H.
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