車中泊の人々

@RyojinY

第1話 炭酸とパウチ

僕は、ときどき妙な思いつきを実行に移してしまうタチだ。先日もそうだった。ふと「炭酸水を空のパウチに入れたらどうなるんだろう?」と考えてしまったのが運の尽き。気づけばアウトドア用品店で水用のパウチ(柔らかい携帯用水筒のようなもの)を購入していた。


自宅に戻り、そのパウチに市販の炭酸水を注いでみる。途端にもこもこと泡が湧き上がり、透明なパウチ内部で暴れ始めた。予感的中、炭酸水はそう簡単に大人しくはなってくれない。


勢いでフタを閉め、一息置いてから改めて飲もうと試みたが、フタを開けた瞬間「プシュッ!」と炭酸水が噴き出し顔にかかった。慌てて口をつけるも、今度は泡だらけで飲みづらい。下手にパウチ本体を押そうものなら中身が逆流して吹きこぼれる始末。どうやらパウチで炭酸水を飲むのは想像以上に手強いようだ。


それでも僕は諦めきれず、パウチを冷蔵庫に入れて一晩放置してみることにした。冷やせば炭酸も落ち着くだろうとの目論見だ。ところが翌朝、冷蔵庫から取り出したパウチはパンパンに膨れていた。破裂こそしていないものの、触れば張りつめてまるで風船だ。内圧が高まっている証拠である。冷やしてもダメとは予想外だったが、ここで怯んでは実験にならない。


さらに僕は、そのパウチを車に持ち込んでみることにした。車内での耐圧・耐久性テストである。真夏の昼下がり、炎天下に駐車した車内に炭酸入りパウチを置いてみた。数時間後、用事を終えて戻ってくると、案の定パウチは風船のようにパンパンだ。幸い破裂は免れていたが、キャップの隙間からシュッと炭酸水が漏れてシートを濡らしている。慌ててタオルを押し当てながら、僕はパウチの意外な粘り強さ(と危うさ)に感心するやら呆れるやらだった。


その日の夕方、パウチは思わぬ形で僕を“救う”ことになる。渋滞にはまり、トイレに行きたくても身動きが取れない状況に陥ったのだ。先ほどの炭酸騒ぎでパウチの中身はほぼ空になっていた。僕は背に腹は代えられず、その空のパウチに手を伸ばす。もはや実験でも何でもない。ただの必死の延長戦だ。


幸いパウチの飲み口はそれなりの大きさがあり、緊急用の簡易トイレと見なせなくもない。僕はハンドルの陰に身を隠し、意を決してパウチで用を足した。要するに、パウチをトイレ代わりにしてしまったのだ。正直、このパウチのメーカーも、自社製品がこんな使われ方をするとは夢にも思っていないだろう。


こういうとき、男性であることの利点を痛感する。女性だったらこうはいかないだろう。もし女性ドライバーが同じ状況に陥ったら…想像するだに気の毒だし、よほどの工夫が必要に違いない。世の中には女性用の携帯トイレなんて便利グッズもあるくらいだ。ともあれ、自分が男性で良かったのか悪かったのか――複雑な気分ではある。


ともかく、僕の炭酸水実験はこれだけに留まらない。念のため、頑丈なナルゲンボトルや水筒型のフローリザーバー(リュックに入れる水袋)でも試してみることにした。結果、どれも一長一短だった。密閉性抜群のナルゲンボトルは炭酸の圧力くらい何ともないが、振った後にフタを開ける際は緊張する。下手をすれば中身が噴き出すので、ゆっくりガス抜きしながら開ける様はまるで爆弾処理班だ。


一方、フローリザーバーは柔軟すぎて中の炭酸が大暴れ。チューブの飲み口から泡混じりの水が霧吹き状態で飛び出し、こちらもなかなか飲めたものではない。しかも構造上、使用後に隅々まで洗うのがひと苦労だ。


結局、炭酸飲料は素直にペットボトルで飲むのが一番だろう――そんな当たり前の結論に落ち着きつつある自分がいる。だがそれでは面白くないから、つい実験したくなってしまうのだ。今回だって、ただの思いつきが発端で、気づけば容器の素材ごとの耐圧性や炭酸の挙動、清潔な使い方の難しさまで身をもって思い知る羽目になった。日常の延長にある好奇心が、いつの間にか本格的なフィールド実験になっていたのである。


最終的に残ったのは、パウチ一つと少しの炭酸水、そして言いようのない達成感。それから…使用済みパウチの後始末という現実的な課題だ。もちろん帰宅後すぐにパウチは念入りに洗浄し、消毒までした。実験も大事だが、衛生はもっと大事である。当たり前だ。シートのシミを見つめつつ苦笑いしながら、僕は今回の教訓を胸に刻んだ。


炭酸水とパウチの相性は最悪だったが、おかげでパウチ本来(?)の有効活用法も発見してしまった。果たして喜ぶべきか否か。いずれにせよ、退屈だった車中が一転して忘れがたい旅路になったことだけは確かだ。最初にこの実験を思いついた時点で運の尽きだったのかもしれないが、それでもまあ――人生、何が役に立つかわからない。



あとがき


思えば、このパウチがすべての始まりだった。炭酸が噴き出したり、トイレに転用したり。ちょっとした思いつきが、僕の車中を次々と「実験場」に変えていったのだ。アルミ缶のケースも、キャンドルの火種も、春雨の朝食も、すべてはこのパウチから連鎖している。


もしまた新しい思いつきが浮かんだら、僕はきっとためらわず試すだろう。たとえ結果がくだらなくても、あとで笑えるならそれでいい。そうして、この「車中体験実記」はまだしばらく続いていくに違いない。

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