第7話「『となりのオークさん』創刊!」
翌朝。
執務室の扉を開けると、リリィが机に突っ伏して寝息を立てていた。
彼女の前には、インクの匂いが新しい羊皮紙の束。どうやら、徹夜で仕上げてくれたらしい。
「おい、起きろ。朝だぞ」
「んみゅ…あと五分…はっ!カミヤ様!?」
飛び起きたリリィから原稿を受け取り、俺は目を通す。
ゴルズ隊長のインタビュー記事と、その横に添えられた似顔絵。
うん、記事の内容はいい。
だが、それ以上に素晴らしいのがこの似顔絵だ。
リリィが描いたゴルズ隊長は、二頭身にデフォルメされ、つぶらな瞳でシチューの鍋をかき混ぜている。
元のいかつい姿の原型を留めていないが、妙な愛嬌があった。
「よし、上出来だ。だが、レイアウトが素人臭いな」
「れ、れいあうと…?」
「見出しはもっと大きく、読者の視線は左上から右下へ流れる『Z型』を意識する。重要な情報は最初に持ってきて、読者の心を掴むんだ」
前世で培った編集スキルでレイアウトを修正し、俺たちは世界に一つだけの壁新聞を完成させた。
*
夜明け前の薄闇に紛れ、俺とリリィはコーダ村の広場に忍び込んでいた。
目的は、村の情報が集まる掲示板だ。
そこには既に、エレナ王女の美しいポスターが貼られている。
陽光を浴びて輝く彼女の金髪は、まるで後光が差しているかのようだ。
「よし、リリィ。その真横に貼れ」
「えっ!?こ、こんな綺麗なポスターの横に、わたしたちの新聞を…?」
「だからいいんだ。並べることで、違いが際立つ」
リリィがおずおずと、エレナのポスターの横に『となりのオークさん』創刊号を貼り付けた。美しく気高い王女と、手作り感満載で可愛らしいオーク。
その対比は、我ながら悪趣味なほど効果的だった。
俺たちは物陰に隠れ、村人たちの反応を待つ。
やがて、広場に人が集まり始めた。誰もがまず、エレナのポスターに目を奪われ、感嘆の声を漏らす。
だが、その隣にある異質な存在に気づくと、一様に怪訝な顔をした。
「なんだ、ありゃ?」
「汚い紙だな」
雲行きが怪しくなってきた。リリィが不安そうに俺の袖を掴む。
状況が動いたのは、一人の子供が掲示板に駆け寄ったのがきっかけだった。
「あ!オークさん、まるい!」
子供がリリリィの描いたゴルズ隊長の似顔絵を指さし、ケラケラと笑う。
その声につられるように、他の子供たちも集まってきた。
「ほんとだ!おだんごみたい!」
子供たちの無邪気な声に、大人たちも壁新聞に目を向け始める。
文字の読める一人が、おそるおそる見出しを読み上げた。
「『隊長のシチューは、母の味』…?」
その一言が、広場の空気の色を変えた。
ざわめきが、囁きに変わる。
「あの強面の隊長が…料理なんてするのか?」
「おふくろの味、ねぇ…。なんだか、俺たちと変わらないじゃないか」
「そういや、この前の『おすそ分け会』の料理、確かに美味かったな…」
強面の職人風の男が、腕を組んで「…ふん、悪くねえじゃねえか」とぶっきらぼうに呟くのが聞こえた。
物陰からその様子を窺いながら、俺はリリィに語りかける。
「エレナのポスターは、人々が自分とは違う存在になることを夢見させる『憧れ』を売っている。だが、俺たちは違う」
俺は、村人たちの表情が「恐怖」から「興味」へ、そして「共感」へと変わっていくのを、確かな手応えと共に見ていた。
「俺たちは『共感』を売るんだ。あの人たちも、俺たちと同じなんだと知らせる。これが、俺たちの戦い方だ」
小さな、しかし確かな一歩。
魔王軍広報課の、記念すべき最初の勝利だった。
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