砂の水槽への応援コメント
拝読しました。
描いた絵を現実化する砂の水槽。砂場遊びがロマンチックに変化する様が実に魅力的です。
その描いた美しい存在が意思を持っているとわかって、ぞくりとしました。人間の傲慢なんでしょうが、言葉を操れるとわかってとてもグロテスクに感じました。
本当に足を描いていたら、どうなったんでしょうね……。
作者からの返信
いつもコメントを頂きありがとうございます。
描いた生物が殆ど声を上げない種類ばかりですから、特にそう思われるのかもしれません。ましてや人の言葉を理解しているので。
ホラー作品で怪物的な存在が人間に近い知性を持っていたり、人の言葉を解しているシチュエーションが実は好きです。そういった嗜好が反映されているのかもしれません。
砂の水槽への応援コメント
@ninomaehajimeさま
こんにちは。
子供が砂の上に自分で作り出した世界。その世界が空想の世界だったはずのものが動き出し、一緒に戯れるのは楽しいおとぎ話。それが「あしをかいて」と子供の思いもよらぬ願いを告げたところで一転、楽しくみえていた世界はがらりと様相を変えました。自分が描いたり消したりして制御できる世界ではなく、自分に歯向かいうる底知れぬ力を秘めた世界なのかもしれないと。この一変が見事でした。面白かったです。
作者からの返信
佐藤宇佳子様、こんにちは。
描いた絵が自分の手から離れて自由意思を持つというのはおとぎ話によくありますが、同時に恐ろしいことかもしれません。
かなり昔に読んだ短編小説で砂場の中に得体の知れない腕が埋まっているというお話があるのですが、その影響を受けてか、自分の中で砂場は公園の中でも奇妙な場所に思えます。
砂の水槽への応援コメント
この世界観が、すごくいいですね。
砂場に描いた魚たちが動き出す。更にその上で生態系が出現し始めるという。
その上で「あしをかいて」って要求してくるところがすごく不気味です。
自分たちに必要なものを要求してくることで、よくわからない進化の欲求を垣間見せてきたり、創造主を利用して自由を獲得しようとしたり、一歩間違うと制御できなくなるような危うさがあるのが面白かったです。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます。返信が遅れてしまいました。
あまり意識していなかったのですが、「陸上」に上陸し得る、腹足のあるカタツムリや足が生えるオタマジャクシは早々に食べられてしまっています。そういう点でも、熾烈な競争が繰り広げられていたのかもと、書いた後に自分で思い返しました。
絵という概念に近いので、象徴的に足を獲得することが砂場を出るのに大事でした。
砂の水槽への応援コメント
せっかくなのでこちらで再読です。
例えば猫などを描いたら、それは砂の中で溺れたのでしょうか。それとも、外に出てきたのでしょうか。
今思うのは、魚達が自分たちのことを「水生」だと思い込んでいたのは幸運だったなぁという事です。
しょせん砂だと気付かれたら、足の有無に関わらず空を泳いで出てきたかも知れませんよね。
私事なのですが、昔、「めだかの学校」という少女漫画が大好きだったのです。
足を描いてやったとして、現れるのが面白半魚人だったら、楽しい。
作者からの返信
続けてコメントをくださりありがとうございます。
どちらかというと主人公の認識に強く影響されているかもしれません。あくまで水槽に見立てて、魚を中心に描いたので、外に出られませんでした。足がなければ地上に出てこれないという幼い感覚があったかと思います。
めだかの学校という漫画は聞いた覚えはあるのですが、読んだことはないですね。本屋でも巡ってみましょうか。
足を描くとしたら、どういう姿形になったのでしょうね。