堅物令嬢と勘違い求婚 ━学園を騒がす恋の幕開け━

花草青依

第1話

 アルバレス伯爵家の令嬢、カタリーナは学園では名の知られた存在だった。

 成績優秀で、誰に対しても礼儀正しく、いつも冷静。愛らしい容姿をしているものの、彼女には一切の隙がなく、気安い言葉には目もくれない。

 そんな彼女に軽い気持ちで接した男子学生は、すごすごと退散するほかない。プライドを傷付けられた彼らは、カタリーナを陰で「堅物女」と揶揄していた。


 けれどカタリーナ自身は、その呼び名を気にする素振りはなく、むしろ歓迎すらしていた。

 なぜなら、彼女は「独身主義」だから。常日頃からそれを宣言する彼女にとって、そのあだ名は、都合の良いものだった。


 ある日の昼休み。いつものように、中庭のベンチで、友人のパウラと軽食をつついていた時のことだ。

「ねえ、カタリーナ。本当に結婚する気がないの?」

 パンをちぎりながら、パウラが首を傾げる。

「素敵な殿方が現れるかもしれないのに、最初から拒否するなんて勿体ないと思うの」


 問いかけられたカタリーナは言葉を詰まらせた。

 本音を言えば、カタリーナは結婚を「人生の墓場」だと捉えている。

 彼女がそう思うのも無理はなかった。両親の冷え切った仮面夫婦ぶりを見て育ったのだから。結婚など、不幸の始まりにしか思えないのだ。

 しかし、そんなことを口にすれば、パウラを困らせてしまうのは明らかだった。


 だから、カタリーナは微笑んで、さらりと嘘を吐いた。

「私は堅物だし、まともに言い寄られたことなんてないわ。そもそも結婚なんて無理なのに、それを妄想するだなんて、馬鹿みたいじゃない?」

 冗談めかして肩をすくめると、パウラは「そんなはずないのに!」と大げさに嘆いてみせた。


 カタリーナはパウラの反応を笑い飛ばすと、軽い笑い話に変えるはずだった。

 けれど、彼女達の前に立ち塞がったアレハンドロによって、彼女達の会話は止まった。


 突然現れた学園の人気者に、カタリーナは困惑した。彼女は気付いていないのだ。彼がカタリーナに淡い恋心を抱いていることに。


 彼は、偶然にも、彼女達の会話を聞いていた。

 そして、カタリーナの言葉を聞いた瞬間、彼は見事なまでの盛大な誤解をしたのだ。


 ━━なるほど……。彼女が恋愛に興味がないふりをしているのは、真剣交際を申し込む男がいなかったからだ。俺が告白をすれば彼女は……。


 妙に納得した彼は、いても立ってもいられず、中庭へ飛び出し、彼女の前に立ったのだ。

「カタリーナ!」


 突然名を呼ばれ、カタリーナは顔を上げた。パウラも目を丸くした。

 アレハンドロはまるで舞台役者のようなキラキラとした笑顔をカタリーナに向ける。そして、胸を張り、堂々と彼は宣言した。


「僕の妻になってくれ!」


 その一言をきっかけに、静まり返る中庭。周囲にいた学生達はポカンとした顔で、アレハンドロを見た。

 そして、反動のように、今度はざわっと、色めき立ち始める。


「聞いた!?」

「カタリーナ様がプロポーズされたわ!」

 目を輝かせてたのは、女子学生達だった。


 声をあげたのは、一人や二人ではない。あちこちから甲高い歓声が飛び交い、中庭は小さな劇場と化した。

 そして、高揚した女子生徒達は一斉に身を乗り出して、アレハンドロに黄色声援を送り始める。

「やっぱりアレハンドロ様は大胆な人ね! ステキだわ」

「まさか公開プロポーズだなんて!」

「うらましいわ。私もあんな風に情熱的な告白をされてみたい」


 対して男子生徒たちは半ば呆れ顔で口笛を鳴らしたり、肩を組んで大げさに「ブラボー!」と囃し立てたりしている。

 中庭は一瞬にして祭りのような熱気に包まれた。


 学園の人気者による公開告白は、それだけの一大事件だった。


 アレハンドロの突然の告白に、カタリーナの目が大きく見開かれる。意味を理解するより早く、彼女は全身が熱くなるのを感じた。

「な、何を言っているの!? ふざけているのなら、やめてちょうだい!」

 顔を真っ赤にして抗議をする。

 しかし、その声は、周囲のざわめきにかき消されてしまった。


「ちょ、ちょっと待って!」

 カタリーナは慌てて立ち上がった。頬は火がついたように熱い。心臓が喉から飛び出しそうで、恥ずかしさと戸惑いが押し寄せてきた。

「私、そんなつもりは……」

 彼女の必死の否定も、熱狂の波に飲み込まれていくばかりだった。


 堅物女が人気者に告白されたという話が、尾ひれを付けながら、みるみるうちに広がっていく。

 当人の困惑も必死の否定も、誰も耳に入れてはいなかった。


 こうして、カタリーナとアレハンドロの“勘違い求婚騒動”は幕を開けた。

 カタリーナにとって甘い悪夢の日々が待ち受けているのだと、この時の彼女は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る