最後の審判
@yuruyuru117
最後の審判
視界が揺れ、朝日は天界へ誘う光のように身体を刺した。起きた時の第一声は、「しまった」
ついにこの日が来てしまった。現実感のない頭で朝食を流し込み、時計を見る。あと二時間。すべての審判が下るとき。
こういうとき、私は無神論者だが異様に手を組みたくなる。誰に祈っているのかは、神すら知らない。ただ一つ、救いだけを求めて、祈って、祈った。どうか救いを。
ああ、わかっています、ついに罪の裁かれるときが来たのです。己の怠慢に、正義の鉄槌が下るときが、来たのです。昨夜は愚かながら、正義について考えさせていただいていました。やはり、正義はイデア界に存在していて、私はそれの欠片も持ち合わせていませんでした。私の持つ正義は、虚構だったのです。怠慢は罪であり、逃避することも罪であり、私はさながらペトロといったところでしょうか。なんだって、私は鶏がひとつ泣く前に逃げてみせましょう。ああ、そうです、わたくしはおかしいのです。生まれた時から、いえ、さいきん、大人になりかけてから、どうも人生の調子が悪い!青い頃は惜しんでいた人生さえ、今ではもっとも憎むべき偶像である。
ああ、いけない、あと一時間二十五分だ。
青春を薫らせる制服が今日は喪服のようで、なんだかいけなかった。そのワイシャツに腕を通したとき、今と、過去の罪が一緒くたに思い出されるようだった。絞首刑に掛かったようにネクタイを絞め上げる。
私は全く、見当がつかない。その鉄槌が私を切り裂いたとき、一体どうなってしまうのか!ああでもやはり、考えてしまう、神の御手に抱かれて、すべての罪を赦されるひとときを。その鉄槌が私を掬い上げ、人生に微笑むことを。ああ、いけない、こんなことをしていると、もっと落差がひどくなってしまうじゃないか。悪として裁かれるときのことは、うまく考えられない。裁かれて、その先に何かあるのか?その先は、永遠の死であるはずだ。だが皮肉にも自分の命は続き明日は来るだろう。これが所謂生地獄というものか。ああ、慈悲深き神よ、私は今日限り貴方様の敬遠な使徒になります、命さえ、差し出します。なので、どうか、どうか審判の贔屓を。ああだめだ、正当で公平なあなたの救いを。
ああ、憎らしい!なぜ生まれてきてしまったのだろう。横断歩道を踏みしめながら、じっと呟く。「生まれてきてしまって、ごめんなさい。生まれてきて、すみません」頭を経由せずに出た心は、何とも単純で、業の深いものだった。そうか、私の罪は怠慢などではなく、生まれてきたことだったのだ。
ああ!神様!
どうかこの命を無かったことにしてください!私は到底生きたいなんて願いません!もう、私の脆弱な心は、耐えかねるのです!
もし、わたくしが赦されず、己を恨みながら死んでいくのだとすれば、その命に何の御業がありましょう!私の存在は、神の怠慢です!自分を愛することができないものが、なぜ隣人を愛せましょうか。
見えない涙を切り裂き、新しい風を連れた電車が到着する。電車に踏み入れるその足は首吊りの初動を思わせた。それもそのはずで、そこに足を踏み入れれば、もう決して審判からは逃れられないからだ。お誂え向き、と言ったような、最後の晩餐のように席が人を避けていた。いつもよりずしりと重い鞄を抱え、発車という名の死刑宣告を刻々と待つ。
私が赦されたとしても、それは私の生まれながらの罪も赦されるのか?
否、私は一生己を恨むでしょう。もし、こんにちの審判で救われた暁には、私はきっと努力というものを忘れます。きっと、惰性に落ち、五年もしたら首をくくるでしょう。私はずっと前から、きっと五年前から、そんな気がしているのです。これは、預言者なんかよりも、もっと確かで、もっと現実的な、確定した未来です。皆様、私を信じてください。
一
ああ、なんだ、救いなんてないじゃないか!あと一時間十三分、私を待ち構えてるのは間違えようのない死ではないか!最後の審判なんて馬鹿馬鹿しいしい、異常な殺戮写め!いずれ刈り取る命ならば、なぜ芽吹かせた!未来を手繰り胸に抱くことなんて、もうとうに諦めた。それでも自分は怠慢に身を落とし、さらに己を嫌うだけなのだから。
同仕様もない阿呆に希望なんて与えたら、そこから絶望まで一本道を下るしかないじゃないか。
なあ、神様、どうかあんたのせいにさせてください。私の怠慢は、わたしの罪でしょうか?私の命は、私の罪でしょうか?あなたが最後の審判で刈り取ってくれるだけで、私の命はあなたが作り出した、貴方の失敗になるのです。どうか、どうか審判を下してください。
神様、イエス様、仏様、地球上全ての神よ。
誰か、一人で良いのです。
笑いながら「ひどい悪人だねえ」と審判を下し、コーラをいっしょに飲んでくれるてくれる神はいらっしゃいませんでしょうか。
わたくしの、怠慢から逃れようと、怠慢を恨み続け、希望を失わなかった五年間を、努力だと背を叩いてくれる神はいらっしゃいませんでしょうか。
生まれてきたくなかったと嘆く私を、それでも私はあなたと出会えてよかったと、笑ってくれる神様はいらっしゃいませんでしょうか。
残り一時間五分。きっと、もうすでに、最後の審判は下っていた。
電車に揺られる少女の涙が、一つ、愛を残していた。
最後の審判 @yuruyuru117
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