「追放された“元”悪徳令嬢と魔族王子の大革命ー魔族領土の全てを抜本的に見直します!」

名無し@無名

第1話:宮廷の陰謀と追放

 

 ◆


 宮廷の大理石の廊下は、いつも以上に冷たく広く感じられた。

 セリーナ・フォン・アルトシュタインは、一歩一歩を慎重に踏みしめながら歩く。胸の奥に湧き上がるのは、恐れや悲しみではなく、微かな苛立ちと、未知の世界に足を踏み入れることへの好奇心だった。



 数時間前まで、彼女は宮廷で微笑を振りまき、貴族たちの注目を集める令嬢だった。



 豪華な衣装、宝石で彩られた髪飾り、そして誰もが羨む家柄――全てが揃った立場。しかし今、その全てを奪われ、ただの人間として追放される身となった。


「ふふ、これが私の処遇ですか♪」


 小さく呟いた声に震えはない。

 代わりに、冷たい決意がその瞳に宿っていた。手袋を外すと、指先にわずかに残る感触に意識を向ける。怒りや悔しさのほかに、胸の奥でくすぶる興奮があった。

 追放された令嬢として生き延びるために、己の力を試せる場所がこれから目の前に広がるのだから。


 廊下の向こうでは、貴族たちの視線が絡み合う。困惑、軽蔑、好奇心――それらが混じった視線は、まるで観察する獲物を見るようだった。だがセリーナは一切動揺しない。その視線を力に変え、これから始まる新しい戦いに備えていた。


 馬車の車輪が石畳を離れ、宮廷を後にする。窓の外に広がるのは、灰色の空と荒野、遠くに連なる山々。その稜線の向こうに、魔王領の森がぼんやりと見える。かつて恐怖と尊敬を集めた場所は、聞くに今や秩序を失い、無法の地となっているという。


「……魔王領ねえ」


 静かに呟く。相変わらず恐怖は微塵もない。

 ただ、森の方角から漂う空気に、軽く胸がむかつくのを感じた。薄く、しかし確かに鼻をつく湿気と魔力の匂い。思わず息を吐き出す。――これも、未知の世界の洗礼の一つだろうか。


 騎士たちは慎重に馬を進める。

 セリーナは窓越しに外を観察した。荒れ果てた大地、枯れ木が点在する森、遠くでかすかに咆哮のような音が聞こえる。魔物の気配か、あるいは魔王領特有の自然現象か。いずれにせよ、周りの光景からは微塵の安寧も感じられなかった。


 だが


「面白くなりそうね」


 唇の端に微かな笑みを浮かべ、セリーナは窓の外に目を細める。宮廷での権威や豪華な装飾など、今の自分には何の価値もない。頼れるのは己の魔術と知略、そして観察力だけだ。


 馬車がついに森の入口に差し掛かると、騎士の一人が扉を開け、低い声で声をかけた。


「お嬢様、この先は危険が多いと聞きます。無理はなさらず、戻るつもりなら私たちを呼ーーーー」


「はいはい、お待ちになって」


 セリーナは肩をすくめ、明るく笑って答える。


「ありがとう。でも大丈夫。ここは危ないので、貴方達はさっさと帰りなさい。心配しなくても、私一人でなんとかしますから」


 騎士は一瞬驚いた表情を見せたが、彼女の自信に満ちた目を見て、ため息をつきながら頷いた。


「わかりました……お嬢様、くれぐれもご無理なさらずに」


「ふふ、心配性ね。でもありがとう。では行くわね」


 馬車を降りた瞬間、冷たい風が頬をなで、湿った土と草の匂いが鼻をくすぐる。木々の間には獰猛な下級魔物の気配が漂う。セリーナは片眉を上げ、掌に青白い光を灯した。


「ふふ……この地の主たちも、私の力を見れば驚くでしょう」


 微かに胸の奥でむかつきを感じつつも、それ以上に好奇心が勝る。荒廃と混沌の森の中で、追放令嬢セリーナの新しい物語は、確実に動き始めた。


「さあ、この地で輝かしい第一歩を踏み出しますわよ!」


 掌の光を揺らしながら、セリーナは森の奥へ歩を進める。吐き気に似た微かな感覚を感じつつも、足取りは軽やかだった。追放令嬢として、未知の世界での挑戦が、ついに始まったのだ。

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