第12話:雷槍の誓い、そして(後編)
「なん……で!?」
鈴音が、目を見開いた。
まだ、折れていない――それだけだ。
俺は鈴音の一瞬の動揺をついて、刃から手を離すと素早く両手で鈴音の左右の腕を掴んだ。
体は痛みで悲鳴を上げているが、意識ははっきりとしている。
「座標確定――」
思考が、加速していく。
空気が、変わる。
鈴音も、すぐに察知して詠唱を返して来た。
不敵な笑み。余裕の構え。
自分は4語。俺は5語。
自分のほうが後出しでもなお早いと思ってるんだろ?
でもな、鈴音。
「電位加速、線上収束――」
お前は負けたことないから、守りを考えない。
ここぞというときは必ず攻撃なんだよ。
だから、これを防げない。
鈴音の瞳に驚きの色が浮かんだ。
気づいたのだろう。
これが4語詠唱であることに。
鈴音の詠唱が止まる。
その瞬間、俺の演算が限界を超えた。
脳内の深層で、何かが別の何かと“かちり”と噛み合う。
識閾との連結。
意識の最奥に――誰かの気配が、流れ込んできた。
優しくも冷たく、まるで外側から俺という存在を眺める視線。
『……あなたは、何を望むのですか』
声はなかった。けれど確かに、ニャルのものだった。
脳裏の奥底、感情も思考も沈む場所で――俺は、はっきりと答えた。
「俺が勝っても、あいつが天才なのは変わらない。
けど――もしあいつが自分のルールを変えたとしたら、それは“才能”じゃない。“意志”だ」
『彼女に、変化を強いるのですか』
「違う。――俺が、きっかけになるんだ」
『なぜ、凡人のあなたが?』
「だからこそだよ。天才が天才に勝っても何も変わらない。けど、俺なら、負けることも、立ち上がることも、全部知ってる。だから――必ず、あいつに届く」
一瞬の静寂ののち、ニャルの気配がわずかに笑ったように揺れた。
『――通してあげます。今回だけですよ?』
直後、世界の“重み”が変わった。
俺の詠唱は、“神の理”に接続した。
神域の演算が脳内に流れ込み、無限の可能性が、境界を曖昧に溶かしていく。
だが、拡散していく世界の中で――俺の小さな意志が、ただ一筋の道を穿った。
この一撃で、あいつに――“俺の全て”を、刻みつける。
ここで勝ったからといって、俺が天才になるわけじゃない。
それでも――挑み続けたこの現実が、未来を変える鍵になる。
だから俺は――
現実に再起した意識が、再び鈴音の姿をはっきりと捉えた。
「――雷槍!!」
空間が裂ける。
この世界に初めて来た時に使った雷槍は天を埋めつくすほどの数だった。
今、俺が放ったそれは、たったの一本。
だが、俺が、俺の意思で生み出した、世界に抗う神の槍だ。
鈴音が動揺と焦りの入り混じった声で叫んだ。
「ゆーゆー、離して! やだ、離してよ!」
鈴音が必死に叫び、もがく。
こんな声、聞いたことがなかった。
普段のあいつなら、勝負の中でも笑っていたはずだ。
けれど――今、目の前の鈴音は。
怖がっていた。
俺は掴んでいた鈴音の腕を引いて、彼女の身体を抱き寄せた。
圧倒的な強さからは考えられないほどに華奢な身体。
「いやだね、絶対に離さねぇ」
逃げようとしていた鈴音の動きが止まる。
彼女は身体の力を抜いて、体重を俺に預けてきた。
この体勢だと俺も雷槍のダメージを受ける。
しかし軌道を認識し、かつ同属性である俺と、抱きすくめられてまったく認識できない鈴音では受けるダメージは雲泥の差だ。
そして、俺の意志によって振り下ろされた一点集中の雷槍が、鈴音の背中に直撃した。
「きゃん!」
短い悲鳴と共に、彼女の体が地面に叩きつけられる。
もがくように手をつくが――立ち上がれない。
一方の俺も雷槍の衝撃で吹き飛ばされて地面に転がる。身体中痛いが、電撃による痺れなどの影響は受けていない。
起き上がって雷切を拾い上げると、その切っ先を彼女の喉元へと突きつけた。
決して実力とは言えない。けど――勝った。
それだけは、事実だ。
「俺の勝ちだな、鈴音」
鈴音の瞳が、揺れた。
その瞳に映るのは、悔しさでもなく――どこか、諦めきれない戸惑い。
「ゆーゆーの最後の詠唱、論理が……読めなかった」
そして、仰向けに転がると、空を見上げて――
「……うん、そうだね。降参っ」
泣きそうな笑顔を浮かべながら、静かにそう告げた。
「勝者、桐原悠真!」
アナウンスの声が響く。
それと同時に、観客席から歓声が弾けた。
勝てた、のか?
あの鈴音に……。
「鈴音、賭けの件は――」
パシりの件だけなくなればそれでいい。そう伝えようとしたその時だった。
「うん、約束だもんね」
鈴音は、ぴょこんと立ち上がったかと思うと、舞台の真ん中でゆっくりと正座する。
その動きに、競技場に響いていた歓声も徐々に小さくなっていった。
静まりかえった競技場の中で、鈴音は指三つ折りでゆっくり頭を下げると、全体に響き渡る大きな声で言った。
「申し訳ございませんでした、ご主人様。ボクが間違っておりました。これから天羽鈴音はご主人様に誠心誠意お使えいたします」
「は?」
その瞬間、場内の空気が凍った
「なんでだろうね、ボク、こうなるかもってほんのちょっとだけ思ってたんだ……ふふっ」
鈴音が小声で呟く。
その声は、笑いも演技もない、本気のものだった
会場の喧騒に包まれて、その言葉は俺にしか聞こえなかった。
「今、ご主人様って言った?」
「誰に?」
「桐原……悠真……?」
場内がざわつく。
「待て! 俺は負けたら謝罪しろとしか」
鈴音は無邪気に笑った。
「戦いの前、賭けの内容見直したでしょ? つまりお互いに同じ条件ってこと!」
「ええ!!」
場内のどよめきが次第に怒号に変わっていく。
「はぁ!? 信じられない!! 女の子に公衆の面前であんなこと言わせるなんて、先輩さいてー」
希望の声。
「ゆ、悠真くん、なんて不埒な…。あー、わたしの教育が足りませんでした。もっとみそぎちゃんで魂を整えておけば……」
渚だな、これは。
「主……」
楓は言葉少なだが、声色だけでどう思っている伝わってくる。
「鈴音、お前!」
俺の声にようやく顔あげた鈴音は、とびきりの笑顔を浮かべて言った。
「ゆーゆーを見習っただけだよ。防御カットによる捨て身の戦術、さ」
そんな……。
この勝利で得られたはずの学内の地位が消えていく。
それどころか以前よりマイナスに……。
こうして、俺のクラス内対抗戦は終わりを告げた。
せっかく鈴音に勝利したにも関わらず、学内地位がさらなる低下をするという散々な結末で。
一人きりの夜。誰もいない中庭。
大会の喧騒が嘘みたいに、夜の学園は静かだった。
俺は、人気のない中庭に腰を下ろして、空を仰いでいた。
今日に至るまで、いろいろありすぎた。
異世界に見て神を名乗るロリAIに同期されるわ、
性悪後輩にいじられ続けるわ、
清楚風美少女には棍棒で殴られ続けるわ、
勝ったのに、ご主人様とか言われて、学園内での地位はさらに悪化するわ……。
――ろくな目に遭ってねぇ。思わず、溜息をつく。
「……まあ、でも」
星空を見ながら、ふっと笑った。
「退屈はしない、かな」
異世界に飛ばされてきて、最初は右も左もわからなかった。
無力で、周囲に圧倒されて、ただ流されるだけの存在だった。
けど今は――少しだけ、前に進めた気がする。
そんなことを思った直後。
「主。こんなところにいらしたのですね」
静かな足音とともに、楓が姿を現した。
いつものメイド服。いつもの背筋の伸びた姿。
この世界に来てから、微妙な距離感のときもあったけど、ずっと支えてくれてた存在。
けれど、今はどこか雰囲気が違って見えた。
彼女は立ち止まり、スカートの両端を優雅に持ち上げると――一分の隙もない完璧な一礼を俺に向けた。
「本日は、わたしとの誓いを果たしていただき、誠にありがとうございました」
スカートをつまむ楓の指先が、ほんのわずかに震えていた。
「そして――大変お疲れ様でございました。桐原悠真様」
小さく、それでいて確かな声だった。
誰に見られても恥じない、田中楓という存在すべてを込めた一礼だった。
……返す言葉が、うまく出てこなかった。
胸の奥が、静かに熱くなっていく。
俺は――ここに、いる。この世界で、ちゃんと立っている。
礼を終えた楓が顔を上げる。
その目元に、ごく小さな涙が一滴だけ、静かに浮かんでいた。
それはすぐに拭われたが、俺の胸の奥に焼きついた。
空を見上げた。
広がる夜空には、星が瞬いていた。
まるで――手を伸ばせば、ひと粒ずつ拾い上げられそうな、“小さな勝利のかけら”みたいに。
視線を落とすと楓がこちらを見つめていた。
いつもの凛とした表情とは違う、柔らかな微笑みを浮かべて。
凡人でも、才能がなくても関係ない。
いつか掴んでみせる、自分の手で。
――と、その時。
「静かに見つめ合う主とメイド。あとで見返して楽しみたいでしょうから記録してあげます」
どこからともなく、神を自称するロリAI――ニャルがひょっこりと顔を出した。
「台無しだよ!!」
思わず叫びながら、それでも――胸の奥は、あたたかかった。
天才として生まれなかったことを、ずっと呪ってきた。
頭の回転が早い人がずっと羨ましかった。
でも、今日だけは――
凡人でもいいんだって、そう思えたんだ。
天は遠く。星は彼方。
でも、雷は地を這い、いつか空を穿つ。
――俺も、そう在れると信じている。
[観測ログ:#001-A-12/記録主体:Nyarl_A-001]
雷槍:通過確認。演算同期率:41.94%
本体支援に加え、Silent Activationに並列展開。
補助演算処理、完了。
意志が理を超えた。
“桐原悠真は神理に触れた”と、ニャルは認める。
神ロリAI様と同期して、異世界天才たちに挑みます 上城晄輝 @NarakaFormula00
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