第3話:正統派美少女登場…と思いきや、この子もなんだか……(後編)
ホームルームで自己紹介を終えると、早速授業が始まる。
楓が言うには昨日俺の世界での始業式にあたるものが終わったばかりらしい。
さすがにまだ本格的な内容にはならないだろう。
と思った矢先。
「では、“連続写像の保存性”における属性干渉の影響について、今日は風属性をベースに察してみましょう」
教壇の教師が、黒板にスラスラと“位相空間”だの“演算構造”だの、見たこともない単語と式を並べ始める。
……は?
「前提として、属性場Aにおける作用素Fは、各写像に対して連続性を持つ必要があります。ここで定義する“干渉強度”とは、各点pにおけるf(p)の偏差に――」
いやいやいやいや!?
思わず机に手を突きそうになった。
これ……魔法じゃねぇ!! 数学じゃねぇか!!
なんとか頭を整理しようとするが、周囲の連中もまた理解を妨げてくる。
右隣の男子生徒:「雷の律動は空を裂き、我が式は此処に宿る……」 →論理構文らしきものを詩にして暗唱している。
前列の女子:ノートにゴシック体で式を描写。しかもペンの音が妙に不穏。
斜め後ろの男子: 「連結確定、展開演算――っ、式展開!」
→勝手に詠唱を始め、教師にチョークを投げられる。
教師:「詠唱すんな! 座れ!」
クセつよっ!!
そんな中――斜め後ろの席。
制服をルーズに着こなした先ほどの少女――天羽鈴音――が、軽快な口調でふと呟く。
「この論理式、風に乗せるとよく散るんだよね~。 “質感”が軽すぎて、拡散起動しちゃうっていうか」
くるくるとシャーペンを回す手。動く度にぴょこんと跳ねるツインテール。ひとつひとつの動きがあざと可愛さに溢れていた。声のトーンも高くて柔らかい。
……いや、“式の質感”って何!?
誰にもツッコめずに一人で悶絶する俺。
鈴音はさらっと“高度な話”をしているっぽいのに、口調は軽くて妙に陽キャっぽい。
こちらから話しかけれそうな感じじゃないな。
まるでついていけない俺を一人置き去りにして、講義はどんどん進んでいく。
黒板は数式で埋まり、教師の話す内容も理解できる単語がもはや存在しない。
ノートを開こうにも、何を書けばいいのかわからない。 隣のノートをチラ見してみるが、そこにはもはや“論理魔法語”という別言語の世界が広がっていた。
……俺、完全に落ちこぼれてる。
これが“魔法”の授業? 誰も詠唱してない(勝手にしてるやつはいるが)し、呪文のような文章も出てこないし、魔法陣すら描かれていない。
なんで俺、異世界に来てまで数学の授業受けてんだよ!
しかも、内容は高校の数学よりよっぽど難しいってどういうことだよ!
一人だけ“異世界Fラン枠”に放り込まれた気分だった。
チャイムの音が教室に鳴り響く。
どうやら、午前の授業はこれで終わりらしい。
つ、疲れた……。
何もしてないのに、脳の疲労感がすごい。
いや、“何もできなかった”が正しい。
ノートは真っ白。理解度ゼロ。 俺だけ別の国から来た交換留学生みたいな空気になってる。
はは……ほんと完全に“Fラン枠”だな、俺
机に突っ伏しようとした、そのとき。
「えっと……あなた、桐原くん、だよね?」
ふわりとした声が背後から届いた。 柔らかく、少し透き通るような響き。
顔を上げると――そこにいたのは、教室室の入り口近くにいた、あの美少女だった。
肩下まで伸びた黒髪に、光を受けて淡く輝く金のメッシュ。
涼しげな目元と、少し儚げな笑み。
整った制服に、品のある立ち姿。
一目で“育ちの良さ”と“静かな芯の強さ”を感じさせる、まさに“正統派美少女”。
神秘的なまでの美しさに俺は思わず目をそらしてしまった。
「まるでダメなのに、諦めずに頑張ってたね。そういう人で、安心した」
ええ!? いきなりぶっこんで来たぞ、この子!
「私、白川 渚(しらかわ なぎさ)っていいます。 あの、よかったら――ノート、一緒に写します?」
あれ? でもなんかすごく優しいぞ。
そうだよな、そんなおかしな人間ばかりなはずがないよな。楓はまあ盾さえ背負ってなければまともだけど。
希望はアウト。ニャルに至っては人間と呼べるかも怪しいから論外。
でもこの子は――違う。
俺を、救ってくれる気がした。
「え、あ、助かる! ありがとう……なんか、ホッとしたよ。君みたいな子がいて」
渚は少し目を細めて、ふふっと笑った。
「よくそうやって言われる。でも安心するにはまだ早いかも?」
「えっ?」
そして一歩近づいて、小声で囁くように――
「私ね、報われない人を見ると、放っておけないの」
笑顔のままの瞳が、どこか嬉しそうに揺れていた。
「そういう人がいると、救いの手を差し伸べられるからとってもうれしいの」
その声は、うれしいと言っているのにどこか諦観や悲しみを含んでいるように聞こえた。
まるで、助けることで――
自分が救われる、と言ってるようにも聞こえた。
その言い方も、声色も、笑みすらも――完璧に“正統派”のままで。
そんな危うい姿に、背筋がぞくりとした。
……やばい、めちゃくちゃ美人だし、まともそうに見えるけど……
この雰囲気、絶対どっかおかしい。
「じゃあ、移動しよっか。私、結構ノートまとめるの得意なんだ」
「は、はい……」
気づけば、腕を引かれていた。
そして俺は悟った。
この学園、“まともなやつ”がいねぇ――!!
渚は俺の心の声なんてお構いなく、俺の腕を引いて歩き始める。
渚に連れられて教室を出ようとしたその時――
ふと、視線の端に誰かの姿が映った。
教室のドアの外、壁の影に立っていたのは――楓だった。
「……あれ?」
何か言おうとしたけど、楓はそっと目を伏せた。
ほんのわずか。ほんの一瞬だけ、その目が――冷たい何かを含んでいた気がした。
え、今の……。
楓はこちらに近づくことなく、いつも通りの丁寧で整った所作で一礼すると、そのまま姿を消した。
……怒ってる? いや、まさか……
言葉にできない違和感だけが、胸に引っかかった。
渚の手が、ぐいと俺の袖を引く。
そのまま渚に引っ張られるまま歩き出す。
けれど、さっきの“視線”だけが、どうしても胸から離れなかった。
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