5.音楽家と友人
5-1
突然いなくなった。
大好きだった人が、突然。
『さきほどの旅客機事故ですが、複数の日本人が搭乗していたということで、消防は現在生存者の有無を確認を行っています。引き続き情報をお待ちください』
その旅客機には覚えがあった。
チケットは……私が取ったものだ。
「なにこれ! ありがとう」
「彩陽ちゃんは良いの?」
「うん、せっかくだからさ。思い出を聞かせて」
一緒に行こうと言われたけど、私は断った。
私と関係ない部分、私なんかを忘れるくらいに楽しんで欲しかった。
お姉ちゃんは一緒に行きたそうにしていたけど、私が言ったらいろいろと妹に気を使ってしまう。
そういうのを意識せず、存分に合格祝いとして楽しんでほしかった。
だから、そういう時間も含めてプレゼントだ。
そしてお姉ちゃんが帰ってきたら、作っていた曲を披露しよう。
そうした結果が……これか。
ボーッとニュースを眺めていた。
カメラの映像がテレビに映し出される。
飛んだはずだった飛行機から煙が上がり、少しして墜落した。
それはショッキングなものでありながら、そこに身内がいると分かっていると不思議となんの感情も湧かなかった。
生きていてと思う余裕すらも与えない凄惨さが、私の中から実感を奪っていく。
『えー速報です。先ほど報じた旅客機事故による生存者はいないとのことです。消防は現在、被害者の身元の特定を急いでいます』
なにかの間違いで、乗り遅れてその飛行機に家族は乗っていないでくれと思った。
飛行機の中に生存者がいないのなら、そもそもその飛行機に家族がいないことをただ願った。
けれど、そんな願いを粉々に打ち砕くように警察から連絡が来た。
飛行機のチケットの情報から身元を特定した警察から連絡が来て死亡が確認された。
遺体は焼けてしまってひどい損傷だったそうで、持って帰れないとのことらしい。
でも、死んでしまったのは確実だった。
検死とかDNA照合とかよく分からなかったけど、死んだ事実だけは私の中に残った。
誰1人、帰ってこなかったのに。
役所の人に手伝ってもらって、いろいろとやることが終わると私の世界から色が消えた。
思い返すだけで息が出来なくなっていく。
現実に溺れてしまいそうだった。
私が殺した。
私が海外旅行をプレゼントしなければ、少しでも日付をずらしていれば……。
少なくとも私が一緒に行けば、一緒に死ぬことができたのに。
「ごめんなさい……」
どうしたらいい。どうしようもない。
用意された仏壇の前で何度謝ったか分からない。
「彩陽ちゃん、何か欲しいものはある?」
「彩陽ちゃん、ご飯できたよ」
「彩陽ちゃん! またギター弾いて!」
何度も仏壇から私を呼ぶ声が聞こえる。
チューニングがぴったり合ったように整然と、みんなの声は頭の中で質感を持って響いてる。
ついこの間まで聴いていた家族の声に、酷く胸を掻き乱される。
「ごめんなさい……! あぁ……あぁっ!」
何度も何度も、何日も何日も、嗚咽と涙で心がぐしゃぐしゃだ。
ただ何もない漠然とした生きることへの閉塞感と、自分だけに将来があることへの嫌悪感で毎日吐き気が止まらなかった。
謝り続けていくうちに、この世界との繋がりが僕の中で消えていった。
そして髪を赤くして、私は……いや、僕は心を埋めるために可能な限りお姉ちゃんの真似をした。
彩沙お姉ちゃんみたいになれば……。
ただお姉ちゃんに会いたかった。
でもその虚無感は埋まることはなかった。
ただギターを弾いて、その曲や動画を配信して少しでもお父さんたちが残した遺産を使わないようにお金を稼いだ。
髪を赤くしてから、明るい曲が弾けなくなった。
旅行から帰ってきたお姉ちゃんに聞かせる予定だった曲も、最初のイメージから離れ、調子っぱずれた音が交わる歪で悲しい曲に変わっていた。
けれど、そこがまた切ない雰囲気を纏っていると動画の人気に拍車をかけて、お金には困らなくなった。
お姉ちゃんの完璧ぶりを思い出すと、その事実すらも辛い。
こんなに穴だらけの僕1人でも、世界は回って僕の足は止まらず人生を歩み続けていることに、全身が焼けるほどの苛立ちを覚えた。
助けて、連れて行って、何度喉元を手のひらで押さえつけただろう。
踏切を通り過ぎる電車を見るたびに、飛び込みたいという考えが脳内を駆け巡る。
でも、自殺は家族が悲しむ。
迷惑もかけてしまう。
それはダメだ。
お姉ちゃんを真似してるなら、自殺はダメ。
「生きたくない……っ! 僕には……もうなにもないのに……」
そうして生きてきた。
ぽっかりと心に空いた穴に日常が沁みて、激痛が走る毎日だった。
水に沈んでいく楽譜のように、世界が滲んで、見えなくなっていく。
それでも誤魔化すために笑って、見ないふりをして、痛くないふりをして。
痛い痛い死にたい死にたい殺して殺して、叫びを我慢して。
大好きな人たちのいない風景の中で生き続ける。
そうして家族の死から一年、痛みが麻痺した頃。
僕は通り魔に出会ったんだ。
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