7.希死念慮と告白

7-1

 緋空ちゃんのおかげでテスト勉強を頑張れたおかげで、とりあえず赤点は避けられた。


 ただ喜びのあまり紙で指を切って、数字じゃない部分が赤くなってしまった。


「ねぇねぇ〜緋空ちゃんだっけ? 来ないのー?」

「あの子、小学生ですよ?」


 絆創膏を指に巻き直していると保健室のハルちゃんはこちらに投げかける。

 来るわけないでしょ? と言うとさらに返してくる。


「いいじゃない。あの子の絵、凄い上手なんでしょ? なら美術部の外部講師にすれば良いじゃない」

「小学生の外部指導員って……」


 何を言ってるんだか……。


「悪くないと思うけど。あの子の絵に美術部の子達だいぶやられたみたいよ? 小学生じゃ描けないようなものを描いてやろうって躍起になってるの」


 白衣にスカート、その間から長い足を何度も組み替えてソファにふんぞりかえっている。


 その姿はとても教師、さらに言うなら保健室で生徒を見守る養護教諭に思えない。

 もしかしたら違うのかもしれない。


「へー」

「この前なんかヌードデッサンをしようとか言ってたわね」

「それ、色々間違ってません……?」


 才能が方向性を見失わせている。

 たった一枚のデッサンで美術部が狂っていくのはどうにも才能の暴力感が否めない。


 なんか、緋空ちゃんがごめんなさいという気分になる。

 ただそんな気分になる反面、この緋空ちゃんが与えた影響はあの美術部の中に残り続けるのかなと思った。


 それはあの子が生きた足跡で、白水緋空って女の子が生きていた証明。


「一緒に死のうね!」


 死んでいいのかな……?


 緋空ちゃんと暮らして、花蓮ちゃんと出会って、少しずつ僕の希死念慮は薄まっている。


 色んな人の生きた証が、思ったよりも世界に溢れている。

 あの子だって、1人じゃないんだな。


「どうしたの?」

「い、いえ! なんでも。絆創膏ありがとうございました」


「はいはい。今度は緋空ちゃんも連れてきてね」

「そんな気軽には無理ですよ……」


 そう言うと先生はタバコの煙を吐き出すような、あまりにも深いため息を吐いてこちらに視線を向けてくる。


「あの子で母性を充電したいのに……にしても、あなた少し顔が明るくなったわね」

「えっ? そ、そうですか……?」


 恐る恐る聞くと先生は笑う。


「そうよ、あの子のおかげかしらね。緋空ちゃん凄い良い子だものね」

「まぁ……そうですね。助かってます」


 それは事実だ。

 生活の上でも人生の上でも、緋空ちゃんには助けられてる。


 あの子が危ういからこそ生きなきゃと思うようになったし、彼女がいる家に帰りたいという目的が生まれてる。


 少しばかり……明るくなったのかな。


「だからね? あの子に会わないと私も血迷って裸を校内に晒しちゃうから、そこは覚えておいて」


 だからとは……?

 というかモデルは先生なんだ。


 若くて綺麗なのはいいけど、攻めすぎじゃない?


「いや、というか、先生はヌードデッサンしても……曲線が……」

「……出禁にするぞ、赤髪」


「失礼しました!」


 あなたも大して変わらないじゃない。とかなりキツめの一言を保健室を出る後頭部に投げつけられた。


 ☆


 帰り道、花蓮ちゃんに誘われてギターを見たいと言うことで楽器屋に来た。


「んーどうしよっかなー」

「いいんじゃないかな、弾きやすいんでしょ?」


 花蓮ちゃんは試し弾きをしながら首を縦に横に振って悩んでいる。


 ぐるりと首を回して周囲を眺めると、ギターがズラッと壁一面に磔にされている。


 最近は新しいギターを買わないしネットで活動してるのもあって、こういう一般的な楽器屋は中々来ることがない。


 ギターのリペアも専門のお店に行くし。


 一応こんな髪色だし付き添いとは言えバレないか不安で仕方ない。


「弾きやすいけどさ……似合ってる?」

「それ買うのに関係ある?」


「大事でしょー! 文化祭ライブとかもギターに合うよう衣装とかめちゃくちゃ意識したんだから」


 ラメ入りでキラキラ輝くチェリーレッドのジャズマスターを抱えて、花蓮ちゃんは頬を膨らませた。


「なら弾きやすくて見た目に満足ならそれで良いと思うよ。衣装の方を似合うように整えたらいいんじゃない?」

「凄い適当じゃん。こっちはバイトで貯めたお金を払うか考えてるんだよ? 彩陽ちゃんはお金があるから選び放題なんだろうけど」


 そんなこと言われても……。

 そもそも僕だってギターをポンポン買えるほどお金があるわけじゃない。


「そんなお金ないよ?」

「えー? でもあの曲すごい再生されてるじゃん?」


 曲が暗く聞こえる症状を克服した時に完成した”あの曲”こと『Friendship』は、かなりの再生数を初速から叩き出していた。


 ネットで販売してる譜面もそれなりに売れている。


 ただ……


「あれは緋空ちゃんとの生活費だから」

「それに彩陽ちゃんギターもたくさん持ってるから、分からないんだよー」


 嫌味っぽく、けれど不快にならないような声色で花蓮ちゃん拗ねたように言った。


「いや、んー……そんなこと言われてもなぁ」


 それにギターは何本か持ってるけど、全部弾きやすくて音の雰囲気が被らないものを選んでるし。


 1人でしか基本弾かないから、似合うとかは考えたことがない。


「僕は弾きやすさと音しか考えてないから分かんないんだよね……」

「はっきり言うけどね? 私はギターの音がどのくらい違うとか分かんない」


 分かんない。

 そのはっきり言ってのける姿にお姉ちゃんが重なって見えた。


『彩陽ちゃんの言ってること難しくて分かんないよ』


 お姉ちゃんが唯一苦手だった音楽について、ギターを使って教えても、そうして甘えたような視線でこちらを覗くんだ。


 唐突な立ちくらみのように視界が白黒にチラついたのを、首を振って正常に戻す。


「もうさ、彩陽ちゃんが弾いてよ」


 すると花蓮ちゃんは唇を尖らせて、抱えたギターをこちら側に少し傾けた。


「いいの?」


 弾いちゃうけど。

 そんな目線で見つめるとサイドテールの女の子は側頭部の尻尾をブンブンって、ギターを抱え直す。


「……やっぱなし! そしたらどれもよく見えそう」


「ほらね。こんだけいっぱいあるんだから、それが良いと思ったならそれが良いんだよ」


 展示の中にも良いギターはいっぱいある。

 僕の持っているものと同じギターだってある。


 とても弾きやすいし音も綺麗に鳴ってくれる。

 オススメするならそのギターだけど、選んだなら花蓮ちゃんの選択を尊重すべきだと僕は思う。


「楽器との出会いは一期一会だからね、なんか運命感じたならそれでいいんじゃない?」


「うん、そうだね……! すいませーん! これ取り置きしてください! 今度お金持ってきます!」


 快活に、楽しそうにこちらに笑って花蓮ちゃんは片腕を突き上げた。

 エネルギッシュな彼女を見てると、僕も元気を貰える……とは違うけど、なんか不思議な気分になる。


 そしてふと思い出した。


「私も両親いないよ?」


 そんなことを彼女が言っていたことを。


 そういえば、この子も同じなんだ。


 胸の奥から何かが湧き上がる。

 興味とか色んなものが混ざった感情。


 どうして……こんな元気でいられるんだろう。


 不思議と僕は彼女の背中を追うように、そばに立とうとしている。

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