3-3

「チキンライスってチキンが入ってても入ってなくてもいいんだ……」


 チキンライスの具材をスーパーで見繕いながら、そんな独り言をもらした。


 というか、あれってケチャップご飯じゃないの……?

 バターで玉ねぎとにんじんと鶏肉(ハムやウィンナーでも良い)を入れて、炒め、ご飯を入れてケチャップをなんて複雑な行程をお母さんはやってたんだ。


 お母さんの手料理で一番好きだったけど、認識が雑すぎて申し訳なくなってくる。


 オムライスがそもそも何を食べてるものなのかが知らなかった事実に、僕は困惑した。


 ケチャップ味のご飯を薄焼き卵で包んだもの。としか認識してなかった。

 常識の欠如って、いつも食事からバレるものなのかもしれない。


 毎日同じものはおかしいって、緋空ちゃんからも言われたし。

 というか僕ってあの子が来るまで生活と言えるものをしてなかったんじゃ……。


 あの子が来て、僕の体の中に風が吹いて、生きるための神経が起きてる気がする


「ごめん、遅れちゃった」


 真っ暗な夜から温かい家へ帰ってきた。


 オムライスの具材を調べて、スーパー内を探していたら時間が経ってしまった。


 チキンライス? に思ったより具材が必要みたいで、調べたけどレシピが多すぎて何を入れるのが普通なのか分からなかった。


 6弦×22フレットの132音で音楽を作るギターより、もしかしたら料理の方が奇怪かもしれない。


「緋空ちゃん……?」


 そんな感じで色々と苦心しながら少し遅れてマンションへ戻ると、緋空ちゃんはローテーブルで1人絵を描いていた。

 持ってるのは……クーピー。小学生で使ったっきり存在を忘れていたけど今でもあるんだ。


 よく使いそうな色は短くなっていて、今も真剣に絵に向き合っている。

 こちらの言葉も入らないくらいに夢中で、死にたいと思ってる子には到底思えないほど楽しそうだった。


 ……そういえば、デッサンの時しか絵を描いてるの見てないな。


 とりあえずお米の準備だけ終わらせて、彼女の隣に回ってその絵を覗き込んでみた。


 藍色の背景に黒と白でなにか立体物を描いている。


 まだ途中だからよく分からないけど、一体何を描いて……えっこれ……。


「樹海……っ!?」


 絵の正体に気づいて、抑えようにもついギョッとした声をあげてしまう。


 なんとなくの形を理解した瞬間、神経が針金になったみたいに身体が固まった。


「ん? あっ、彩陽ちゃん! おかえり」


 満面の笑みで抱きつかれたけど、僕の視線はその絵に引っ張られ続けていた。


「これ、何描いてたの?」

「これ? 森の中だよ。怖いお化けがいっぱい出るの」


「やっぱ森なんだ。本当に怖いね……」

「うん、怖く描けた!」


 緋空ちゃんは自慢げにこちらを見た。


 雰囲気がよく出てて、見てるこちらがこの樹海に迷い込んでしまいそうなほどだった。


 木々を分けたら、生きるのに疲れた人とか出てきそう。

 縄遊びをしてる系の……そんな感じの。


 これは……まいったなぁ。


 ただそんなのを気にする様子もない彼女は、笑ってこちらに絵を見せた。


「授業で映画を見た時、怖い森のシーンがあってね、それを描いたの」

「映画のシーン……あっ、じゃあこれは別に暗くなっちゃったわけじゃないの?」


「うん。この絵は違うよ」


 良かったぁ……。


 心底ホッとして、料理をする前から全身が疲れた気がする。


「他にも、思いついたらいっぱい描いてるの」


 その樹海が描かれたスケッチブックは、ページの束が歪んでいてすでに使用感が滲み出ている。


「これに今までの絵は描いてあるの?」

「そうだよ。パパとママがいなくなって、叔父さんと住んでた時に新しく色鉛筆と一緒にくれたの」


「そうなんだ」


 かなり使い込まれた様子から、今までの絵もどんなものなのか気になった。


「前の絵とか見せてもらっていい?」

「いいよ」


 そうして緋空ちゃんから手渡されたスケッチブックをペラペラとめくって覗いてみた。


 クーピーに色鉛筆、油っぽいクレヨン画。

 色々と質感の違う絵がたくさんスケッチブックには詰め込まれていた。

 

 どれもこれも細かい雰囲気は違うものの、一枚の絵の持つパワーはとてつもなくて緋空ちゃんの才能を感じる。


 ただ「暗くなっちゃう」と彼女がそう言っていた意味合いも分かった。


「これ……色が……」


「うん、なんかね。描いてるとこっちの方がいいなって思うの。最初は綺麗な水色にしようと思ったのに」


 描かれているのは風景や昆虫、動物など様々だったけどその色合いが妙に奇抜で、不気味な雰囲気だった。


 赤い海、星のない緑の夜空、藍色に枯れた大地。


 どれもアーティスティックと言えば凄い綺麗で美しいんだけど、緋空ちゃんのメンタルを考えると少し怖いものがある。


 そしてめくっている中で、一枚の絵が目に止まる。

 1番最初のページにあったのは白黒の人物画だった。


「これは……」

「これね、パパとママ!」

「そうなんだ、優しそうな2人だね」


 春風のように笑う夫婦の絵は唯一色がついていない。

 白と黒の鉛筆画なのに、柔らかく立体感があった。

 とても穏やかで、まるで僕すらも見通しているかのように笑っている。


「彩陽ちゃんもね。優しいところがママに似てるよ。だから大好き!」

「そうなんだ……良かった」


 僕も緋空ちゃんに笑って見せる。

 この優しそうな2人の元で、この天使様は育ったんだ。


 だからこんなに笑顔が素敵な子なんだ。

 これだけ絵が上手いといっぱい褒められたんだろう。


 絵の中の優しい笑顔を通して、僕の頭の中にも家族が浮かび上がった。

 笑ってギターを褒めてくれたお姉ちゃんたち、帰ってこない日々。


 それを実感させられて、胸の奥が苦しくなる。

 でも、緋空ちゃんが僕を見てくれるだけで前を見る勇気が湧いてくる。


「うん、緋空ちゃん。そろそろ片付けしてオムライス作ろっか」

「分かった。オムライス作るー♪」


 スケッチブックを彼女の手に返すと、鼻歌まじりに片付け始めた。

 悲しみや寂しさを感じさせない背中が印象的だった。


 ……本当に死にたいのかな?


 やっぱりあの子は生きたいんじゃないだろうか。


 少し混乱してるだけで、簡単な方法にこだわってしまってるだけで、一瞬の気の迷いみたいなものだよね。


 暗い部屋で壁を探してしまって、間違ってるだけ。


 なら僕が支えてあげよう。


 お母さんに似てるって言うなら僕が彼女の生きる理由になれるし!


「彩陽ちゃん早くー!」

「はいはーい」


 キッチンの入り口で手を振る彼女の元へ歩いていく。


 あの子は日に日に向き合えているんだ。


 だって僕は1人になった時、家族写真を見るのすらしんどかった。


 うん、そうだ。


 僕は緋空ちゃんの家族として、彼女の生きる理由になろう。


 まぁ……お母さんというより、お姉ちゃんという役割がいいのだけど。

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