第28話 可愛いルームメイトからかいがいしく看病されています



「うん、風邪だね。2、3日すれば良くなると思うから」


 薬、出しとくね――。


 翌日、寮監に連れられていった病院で診察してもらった俺は、無事風邪だと診断されました。


 幸いなことに、あれから熱はあんまり上がらなかったんだけど。

 頭が痛くてぼーっとしてだるい……。


「どうする? 先生もちゃんと手洗いして消毒してればそうそう感染らないって言ってたし。部屋に戻る? それともまだ救護部屋で寝とく?」


 寮に戻った後、付き添ってくれた寮監にそう尋ねられると、俺は少し考えてから「部屋に……、戻ります……」と答えた。

 弱っているせいかもしれない。

 なんだか無性に瑠偉の顔が見たかった。



 ◇



「脩……!」


 部屋に戻ると、中にいた瑠偉が驚いたようなホッとしたような顔を見せながら、入ってきた俺をとてとてと俺を出迎えてくれた。


 あー……、やっぱ可愛いなあ……。


 近付いてきた瑠偉を、何の気なしに抱きしめる。


「しゅ、脩……!?」


 ――この時。

 俺は本当に、熱のせいで理性が緩んでいたのだ。

 故に、普段だったら理性が邪魔してしなかったであろう行動を――それこそ気持ちの赴くままにしてしまっていた。


(可愛い。細っそ。可愛い……)


「脩。とりあえず、服脱いで寝巻きに着替えよ? ね?」

「ん……」


 瑠偉にぽんぽんと優しく背中を叩かれながらそう言われ、瑠偉の肩に頭を埋めたままこくりと頷く。


「……からだ、拭きたい?」

「……うん」


 瑠偉に来ていたTシャツを脱がされた後、尋ねられた言葉にどこかぼおっとした頭で答える。

 すると、「ちょっと待っててね」と言った瑠偉が、少しの間バタバタと廊下に出ていったかと思うと、ほかほかに暖めた濡らしタオルを持ってきて、丁寧に身体を拭いてくれた。


(あったか……。気持ちいい……)


「脩、熱くない? 大丈夫?」

「うん……」


 そう言いながら、ぽてりと重たい頭を瑠偉の肩に持たせかけると、なぜかすぐ横から「ひゃっ……」という声が聞こえてきた。

 処方されて飲んだ薬が効いてきたのか、なんだかやたら眠たい。


「脩。着替え着せてあげるから、一瞬身体起こして」

「………………」


 言われるままに身体を起こし、指示されるままに両手を上げて着替えの寝巻きを着ると、再びぽふりと瑠偉の肩に頭を置く。


 ……なんか、ちょうどいい場所にあるんだよな。


 あったかいし。

 いいにおいするし。

 抱き心地いいし。


「しゅ、しゅう……」

「んー……」


 困ったように名前を呼んでくる声に、睡魔と戦いながらなんとか答える。

 あ、もうダメだこれ。眠い。寝る。


 そのまま、誘われるようにずるずると深い眠りに落ちていくと、遠くで「しゅう、寝たの?」と尋ねてくる声が聞こえた。

 その時にはもう、俺には答える気力も意識もほとんど残っていなかった。



 ◇



 それから、しばらくして。


「ん……」

「あ。脩、起きた? ご飯食べれる?」


 なんだかいい匂いがするなと思って目を開けると、俺が目を覚ましたことに気付いた瑠偉が上から覗き込んでくる。


「ごはん……?」

「雑炊だよ。卵雑炊。あ、でも先に水分摂ったほうがいいかな」


 そう言いながら、瑠偉がぱたぱたと甲斐甲斐しく動いては、スポーツドリンクのキャップを開けて渡してくれる。

 汗をかいて乾いた喉に、スポドリが沁みた。

 我ながらよっぽど喉が渇いていたのか、気づけば渡されたペットボトルの半分くらい飲み干していた。


「脩、あのね。お薬飲むのに、胃がからっぽだとよくないから……」


 食べられるだけでいいから食べよ? と言って、トレイに乗った雑炊を持ってきた瑠偉が「ちょっとだけ詰めて」と言いながらベッドの俺の隣に座ってきた。


「……それ。もしかしてお前が作ったの?」

「え? ……あ、うん。……わかる?」


 なんとなく、本当になんとなくだけどそんな気がして尋ねたら、瑠偉がどこか照れ臭そうに頷いた。


「……い、嫌だった? 手作り」

「……いや……、食べる」


 ほかほかと漂ってくる醤油の香りがなんだか妙に食欲をそそって、『ああ、俺、腹が減ってるのか』と思った瞬間、自分は少し回復しているんだと思えた。

 それから、瑠偉が作ってくれた雑炊を口にしようと、トレイに載せてくれていたれんげを手に取ろうとした瞬間――。


「あっ、まだ熱いから……! 僕がふーふーして冷ましてあげるね……!」


 と言われ、ぱっとれんげを奪い取られた。

 

「……はい、脩」


 そう言って瑠偉が、れんげに載せた雑炊を、俺の口元まで差し出してくる。


 ………………うん。ええと。

 これは、俺に、ここから食え、という理解であってるよな?

 つまり、俺は今、瑠偉からいわゆる『はい、あーんして』というやつをされていると……。


 ……………………まあいいか。


 別に、誰に見られてるわけでもないし。

 そう思いながら、割合素直に瑠偉が差し出したレンゲに口をつけると、何故か瑠偉の方が「えっ……?」とでもいいたげな、感動したような顔を見せた。


「…………うま」

「…………! ほんと…………!?」


 ひとくち口に入れて、思わずぽろりと『美味い』と漏らすと、瑠偉がぱあっと喜んだ顔を見せる。


 ………………。

 あー。可愛いなー。

 俺がヤケドしないように、小さな口でせっせとふーふー冷まそうとしてくれるのも可愛いし。

 それから「……はい」と言って、俺の口元まで持ってきてくれるのも可愛い。

 ……なんだこの、可愛い生き物。


「脩。はい、お薬」

「……ん」


 そう言われて瑠偉から薬を受け取ると、さらに渡されたコップに入った水でぐいっと流し込む。


「おでこの、張り替えるね」

「……うん」


 甲斐甲斐しく世話をしてくれる瑠偉が、俺のおでこの冷え●タを張り替える。


「もうちょっと寝る?」

「……ん」


 そう答えると、瑠偉が俺をベッドに寝かしつけて、上から布団をかぶせてくれた。

 最後に――。


「おやすみ、脩」


 ――大好きだから、早く良くなってね。


 そう言って、おでこにキスをするのも忘れずに。


(…………眠い)


 薬が効いてきたのだろう。

 とろとろと睡魔が襲ってくる。


(この部屋……。今まで気付かなかったけど、ちゃんと『俺らの部屋』の匂いになってんだな……)


 昨日一晩、救護室で過ごしたからこそ気付く。

 俺のでもなく、瑠偉のでもなく、二人で過ごしている空間の匂いが、ここには確かに漂っていた。


(なんか……、すごくおちつくな……)


 まだ、たった数ヶ月しか過ごしていないのに、すっかり落ち着く場所になっているのに、うとうととしながら不思議な気持ちになった。


 眠りに落ちる瞬間。

 反対側のベッドでごそりとみじろぎした瑠偉の気配を感じて、なんだか幸せな気持ちになった。



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