第13話 俺を気持ち良くさせたいから? お前男なのに?



 瑠偉は、俺と谷が話していた『身体が柔らかいほうが気持ちいいって本当なんかなあ』という言葉を間に受けて、こうしてせっせと身体を柔らかくしようとストレッチに励んでいたわけだ。


 ……。

 可愛い。

 可愛いだろ。

 馬鹿可愛い。

 超可愛い。

 しかしだな。


「だからって、なんでお前が身体柔らかくしようとしてんだよ。お前男だろ」


 ――そうなのだ。

 こいつは、一応ここでは男だ、ということになっているのだ。

 なんで男の子のはずの君が、四十八手で気持ち良くなるためにストレッチとかしてるんですかね? ああはい可愛いですけど!


「…………脩を気持ち良くさせたいから?」

「だからなんで俺を気持ち良くさせようとするんだ。お前男だろ」

「えー」


 えーじゃないわ。えーじゃ。

 ぷくっとほっぺたを膨らませて見せてもダメです!

 何の説明にもなってないからな! お前の言い分じゃ!


「……でも、それとは別に、身体が固いと怪我もしやすくなるって言うし。ちゃんとストレッチすると疲れも残りにくいって言うし。だったら日頃からちゃんとやっておこうかなーって思ったの」

「ほーん……」


 改めてやってみると、僕って身体が固いんだなって気付いたし、と呟く瑠偉に、とりあえずはそういうことにしておいてやるかと思う。


 確かに、瑠偉の言う通り、身体が固いと怪我もしやすくなるし、ストレッチは疲労回復にもつながる。

 自分の身体能力向上のために続けるというなら、まあ俺も何も言うことはないのだけど……。


「脩」

「なんだ」


 とりあえず、俺としてはあの卑猥ひわいな――もとい、ちょっと色っぽい喘ぎ声をなんとかしてくれればなあ……、と思っているところに瑠偉が声をかけてくる。


「もうちょっと頑張るから。押してくれる?」


 いつの間にか、ベッドの上で開脚(と言うほどひらけていないのだが)もどきをしている瑠偉が、俺に頼んでくる。


「……押してもいいけど。あんまり妙な声出すなよ」

「出そうと思って出してるわけじゃないもん。出ちゃうんだもん」


 ………………。

 出ちゃうんだもん、とかなんだよ。

 可愛いか。


 ああ、俺、今日もう何回可愛いって言ったろう……。

 頭沸いてんのかな?


「そんなに言うなら、妙な声が出なくなるまで脩が助けてよ。脩が手伝ってくれるなら出さないように頑張るから」


 そう言いながら瑠偉が、ほら早く、と俺に背中を向けてくる。


 ……ぜっっっっっっったいにフラグだろこれ。


 頑張るからとかいいつつ、押したら出るんだよ。妙な声が。

 ぐいっておしたら、ああん、って。


 でもな……。

 そうは言いつつ、これを放っておいて、体育の時間でストレッチになった時に他の男子の前でやられても困るよな……。


 幸いなことに、今のところ運動前のストレッチが強制されることはなかったが、これから体育祭や運動系のイベントが始まった時のことを思うと、今のうちになんとかしておかねばという気もする。


「…………仕方ないな」


 仕方ない。

 仕方がないのだ。

 これは、瑠偉を助けるためのものであって、決して私欲でやるわけではない。


「んっ……」


 求められた通り、瑠偉が屈伸しやすいように背中を軽く押してやると、案の定艶かしい声が漏れ出てくる。


「おい瑠偉。早速漏れ出てるんですけど」

「仕方ないでしょ。これでも我慢してるの……っ」


 瑠偉の動きに合わせるように今度は体側を押してやると、また堪えるような吐息が漏れる。


「あんっ、しゅうぅ……っ、もっと優しく……」

「いやお前、だからなあ……!」


 頼むから、名前を呼ぶのはやめて欲しい……!

 それでなくても妙な妄想が捗りそうなのに、増長させないでくれますかね!?


 え? 変態?


 仕方ないでしょーが!

 可愛い女子が目の前でアンアン言ってるんだぞ!?

 むしろ妄想未満で済ませただけ褒めてもらいたいわ!


 その日、俺は夢の中で、ストレッチであんあん言っている瑠偉から『ねえ……、脩……、もっと気持ちのいいこと、していいんだよ……?』と誘われる夢を見てしまい、夜中に目を覚まして激しく反省することになるのだが。


 それは、ここだけの秘密である。


 そして、この毎晩のストレッチは、その後どうにか体育の時間で卑猥――じゃない、色っぽい喘ぎ声が出ないようになるまで、続いたのであった。

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