ヘリオトロープの簒奪者
dede
第〇一話 【金曜日】ミステリーは容易い
「ミステリーは容易いよ?」
舞先生のその言葉に僕は愕然とした。
「そんな事はないでしょう? 現にトリックを僕は思いつきません」
これでも昨晩は結構頑張って考えたのだ。それなのにトリックの取っ掛かりさえ掴めてない。だから今僕は舞先生に泣きついたのだ。
僕は周囲を見渡す。2学期も始まって間もない放課後の職員室には先生が10名ほどだった。金曜日の放課後だと言うのに生徒もなにがしかの用事があるのか4,5人ほど滞在していた。だがココでミステリーは簡単だと主張して納得する人はいるだろうか。いや、サンプルが足りない。もっと、そう、うちの高校に所属している生徒、教師合せて400人ぐらいだったハズだがその全員含めても簡単だと言うのは舞先生一人じゃなかろうか。
そんな僕の想像が顔に出ていたのだろう。舞先生は苦笑いを浮かべつつ続けた。
「たぶん君が思い浮かべてるのは推理小説だろ?」
「それがミステリーでしょ?」
「そうだけども。ミステリーの1ジャンルだよ、推理小説は。特に君は本格ミステリーや新本格ミステリーを好んで読むからそれしか頭に浮かんでないんだろう? そうだな……」
そこで言葉をきると舞先生は黒いスラックスを履いた足を組み直し、職員室のギシギシ鳴る安い椅子の背もたれに白いブラウスの背中を預け、天井を見上げる。視線を彷徨わせながら舞先生はツーブロックでセミロングな髪をかき上げた。長身で首や顎のラインが綺麗な先生にはその髪型がよく似合ってると僕は思っている。
「そうだな、例えば『明日の天気は何だろう?』と君が考えたとしよう。
そのために君は雲の様子を観察したり、天気予報を観るなど明日の天気を知るための行動を取るだろう。それだけでもう十分ミステリーなんだ。ミステリーの定義は"謎の提示と解消"だからね。話の中心に謎があればそれはもうミステリーさ。
そう考えればミステリーというジャンルはとても身近なものだろう? なにせ日々はPDCAの連続だ。謎や疑問なんてありふれたものだからね。
とはいえ、現実で謎を中心に行動する事は滅多にないかな? その辺は恋愛小説とは大きく違う点だね」
「でも舞先生。明日の天気では面白くないじゃないですか」
「一例だからね。でもこれならどうかな? 『あの子の好きな人は誰だろう』、なんてね。これなら多少興味が惹かれるんじゃないかな?
というか、そもそも君はなんでミステリーのシナリオなんて創作しようとしてるのかな? 一念発起してミステリー小説の新人賞にでも応募する気かい? なら私も存分に応援するがね」
おっと、どうやら僕は舞先生に根本的なところから説明不足だったみたいだ。
「友達に頼まれたんですよ。文化祭でミステリーの劇をしたいからシナリオを書いて欲しいって」
「ふむ。演劇部関係者で君がミステリー好きだと知っている生徒か。親友の黒麦君、で合ってるかな?」
「合ってますが親友ではないです。腐れ縁です」
僕の返答を舞先生はニコニコしながら聞いている。
「まあ、いいかな。しかし文化祭の舞台のシナリオか。なら必ずしも目新しいトリックなんて必要ないだろう。私から何冊か参考になりそうな本を紹介しようか?」
「大変興味あるのでよろしいですか?」
「なら準備しておくよ。おそらく君なら既読の本だと思うがね」
「先生が紹介する本が何かが気になるので是非お願いします」
「そうかい」
僕の回答に気を良くしたようで、舞先生は嬉しそうに目を細めていた。
そもそも目の前にいる『新谷 舞』はうちの高校の現国の教諭であるが僕の授業を受け持っていない。それなのにこのように親しくさせて貰っているのは幾つか要因があって、その一つは単純に読書仲間だからである。互いに本を紹介し合う、そんなありきたりな仲だ。たまたまそれが同じ高校の先生と生徒だった、というだけである。
「ま、私が言いたかったのは必ずしもミステリーに大げさなトリックだとか大きな事件は必要ないって事さ」
舞先生が締め括ったので僕は素直に頷く。それを見計らっていたのか、廊下の窓から女生徒が顔を覗かせると舞先生に声を掛けた。
「"新米"さーん。ちょっと教えて貰っていいですかー?」
「ああ、いいよ。今行く。じゃあ、本は用意しておくから」
そう言い残し、"新米"こと舞先生は離席した。まあ、20後半で中堅に足を踏み入れた昨今では、そのニックネームを些か不服に思っていて別のあだ名を模索中らしいけど。
さて、舞先生もいなくなったので職員室にいる意味もなくなった。僕もそろそろ仕事をしに図書室に向かうか。
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