いいように体つかわれて、それでも告白されて、嫌だと振ったら、めちゃくちゃにされちゃう女の子の話

ケンタ~

第1話 アンダーグラウンド

「っ、はぁっ……あ……」


 うっ、ふっ……腰、ふるえるっ……。


「はあ、はあ、麗奈れいな……っ」


 こいつ、ふうっ……。

 やっと、おわった……っ。


 ああ、腰が動かない、どんだけ、使われて。

 時計……っ、もう、九時、か。


「麗奈……」


 さっ、とティッシュを取る音。

 ぐっ、と、股をぬぐわれる感覚がする。


「さわっ、ないで」

「いい、だろ、別に」


 好意、そっちはそうかもしれないけど、こっちからしたら、肌触られてるだけで。


「はあ、はあ……麗奈、えっろ……」

「ふーっ、ふっ……」


 いやなん、だってば。


「ごめ、もう、帰るわ」

「っ、くっ」


 クズ、男。

 女の子、放って、気持ちよくなったら、自分だけ帰って。

 そっちは、『こんなに使ってごめん』とか思って、帰ってんのかもしれないけどさ。


 でも、お前にあまあまな事後トークとかされても、きもち悪いとしか思わないけど。


「っ、水、飲むか」

「い、らんっ、帰れっ」

「っ…………」


 がさごそと、服を着る音。

 ぱたん、と扉が閉じる音。


『流樹くん? もう帰っちゃうの?』

『ああ、すんません、っていうかもう九時ですよ、もうって』

『泊って行ってもよかったのに。じゃあ気を付けて帰ってね』

『はい、お邪魔、しました』


 っ……。


 なんでこいつと、こんなことになってんだろ。




×




 私は、いいように使われている。

 私は高校二年生。良徳高校っていうところに通ってる二年生の女子高校生。

 そして、わたしを使奴の名前は、小岸流樹こぎしるき

 同級生の、男。


 どっと、教室の端から笑い声が上がった。


「だよなー、マジでないわー」

「だしょ!? やっぱアイツそういうとこなおした方がいいよなぁ!」

「だよなー、流樹やっぱちゃんと見てるわ、よく言語化できてんなー」


 最悪な、やつだ。


 世間的には陽キャって言われるやつで、それとも一軍って言われるやつで。

 場所によっては、いじめっ子とかとも言われるやつだ。

 でも、真の陽キャとか言われる分類じゃない。見てわかるように、正真正銘のクズ野郎だ。


 それでも周りが自分を肯定してくれるという理由で自分が正しいと思っていて、自分のふるまいを直そうとしない、どうしようもないクズ。


「じゃーな流樹、俺らゲーセンいくから。お前もバイト頑張れよ」

「じゃなー流樹、今度また一緒に行こうぜ」

「おーう、じゃな」


 ガララ、と扉が開いて、また数人の気配が教室から消えていく。

 そんな奴ら相手に、小岸は笑みを浮かべて手を振って見送って。


 本当に気持ち悪い。

 思わず、うつぶせになった手にぎゅっと力が籠った。

 がらり、と席を立つ音がする。


「よう、麗奈」


 びくっ、と自分の背が震えるのが分かった。

 くそが。


「……なに」

「バイト先までさ、一緒に帰らん? 途中まで一緒じゃん」

「……」

「どう? 麗奈」


 猿みたいな頭の中してるくせに。

 見え見えなんだよお前。


 ヒトの悪口言って気持ちよくなってるくせに、自分の身内の人にはいい顔して、いい人間であることを振りまいて。

 その、『いい顔』をする対象に、私が入っているのが、とんでもなく身の毛がよだつ。


「……」


 がらり、と。

 わたしは何も言わずに、席を立つ。


「お、いい感じ?」


 わたしは荷物をもって、さっさと自分で廊下に向かう。

 その後ろに、嬉しそうな気配をまとわせた小岸が付いてくる。


 本当に、気持ちが悪い。




×




「ふっ、う、ふっ、はっ、麗奈っ、いいにおいっ」

「っ、っ、はっ」


 こんな奴に、使われてる自分も。


「はーっ、はっ、やっべ……」


 あーっ、わき嗅ぐな、きもち悪い、本当に。


「いいにおいっ……」

「っ……」


 本当に、やめろ、どこがだよ、きもち悪い、デリカシーゼロで。

 お前みたいな男に褒められたら、女は、喜ぶと


「っふっ!」

「っはは、エロい声、出たな」


 いきなり、胸を掴まれた。

 あー、ほんとやだ、ほんとやだ。


 胸、デリカシーなくつかむなよ。

 エロい声出したら興奮してるとか思うなよ。


「あー立ってんじゃん、先っちょ」

「っふ、あっ」


 やめっ、ろっ。

 ブラも外さずに直接やんな、痛い。

 ていうかやるとしても外すな、ていうかやるな。


「あー、もう限界だわ、いいよな、麗奈」

「っ、くっ」

「いい、みたいだな」


 あー……もう。

 何も言うな。

 せめてわたしになにも確かめるな。


 使うんだったら、もう道具として使えよ。

 いちいちわたしの反応求めるなよ。


「っ、おっ、あーっ……やべっ、っぅっ、ふーっ……!」

「っいっ、あ゛ッ」

「あー、やば、麗奈っ、あー、これ、慣れね」


 いちいちっ、っ、リアクションするな。


「うごく、ぞっ」

「っ、づっ」


 わたしの頭を、働かせるな。


「はーやばっ、も、すぐっ」

「っ、っ、ぐっ」


 お前のために、頭を、わたしの快楽を。


「っはっ……!!」

「ぅぐっ……!」


 っ、っ、っ……!!


「――――はぁっ、はっ、は―――っ……」

「あー、麗奈、うっ、ふーっ……」

「っ、ぐっ、ふっ……っ! ぬ、けっ」

「あ、え、ちょっと、ちょっとだけ抱きしめさせてよ」


 嫌、なんだよ。

 なんでわたしが使われてるのか、知らないのかよ。


 お前のために、体なんて使わせて。

 心だって一ミリだって使わせたくないのに。

 なんで、お前の心の安らぎのためなんかに。


 死ねよ。

 死ね。

 死ね、死ね、死ねって。


「ぬ、けよっ……!」

「っ、ふっ、わかっ、たって」

「うっ」


 ふっ、ふーっ。


 こいつの、ために。


「あー、はっ、ははっ……この角度、エロ過ぎだろ」


 死ねっ。

 死ねっ、しねっ、しねっ。


 言うな。そんなこと言うな。

 わたしのために言うな。わたしを喜ばせようと、するなっ。


「あー、時間、やば……ごめ、麗奈、もう行くわ」


 そうだ、そうやってやれよ。

 わたしを心配するな。そうやって、早く自分のために、どっかいけ。


「……ピルの金、ここ置いとくな」

「っ……」


 やめろ。

 だから、やめろって。


「……はやく、パンツ、上げろよ。人、来たらさ」


 っ、もう、いいから。


「きえ、ろっ」

「っ、ごめん、じゃあな」


 本当に、本当に。

 恨めしい。

 気持ちよくなったのなら、さっさと離れろ。


 誰も、いつも来ない、体育倉庫の裏で。

 わたしは、壁に手をついたままにして。


 がさがさと、あいつのどっかに行く足音が聞こえるだけで。


 確かにやってくる、体の満足感、絶頂のあとのエンドルフィンによって生み出される脱力感が、本当に気持ちが悪くて。


 二度とアイツが私のところにやってこなければよかったのに。

 くそが。




×





 殺せないのならば、せめて二度と合わない場所に消えてほしい。


 まだヤリ捨てされるだけなら、よかったのに。

 中途半端な、自己満足の優しさを、わたしに向けてきて。


 誰かがやってくる音を聞いて、急いでわたしはパンツを上げて、スカートを元に戻した。

 それから家に帰った。


 その、次の日。


「麗奈? 最近顔色悪いよ、大丈夫?」


 色素の薄い髪の毛。薄い水色がかった瞳の色で、肩ギリギリに垂らしたボブの女の子の顔。

 それが、うつぶせになったわたしに話しかけてきていた。


瑠海るみ……」


 やってきた親友の顔に、自分の頬が一瞬緩んで、すぐにその場で張り付くのを感じた。


「どしたの、瑠海」

「どしたのって、こっちがそれを聞きに来たんだよ麗奈」

「え、あー……」


 ダメだ、言葉が出てこない。

 なんていおうか。探られちゃってるのか、あのことが。

 だったら、親友には絶対に言えないことだ。だから。


 あー、本当に気持ち悪い。

 あいつの、アイツなんかのせいで、ただ親友と気持ちの良い会話すらできないなんて。

 腕をつかむ手に、ぎゅっと力が籠るのを感じる。


「疲れてる、みたいな?」


 瑠海はわたしが言い終わる前に、そう口にした。


「なん、でわかるの」


 こてん、と瑠海はかわいらしく首をかしげて、うーんとうなる。


「なんか、よくわかんないけど、ずっと元気ないよここのところ。理由なくっても見れば分かるでしょ」

「……そうだね、疲れてるかも。テスト勉強してるから」

「あー、それでか」


 ほー、と納得したように、瑠海はこくりっとうなずいた。


「でもそんなになるくらいに勉強するって、相当だよ」


 ずぐん、と心に亀裂が入るのを感じた。

 嘘をついた、今私は。

 最悪だ。最悪な、気分だ。


「勉強するって、そんなに高い点数狙ってるの? 瑠海頭いいでしょ勉強しなくても」

「……親ッ、が」


 ああ、わたしは。


「ちゃんと、した大学に」


 また。


「いってほしいっ、て、言うから」


 嘘を。


「だから、勉強」


 ついて。


「へぇー!」


 ぱあっと。

 瑠海は、顔を輝かせて。


 わたしの言葉を信じた。


 わたしの、こんな嘘でも。


「やっぱり優しいね、麗奈って!」


 わたしのついた嘘を。

 何の屈託もなしに。


「っ、ぐ、うんっ」


 ほん、とうに。

 あなたをだますための言葉を。


「じゃ、私バイトだから、帰るね! テスト終わったらもうこんなに根つめちゃだめだよ! じゃね!」

「う、ん、じゃあね」


 ゔっ、と、喉の奥から声が出る。


 そんな、ことでも。


 あなたをだますためについた言葉を。


 こんな、親友をだますために。

 こんな素敵な友達を。

 こんな純粋で素晴らしい瑠海を。


 あいつなんかのために親友を騙すことなんて。


 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。


「っ、ふっ」


 同じ世界に、あいつと同じ世界に生まれてきたこんな悪魔の軌跡を。

 一体だれが願って、叶えたんだ。


「死、ねっ……!」





×





「麗奈、大丈夫?」

「え、あ、なにが」


 麺をすすろうとすぼめた口を、わたしは止めた。

 対面に、わたしを止めた声の主がいる。


「最近顔色悪いわよ、何かあったのかと思って」


 お母さん。

 この麺を作ってくれた張本人であるお母さんが、そこには座っていた。


「いやっ、べつに」


 また、わたしは。


「ほんと? 分かるわよ、お母さんだし。最近疲れてるでしょ? それとも何か嫌なこととか、あった?」

「べ、つに」

「ほんとに? なんか、今まで見たことないくらい、元気ないから」


 わたしは。


「だいじょ、だから」


 声が、出ない。


「……っ」

「あっ、麗奈」


 わたしは、荷物を持って、家から飛び出した。





×





「おーい、それ言うなよここでさ。さすがに限度があんだろー?」

「えー? だってあんときアイツのこと最初に言ったの流樹だろ?」

「いや、だって指摘しただけだし、悪口じゃないだろ? お前らもあんまりアイツのこともう注意するのやめろよな!」

「なんだよ、お前そういうこと言うタイプだったっけ?」


 また、やってる。

 聞きたくもない声が、嬉しそうに、誰かと狂喜乱舞している。


 吐き気がする。


 聞きたくない、こいつの声は。


 聞くだけで、どうしようもなく胸がムカムカする。

 胃がきゅっと締まって、内容物が行き場をなくす。


 なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ。

 まあそうか。女を抱いたんだもんな。悲しい自信があるのか。

 気持ち悪い。アイツによってわたしが自分のことを女だと意識するってことだけで。


「やりすぎるといじめだぞ? アレだ、知ってるか、やりすぎたら裁判で訴えられるんだぜ?」

「え、そうなの?」

「そうだよ、あといじめって人が嫌って思っただけでも成立するらしくてさー。結構本気で辞めた方がいいらしいぞ」

「へぇー、流樹あたまいいなー。助かったわ」

「だろ?」


 本当に、吐き気がする。

 何を言ってるんだろう、こいつなんかが。


 心底、気持ちが悪い。


 死ね。


「じゃ、俺もう行くわ。この後頑張れよいろいろと。とってるからなー!」

「おーう、頼んだわ」


 そうして、にっこにこで、他の奴を見おくる。


 そうしたら、また。


 ガラリと、席を立つ音がして。


「あのさ、麗奈」

「……っ」


 どうしようもなく、気持ちが悪い。

 猿が。

 アルファオスとして気持ちよくなって、女を抱いて、気持ちよくなってるクズが。


 その女がどんな気持ちになってるかもしらなくて。

 自分で勝手に申し訳なくなってれば良いって思ってんのか。


 死ね。





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