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「あの、これどういう状況なんですか?」


「どういう状況とは?」


「全身そこら中が死ぬ程痛い上に、昨日帝都を出た辺りからの記憶が無いんですが……」


「それは大変な事じゃあないか」


「他人事みたいに言わないでくださいよ……」


 アイザックの運転する車の助手席で、今まで気を失っていたトウマが目を覚まして呆れたようにそんな事を言う。


「……絶対何が有ったか知っていますよね。貴方も明らかに疲れ切っている」


「まあそうだね。流石にしらを切れる相手だとは思ってないさ。話せる事は話すよ」


「……ありがとうございます。とはいえ殆ど聞ける事は無いでしょうが」


「何故そう思う?」


「空気から察するに、アイザックさんはコレをやった側の人間でしょ」


「信用無いなぁ」


「信用しているからですよ」


 トウマは窓から外の景色を眺めながら言う。


「察するに俺は貴方かもしくは貴方達にとって都合の悪い情報を掴んだ。その結果なんじゃないですか?」


「まあそうだね。そういう事になる」


「認めるんですね。普通馬鹿正直に答えます?」


「普通かどうかは分からないけど、マコっちゃんは目的が有って僕らの所に来た筈なのに、一切の記憶を失っている状態なんだ。しらを切って真相究明に動かれても困る。これは記憶を失ったキミが僕達に不都合な動きをしないようにうまく誘導するフェーズなのさ」


「その意図こそ黙っておくべきでは? ……まあ心配しなくても俺は何もしませんよ」


 トウマは一拍空けてからアイザックに視線を向けて言う。


「貴方は普段の仕事と同じ位無駄な争いはしない人です。そんなあなたがおそらく死ぬ気で頑張って俺を止めたという事は、そこにはそうするだけの理由がある。色々と世話になり続けた身としては、その意思を尊重したい」


「世話になったのは僕の方じゃないかな」


「それ自分で言わないでくださいよ」


 軽く溜息を吐いてそう言ったトウマは、この話をそれで流してくれたように、再び窓の外の景色に視線を向けて話題を変える。


「……で、アイザックさん。こうして貴方と争って記憶まで失っているという事は、俺は本来やるべきだった事を一切進められていないんじゃないですかね。そして先程ちらりと見えた道路標識を見る限り、62支部から離れて行ってもいる。どうするつもりです?」


「キミがやろうとしてくれていた事は、キミがやった事にする形で僕がやるよ。口裏合わせは後日電話でやろうじゃないか」


「それができるなら最初からそうすれば良かったですね」


「そうすると言っても来るだろうキミは」


「まあ来ますが」


「だろう? まあ今日は偶々色々噛み合わなかっただけで、来てくれた事には感謝してるよ」


「そりゃどうも」


 そう答えて笑みを浮かべたトウマだが、やがてそれを掻き消して言う。


「……今こうして追い返されている身で言えた事じゃ無いとは思いますけどね……何かあったら頼ってください。俺だけじゃなく、あなたが声を掛ければ動く人材は大勢います。それこそ本部の人間の二割位は」


「……ああ」


「組織としても、ちゃんと頼れるような所にしてみせますから。帰って来れるようにだってします。できれば満月亭の主人が引退する前にはね」


 どこか自信なさげにそう言うトウマにアイザックは言う。


「あまり無理はしないでくれよ」


「大丈夫ですよ。今説得力は無いかもしれませんけど、俺結構強いんで」


「そうじゃない……キミはもうあまり部外者という訳じゃないんだろという事だ」


「……? どういう事です?」


「いや、何でもないさ……お互い頑張ろう」


「はい」


 そして車は進んで行く。

 トウマ・コリクソンという人間をこれ以上この一件に関わらせない為に。

 巻き込ませない為に。

 あらゆる意味で、関係者は少ない方が良い。

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