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近くの路地裏に落下した写身の姿を肉眼で確認した結果、予想通りありがたい事に写身は既に絶命していた。
これでこれ以上被害が広がる事もない筈。
いや、まだ私の血ぃ止まって無いから広がってんのか被害。
「痛ってぇ」
……ハンカチも真っ赤。
結構深々といってる。
私ができる応急処置じゃ限界があるね。
兄ちゃんが言う通り一回急いで家帰った方が良かったかもしれない。
……とはいえ写身の死骸をそのままにしておく訳にも行かないし、そもそも殺せてたかどうかも分からないから。
被害者の事を、そして加害者の好きにはさせないという事を念頭に置くと、やっぱりこの判断で正しかったんじゃないかなって思う。
それに直接家に帰るのも、こっち経由した後に皆と合流するのも治療までの時間はそこまで変わんないだろうしね。
……ていうかそもそも余計な心配掛けるから、あんまりお父さん達には見せたくないんだよなぁこの腕。
多分兄ちゃんと似たような反応をするだろうし。
と、そんな事を考えていた時だった。
「無事かいリタ」
背後から聞き慣れた男の声が聞こえて来る。
「一応確認しますけど、アイザックさん的にこれ無事な部類に入りますかね?」
「いや、ん? んん? あ、アウトアウトォ!」
そう言って慌てた声を上げる、帯刀した三十代前半程の男は、我らが滅魂局第62支部支部長のアイザックさん。
「表で車が待機してる! それかもしくはキミん家だ! とにかくさっさと行くんだ!」
「えっと、状況報告とかは?」
「そんな事はどうでも良い! とにかく治療だ!」
いやどうでも良くは無いでしょ……滅茶苦茶大事じゃん。
現れた写身が健在か否か。被害者が無事か否か。
滅魂師にとってそれが最重要でしょ。
まったく、兄ちゃんもアイザックさんもほんとその辺はしっかりしないと。
アイザックさんに至っては写身駆除する組織の支部長なんだから、状況報告聞かなきゃでしょ。
……まあこの人が一人で此処に入ってきているって事は、聞かずともある程度察しているんだろうけども。
例えば私がある程度力抜いて此処に走って来るのを見たとか。
だとしても簡単な報告はするけどね。
「どうでも良くないんで移動しながら。写身は消し飛ばしましたよ」
立ち上がって歩き出しながらそう報告すると、アイザックさんは私の後ろを歩きながら言う。
「その辺は予想通り。倒したかどうか微妙な感じならキミは、猪みたいに突っ込んでいくだろうからね」
「誰が猪ですか誰が。目標に一直線感あるにしてもせめて飛車みたいにとかありますよね」
「飛車途中で止まれるだろう。方向転換もできるし……うん、キミは絶対そういうのじゃない。将棋の駒に例えるにしても香車……いやアレも止まれるな」
アイザックさんはため息を吐いてから言う。
「とにかく良くも悪くも猪突猛進。そもそも僕は足止めしろとは言ったが一人で倒せなんて言ってないだろう。キミならそういう戦い方が出来た筈だが」
「勿論できますよそりゃ」
自慢じゃないけど多分私が支部の中で一番強いし、なんなら本部の皆さんと比べても上澄みの自信あるし。やろうと思えばやれたと思う。
やらないだけでね。
「だけど一分一秒でも早く写身を倒す為に一人で撃破する事を選んだ訳だ。その結果がその腕……まったく、何度も言うけどね、ウチのモットーは自分の命も大事にしようだ」
「でも早く倒さないと被害者がそれだけ長く苦しむ事に……」
「確かにその通り。だけどね、キミに何かあれば心配したり悲しんだりする人も大勢居る。そういう人達もある意味写身の被害者だとは思わないかい? ……特に今日はそういう人、一人増えたんだろう」
「兄ちゃ……兄の事ですか?」
「ああ」
そう言って頷いた後、アイザックさんは問いかけてくる。
「そういえばキミの兄はどうした?」
「兄なら郵便局の方に行って貰ってます。今頃他の皆と顔合わせしてるんじゃないですか」
「そうかぁ」
安堵するようにアイザックさんは息を吐く。
「僕ぁてっきり兄を放置して一人で飛び出して来たもんだと。新人をこのレベルの現場に連れてくるのを良しとするかどうかは一旦置いといて、キミがその判断をしたのは良い傾向……って思いたいんだけど、今のヤベェって感じに振るわせた肩は一体どう捉えれば良いんだい?」
「わ、私は新人を連れてくるような現場じゃないと思います」
「……やっぱそっちか。つまり一人で飛び出して兄が来る前に終らせたわけだ」
「いや兄が追い付いて飛び込んで来てくれなかったらヤバかったです」
「それ誤魔化さず素直に言われると、やっぱ無茶し過ぎだって小言が増える訳だが何故に自白したのかな?」
「だって人の成果は奪っちゃ駄目でしょ。上司としても妹としても」
「そういうところは良いね。僕も見習いたいと思うよ」
ため息交じりに軽く拍手した後、アイザックさんは言う。
「まあ何にせよお疲れ様。よくやったねリタ」
「んん? 今まで怒ってたのに急に手の平返しましたね。どういう風の吹き回しです?」
「そりゃキミ……それはそれ、これはこれって奴だよ。被害者の為に頑張って写身倒したキミを貶すだけで終わりなんてそんなのあんまりだろう。上司というか人として」
「……ありがとうございます」
……アイザックさんの考えが正しいかどうかは一旦置いておいて、ほんとこういう時は凄く良い感じの上司って感じなんだよね。
できれば常にこの感じでいて欲しいんだけど……世の中ままならないや。
と、そんなやり取りをしている内に私達は裏路地を出た。
「で、キミはどうする? ああ、現場の後処理は僕達が引き継ぐから気にしなくて良いよ」
「そうですね……とりあえず皆のお世話になれたらなろうかと。ほら、家帰って怪我見せたら心配掛けるし」
「言われてみれば確かにその方が良いだろうね……いや待てよ。結局最終的に包帯グルグル巻きにして家帰る訳だし何も変わらなくないかい?」
「いや生々しさが違うじゃないですか。とにかくそんな感じですね」
言いながら軽く周囲を見渡し、視界に入った滅魂局の車両前に立つ二十代半ばのポニーテールと鋭い目付きがチャームポイントな、スーツを着崩した女性に声を掛ける。
「ミーティアさん。手ぇ空いてたら治療して貰ってもいいですかー!」
「予想通り。残って手ぇ空けてて良か……ってちょいちょいちょい! モタモタしてないではよ来い! ダッシュ!」
「ダッシュって怪我人ですよ私。もっと労ってくださいよぉ」
「うっせえはよ来い! シバキ倒すぞボケェ!」
「うへぇ、やっぱり家にまっすぐ帰るべきだったかな?」
「ははははは! 怒られてやんの!」
「後ろのバカも一緒になってもたもた歩いて来ねえでもっと急がせろ馬鹿! 遅ぇのはてめぇの仕事だけで間に合ってんだよ! もう手伝ってやんねえぞ!」
「そ、それは困る! 未来ではなく現在進行形で困る!」
「現在進行形って、はぁ!? まだあんのか!? 昨日一昨日とで一気に終わらせたよな!?」
「実は明日の午前中の内に消印有効で本部に送らないといけない書類が有ってだね……」
「それいつ出た奴だ!?」
「に、二週間前……いや、違う十日前だ。二週間も放置してないぞ! 今回は比較的優秀だと褒められても良い筈だ」
「威張るな! 威張れる要素ゼロだろ! 締め切り手前なら一緒だろうが! あとさっさと向こうの応援行け! ダッシュ!」
……ほんと、さっきみたいな感じで常にいて欲しいんだけどね、うん。
世の中ままならないなぁ。
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