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「なあ本当に良いのかよ。リタは俺を支部に連れていく為に駅まで来てたんだろ? それなのに先に実家寄るとか……」


「他の支部なら駄目かもしれないけどウチの支部……というより支部長が良くも悪くも悪くも悪くも緩いから。別に良いよって」


「えぇ……いや、今日のところはありがてえけど、これから世話になる職場色々と大丈夫かよ」


「大丈夫。度が過ぎれば誰かしらが支部長をシバキ倒すし」


「妹の教育上よろしくねぇ……」


 とまあ兄ちゃんとそんな会話を交わしながら自宅へと足取りを向ける。

 兄ちゃんはなんだか不安そうにしてるけど、こういうところで融通を利かせてくれるのは間違いなく良い部分だと思うよ。


『特別何かなければキミの兄が戻ってくるのは正月以来な訳だろう。だったらウチに顔を出させるよりまず家族に……特に妹さんに顔を見せてやった方が良いと僕も思うよ。彼にとってもその方が良いんじゃないかな?』


 アイザックさんの言う通りその方が良いと私も思う。

 だから頼みに行ったんだ。

 なんの為に滅魂師になったのか。

 そうでなくてもああいう状態の家族と何ヵ月も顔を合わせていなかったんだから、何より先に会わせてあげたい。会うべきだと思うのはきっと当然の事だ。

 そんな訳で自宅兼診療所の我が家に到着。


「父さんと母さんは……今ちょっと忙しそうだな」


 診療所の扉をそっと開いて中を覗いた兄ちゃんは、静かに扉を閉めてからそう言う。


「ありがたがって良いのかは分からないけど繁盛してるしね」


「うん、確かに素直に喜べねえわ。とりあえず父さんと母さんとはまた後でだな」


 言いながら自宅の方の玄関前へと移動し、今度は普通に中へと入る。


「ただいまー」


「お帰り兄ちゃん」


「いやお前も帰ってきた所だろ」


「それはそうだけど。一応迎え入れる側だからね」


 と、そんなやり取りを交わしていると家の奥から静かな足音が近づいて来るのが聞こえた。


「お帰り兄さん! あ、リタもお帰り。お仕事は?」


 玄関に顔を見せたのは私の双子の妹のミカだ。

 動く時邪魔だからショートヘアにしている私とは違って、腰まで届く位には伸ばした綺麗な髪が、他人が私達を見分ける際に頼りにする一番のポイントって位には私とそっくり。

 ……なんかミカの髪が綺麗とか私が言うと、半分ナルシストみたいな感じになるな。

 ドヤァ。


「アイザックさんが一回家に兄ちゃん連れて行っても良いって言ったから帰ってきた」


「そんな訳で少し顔出しに来た。今日は体調子良いのか?」


「比較的ね。でも兄さんが帰って来るってなったら、例え悪くてもボク頑張るよ」


「いやそこは頑張んな頑張んな。帰ってきにくくなるだろうが」


 ……兄ちゃんと楽しそうに話すミカと私の外見的な見分け方として、髪の長さ以外にもう一つ挙げるとすれば、慢性的に顔色が悪いという点だろうか。

 今日は少し良いけど。


「あ、二人共コーヒー飲む位の時間はある? 有ったら淹れるよ」


「時間はあるけど……その位俺がやろうか?」


「いいよ兄さんは長旅で疲れてるだろうし。それにほら、動ける時は動くようにしてるから」


「……そっか」


「とにかく立ち話もなんだし部屋行こうよ」


 そう言って踵を返すミカの手の甲には、黒い痣が刻まれている。

 ……自分の写身が世界の何処かに居る事を示す印。

 写身に蝕まれている証。

 それが十数年もの間刻まれている。

 だけどそれでも、ミカは生きていてくれている。

 不幸中の幸い。

 異例中の異例だ。


 通常写身が現れた場合の余命は大人なら三日程度で子供の場合は一週間程。

 写身として存在する為に必要なエネルギー量が少ないとされている子供の場合でもそれが限界の筈なんだ。

 だけどお母さん曰く、私達が物心付く前からミカの写身が居たそうで。


 それでも。


「兄さんはブラックで良かったよね?」


「おう、ブラックで」


「はいはい! 私もブラックで!」


「変な見栄張らないの。ボクと同じで苦いの苦手でしょ?」


「ぐぬぬ……」


「そんな訳でリタもボクと同じでお砂糖ドバドバ入れよう。ブラックコーヒーなんて苦い飲み物は体に毒だからね」


「砂糖ドバドバの方が毒じゃねえかなぁ……」


「相変わらず兄さんはお砂糖アンチだね。貰い物のお菓子もあるけど食べちゃ駄目だよ」


「えぇ……」


「やった! じゃあ兄ちゃんの取り分は私とミカで半分こにしよう!」


「えーっと、リタ。今の冗談だよ?」


「リタ。食べたいなら俺の分食うか?」


「い、いいっていいっていらないいらない! わ、私も冗談に乗っかってただけだし!」


「はいはい。そういう事にしておいてあげる」


「あ、信じて無いよね!」


「どうかなぁ。だってこの前も──」


「わー余計な事うな言うな! 兄ちゃん耳塞いで耳!」


「なんか実家に帰ってきたって感じだなぁ。で、続きをどうぞ」


「耳塞げって言ってんでしょ馬鹿!」


「あはは、賑やかでいいね」


 それでもミカは生きていてくれている。


 慢性的な倦怠感が体に纏わりついていて、酷い時にはベッドから起き上がる事も出来なくなるけれど。

 免疫力が弱くて色々な病気に凄く掛かりやすくなっているけれど。

 言い方は悪いけど、その程度で済んでくれている。

 他に例が無い奇跡的な事例だ。


 具体的にどうしてミカにだけそういう奇跡が起きているのかは何も分からない。

 だけど、その奇跡がいつまでも続かないという事は年々具合が悪くなっている事からも、大人の方が写身出現時の負荷が深刻だという事からも分かっているから。


 ……だから私達は滅魂師になったんだ。


 今に至るまで誰もミカの写身を見付けられていない時点で、藁にも縋るような話だけどさ。

 ……それでももし目の前にそれが現れた時に、何も出来ないなんて事にならないように。

 ミカを助ける事ができるように。

 その為に何でもするって決めたんだ。

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