些細な心音の近くに建てられた計略の平屋

小さな手 小さな瘡

些細な心音の近くに建てられた計略の平屋

かつては〈国民総健化〉を

掲げた国だったか。


他国の侵攻に備え、国民は年齢性別問わず、

あらゆる有事を想定した訓練を強いられた。


筋持久力を育み、幅広い分野だった学習教科は自国と周辺国の「地学」に加え、国の主宰が直々に声を張る「教え」の2軸に絞り、

各地域からかき集めた武器を扱えるものは実戦カリキュラムを、扱えない者は武器の製造工程プログラムを頭の隙間に叩き込まれる。

幸い、国の危難は戦地となった沖合から本土間近で留まる結果となった。



━━今じゃ考えられない。

他郷から移住してきた私は街を見渡す。

賑わう市街から当時の状況すら想像できず、

赴任先の小学校の生徒たちは黒く荒んだ歴史

などなかったかのように、何事にも熱心で無邪気に取り組んだ。


クレヨンで生き物を描く授業をした。

一色で描く子も、色を重ねる子も、手を汚しながら黙々と画用紙に向かう。

できた子から伏せて提出し、その日に自宅で確認する。

帰るまで見ない。

サイもキリンも、クジャクや黒ネコだって、

私は動物がみんな好きだ。

白い画用紙をカラフルに広げていく様子。

個々の作品に想像と胸を膨らませた。


顔を見合わせたり話したりせずに、熱心に机にかじりついた子供らは、1人残らず主宰の似顔絵を描いた。

一度見回った際に見た鮮やかな色の断片は、軍服の飾緒だった。



鼻息が聞こえるほど空気を吸い込む。

手を額にあて目を閉じる。

とうに逝去したその男の残像がまぶたの内側に張り付いている。


取り除こうにも彼はむしろ、廃れるべき当時の権威を再現するように、暗闇に濃く映った。

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些細な心音の近くに建てられた計略の平屋 小さな手 小さな瘡 @A_heart_arrhythmia

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