ヨーヨーの揺れる夏
現実逃避星人
第1話 夏休みの宿題、終わった?
お使いなんて頼まれるんじゃなかった。
夏休みはまだまだ残ってるという7月後半の余裕を、太陽まで満喫してるのかはたまたただの温暖化か、とにかく尋常でない日差しにもみくちゃにされてお駄賃ほしさに首を縦に降った10分前の自分を呪って、それでもどうにかドラッグストアの冷房でふにゃふにゃになった体を回復させた。涼しい。聖書の言う神の言葉とは冷房のことだったのだと今分かった。人はパンのみで生きるのではない、冷房によって生きる。
馬鹿なことを考えながら頼まれた品物をひとつひとつ手にとって、ついでにメロンソーダフロートのアイスも買って、レジで滞りなくお会計を済ませる。安らぎの冷気もつかの間、また灼熱地獄へいざ行かんと気合いを入れようとした矢先、店員さんになにか紙切れを渡されて早速出鼻をくじかれる。
縁日チケット。そう言えば店の前に小さな射的やらヨーヨーすくいやらが設置されてあった気がする。いくら以上お買い上げでチケット一枚らしい。そういえば、最後に夏祭りに行ったのはいつだったか。せっかく夏なんだし、こういう風流なことでもしてみよう。
自動ドアをくぐり抜け、再び襲ってくる暑さのなか、法被を着たお兄さんにチケットを渡す。肌は真っ黒で歯は真っ白な爽やかな夏のお兄さん。少し迷ってヨーヨー釣りを選んだ。
名前がいまいち浮かんでこない釣るやつを渡される。ピンク白きいろときどきみどり、色々あるなか水色のヨーヨーに目をつけた。ヨーヨーに付いた輪ゴムを見極め、慎重に慎重に引き上げていく。
釣れた。途中ちょっと危なかったけどもうヨーヨーは私のものだ。パッチョパッチョと水色をつきながら、お兄さんの爽やかな笑顔に見送られドラッグストアを後にする。これからまた襲いかかる暑さも、ヨーヨーの清涼感で乗りきれそうな気がしてきた。
それは気のせいだった。5分も歩けば、ヨーヨーをつく気力もなくスライムのようにベッタベッタと歩くだらしない妖怪汗だく娘の完成だった。しかも部屋着のまま出てきてしまったので、服装までだらしない。しかも暑い。
Tシャツと短パンから伸びた(まだ白い)手足が、じりじりと焼ける音が聞こえてくる気がする。日焼け止め塗ってくれば良かったかな、でもこんな近所にお使いに行くだけだし、でもぜったい焼けてる気がする、非生産的なことばかり脳内を堂々巡りする中、すぐそばの線路を電車が颯爽と走り抜けていく。風をくれるのはありがたいけど、できれば家まで運んでほしい。
そんな中線路の上に架かる歩道橋の日陰に入って、しばしの憩いの時間。右手のヨーヨーをぼんやり眺める余裕も出てくる。最後に夏祭りに行ったのいつだっけ、と考える余裕も。
多分小6の時だ。中学生にもなると、友達と外で遊ぶより家でゲームでもしてる方が楽しくなって、友達と遊ぶにしても買い物とかテーマパークとかで、夏祭りになんて自然と行かなくなった。彼氏でもいればまた別なんだろうけど。ああなんか無性に不愉快。
水色のヨーヨー。夏特有の儚さとか眩しさとかを詰め込んだようにピチョピチョ揺れるふくらみを見ていると、ふいにあの子のことが思い出された。麦わら帽子、さらさらの長い髪、水色のワンピースから生える真っ白な手足、青い花の飾りのついたサンダル。いかにもな夏休みの女の子を絵に描いたような、いかにもすぎて逆に非現実的なあの姿が、夏の田舎道をバックによみがえる。いくつだっけ、そうだ3年生の時だ、夏休みの1週間だけ田舎のおじいちゃんちに行って、旅行が終わればおさらば、もう二度と会ってないあの子、たしか名前は、
「まいかちゃん」
違う、それは私の名前。そうだ、すずこちゃんだ。すずこちゃん、どうして今さら思い出したのかって、あの夏祭りの夜、すずこちゃんが持っていたのも水色のヨーヨーだった。藍色の浴衣によく合って、その浴衣もヨーヨーも提灯に照らされた人混みの中に消えていって、それきり会えなかった。
どうして会えなかったんだっけ、はぐれたんだっけ。次の日の朝、私が村を発つときもすずこちゃんはいなかったはず。大して仲良くなかった近所の子達まで見送りに来てくれたのに、どうしていなかったんだっけ。だめだ忘れちゃった。歳をとるってやだな、この年で言うことになるとは。
忘れちゃったことばっかりだけど、また会いたいな。素直にそう思う。歩道橋の日陰から出て、手元のヨーヨーみたいな空色と入道雲を見上げる。
電車の走ってくる音がする。ガタンガタンガタンガタン、規則正しく。
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