溺れる
@Harunomuku
溺れる
薄暗い照明の中、二人の会話が進んでいく。自然と交わされる言葉、薄暗いこの雰囲気がそうさせるのか、彼女との会話だからそうなるのか、いつもより饒舌に言葉が出てくる。美しい彼女と話すこの時間が、僕にとっての癒しだった。悲しいのは彼女と僕の関係が、店員と客ということだけだ。
出会ったのは、行きつけのBAR。何も考えずにふらっと立ち寄った時に彼女に出会った。男として仕方ないものなのだろうが、とにかく顔が好みだった。ルッキズムだのなんだの言われたとしても、うるさいと切り捨ててやる。最初がどうだったかなんて関係ないのだ。きっかけがそうだっただけ、僕が惹かれていったのは内面と言葉だったから。
僕らが仲良く話せたのはタイミングがよかったのもあるだろう。行く度二人で話せる機会が多かった。それに、そのお店から声が聞こえていたら僕は入らないようにしていた時さえあった。気持ち悪いストーカーのような所業だが、その当時の僕にとってそれは恋心の証だったんだ。恋をしたばかりの中学生のような心持ちだ。なんでそんなことになったのかなんて、僕にはわからない。ただ、彼女の前で口にする言葉が彼女のことを考えて浮かぶ言葉が、僕にとって綺麗なものだった。それに彼女の言葉が綺麗だったんだ。本音じゃなくお世辞なんだろうなって思う僕と、僕に対して本気でこの気持ちを抱いてくれって思う気持ちと、僕は恋心に悩まされていた。彼女がお店を辞めるまで、僕はずっと彼女に夢を見続けた。
泡沫の夢、彼女と少しでも近付けたという僕は幻想に囚われていただけなんだと思った。近いようで遠かったんだ。手が届かないから月は綺麗なんだって、どこのかの有名な人が言っていた。でもさ、手が届かないなんて悲しいからさ、せめて言葉だけでも届いてほしいんだ。僕の言葉は僕自身は、彼女といることで磨かれていきより洗練される。それは彼女の魅力に追いつこうとする僕の意地だ。こんなにつまらない格好つけばかりの僕をよく見てくれているのが彼女だから。僕は永遠にあの日あの時、初恋のようなあの思い出に縋り続けて生きている。あの頃の彼女に酔いしれている。それともこれは自己陶酔なのか、僕は記憶に溺れていく。
彼女に再開するのは何度目だろうか。彼女が急にSNSで話しかけて心躍らされたり、僕が話しかけて記憶に浸ったり。何度話しても何度話さない時期があっても、僕は彼女に引き寄せられてしまう。言葉の引力が、いつみても美しい彼女の姿が、この世のものではないような儚さが、僕が手を伸ばそうとしても届かない、掴めると思った時には蜃気楼のように消えていく、そんな存在に僕の心は焼き付けされていた。この関係に名前なんて付けたくないなって思うんだ。僕はこの関係に名前なんてつけたくない。それでも、僕は彼女とどうにかなりたいんだとも思ってしまう。何かになれば僕は幸せになれるんではないか、そう思ってしまうんだ。人と人との関係性は難しい。名前のつけようがないことのほうが多いんだろう。関係性なんて考えずに彼女という大海の中に溺れてしまえばいい。ただそれだけでいい。美しいだとか、可憐だとか、かわいいだとか、そんな陳腐な言葉を送ってしまうような初恋の僕であればいい。変わらぬ恋心ほど美しいものもないのだから。
今日も僕は溺れ続ける。
溺れる @Harunomuku
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