第17話 消えた旧教主

「二年前に、旧教主が突然姿を消した……?」


 まだ特区ができたばかりの頃に造られた建物や、荒れていた区画などが載った地図は、旧教主だけが持っている。

 見つかった大きなヒント。

 しかし肝心の本人は、二年前にいなくなってしまったらしい。


「行方不明って、どういうこと?」

「それが本当に、忽然と姿を消してしまったんです。何ら言葉を残すことも、前兆を見せることもなく」


 二年前といえば、俺が記憶をなくして外で暮らし始めた頃のことだ。

 奇妙な共通点が、どうしても気になってしまう。

 一体二年前に、旧教主に何があったんだろう。


「その旧教主は、どこに住んでたの? そこに行けば会えるんじゃないの?」

「それが分からないんです。今はもちろん、以前どこに住んでいらっしゃったのかも」

「旧教主の名前や顔が分かるものは?」


 この問いにも、飯賀茂氏は首を振る。


「誰もがただ教主様と呼んでいたので、お名前を知る人は聞いたことがありません」

「顔は? 写真はなくても、雰囲気だけも教えてもらえれば見つけられるかもしれない」

「それが教主様はいつも、お顔を隠していたので……本当にただ、教団を作った方としか」

「顔を隠して……カルト活動……?」

「宗一郎さま、どうされましたか? 少し顔色が悪いように見えますが……」

「ああいや、な、なんでもない」


 俺は背中に感じ始めた冷や汗を忘れるために、問いかける。


「他には何か特徴というか、情報はないの? 本当に何でもいいから教えて欲しい!」

「そうですね……旧教主様は、可愛い女性がとても好きなんだなと思いました。普段から信者の一部女性を連れていたのですが、皆さんお綺麗だったので」


 飯賀茂氏はそう言って、苦笑いする。


「かわいい子だけ、特別扱いしてた……?」


 ヤ、ヤバい……。

 なんか冷や汗が止まらないんだけど。

 い、いやでも、そういうのはどこにでもある話だから!

 そうだよ! 教団の看板である教主が秘書として連れて歩くのなら、綺麗な子を選ぶのは分からない話じゃない!


「あっ、そうです。旧教主様が唯一残していったものがあるんです。それが……」

「それが……っ!?」


 立ち上がった飯賀茂氏は、応接室の壁にかけられた様々な調度品の中から、一本の真っ黒な杖を手に取った。


「この黒い杖。旧教師様は【ダークワンド】と呼んでいました」

「ダークワンド……っ!」


 覚えのある中二病感に、いよいよ身体が震え始める。


「あと」

「あ、あと!?」

「好物がありました」

「……好物?」


 おい、嘘だろ。

 やめてくれよ。

 全身に走る、嫌な予感。

 それって、それってまさか……っ!


「旧教主様は、カレーパンがお好きでした」

「いやああああああああ――――っ!!」


 やっぱりかよぉぉぉぉ――――っ!!

 トドメのような情報に、思わず悲鳴を上げながら頭を抱える。

 するとここでリリィが、静かに立ち上がった。


「そろそろ時間も遅くなってまいりましたので、この辺で一度持ち帰らせていただきますわね。貴重な情報、ありがとうございました」

「僕の方でも『空き部屋』については調べておきますので、入信の際はぜひこの飯賀茂にご連絡くださいっ!」

「はい、よろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げたリリィと共に、並んでエデン教団の本部を後にする。

 両手に水と洗剤を大量に抱え、まだ取っ組み合いを続けてる受付二人の前を通り抜ける形で。

 ダークロードの部屋探しに、間違いなく重要になってくるだろうエデン教団。

 いつでも連絡の取れる教団員ができたことは、大きな前進だ。

 今後も教団の線から、場合によっては内部に飛び込んででも調べてみる必要があるだろう。

 特に、カギを握っていそうな旧教主について。

 突然行方不明になったというその人物は、どこへ行ってしまったのか。

 そして……誰なのか。


「な、なんかエデン教団の旧教主ってその、なんていうか……俺みたいだったな」


 ていうか、こんなに心当たりしかないことある?


「リリィ、ダークロードってダンジョン攻略時以外はどうしてた? そういう素振りはあった?」

「申し訳ございません。二年前のダークロード様はミステリアスな面が強く、組織活動の後に何をされていたのかまでは……」


 自由に使える時間は、あったってことか。


「もしかして……俺がその消えた元教主だったりして」

「それはありえませんわ。ダークロード様がわたくしたちに隠れて、そのようなこと」


 リリィは、きっぱりとそう言い放った。


「絶対にありません。そうです、絶対にありえませんわ。絶対に……絶対に」

「繰り返すとフラグみたいになるからやめてくれよ!」

「……ただ」

「ただ?」

「例えどのような宗一郎さまでも、わたくしは味方ですわ」

「リリィ……」

「だってわたくしは、宗一郎さまの――――許嫁なのですから」

「…………」


 ヤバい、止まったと思った冷や汗がカルトの気配でまた……!

 水たまりができるんじゃないかってくらいに、流れ出してきてるんだけど!


「仮に宗一郎さまが旧教主なのでしたら、古地図について何か思い当たることはありますか?」

「いや、特に何も」

「当然ですわ。別人なのですから」


 そう言って、笑って見せるリリィ。

 とりあえず有力な情報源を得ることはできたということで、俺たちは三階層の宿へと引き返す。

 通りかかった酒場からは、賑やかな声が聞こえてくる。


「ああ、もうこんな時間なのか」


 気が付けば外は、すっかり暗くなっていた。

 でもこれで長かった一日が、ようやく終わってくれそうだ。

 記憶を失う前の情報を持つ、サクラたちとの出会い。

 過去の俺が、ダークロードを名乗っていたらしいという衝撃の事実。

 そして、四人の許嫁。

 あまりにも、情報の多い一日だった。


「とにかく今日は、これで一段落だな」


 大きく息をついた俺には、知る由もなかった。

 今夜はどこで過ごすのか。

 許嫁が四人もいる人間の一日は、むしろこの後がある意味で一番『大変』なんだということに。

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