第49話 再び

 宿屋二階の静かな廊下に、微かな金属音が響いた。


 ――カチャリ。


 鍵は、驚くほどあっけなく開いた。


 マフラーで顔の半分を覆い隠した二十代前半ほどの男──シーフと見て間違いない。

 その後ろから、粗野な雰囲気を纏った二人の冒険者が、慎重に、だが確信めいた足取りで部屋へと侵入した。


 三人の男は、暗がりの中で互いに小さく頷き、薄く笑う。


「まさか、この村に“破滅の魔術師”が来るとはな……」


 笑みには興奮と、捕らえた獲物を前にした獣のような欲深さが滲んでいる。


 彼らは、領主の息子殺害の犯人──賞金首を追ってきた者たちだった。

 先頭のシーフは、鉱山都市の地下ギルドで情報屋をしており、この件には裏で深く関わっている。


 領主の息子が殺されたと聞いた瞬間、彼は悟ったのだ。


(あいつ以外にありえねぇ……)


 という確信を。


 男爵の城へ侵入する方法、領主の息子の居場所──それらを伝えた“あの男”が、まさか領主の息子を殺害するとは。

 情報屋は震えるほど驚いたが、同時に好機だとも思った。

 仲間の情報屋から、奴が東へ向かったと聞き、賞金目当てに冒険者2名を雇い、この村まで追ってきた。


 途中、鉱山都市の兵士たちが敗走してくるのを見て、確信はさらに深まる。


(近くにいる……間違いなく)


 そして――奴は、この宿屋に入ってきた。

 情報屋は商人に変装して酒場で座っていた。破滅の魔術師は情報屋に、まるで気づかないままに。


 情報屋は、宿屋の店員に金と赤ワインを渡した。

 その赤ワインには、声も出ず動けなくなる麻痺毒が仕込まれている。


(これで、もう動けねぇだろ……破滅の魔術師といえどもな)


 短剣を抜き、情報屋はゆっくりとベッドへ近づいた。


 ベッドには、ぐったりと横たわる一人の男。

 薄暗い室内に、男の影が不気味に沈んでいる。


 情報屋は息を潜め、胸元へ短剣を突き立てようと剣を振り下ろす。


 ―――!?


 刃が肉を断つ感触が、まったく無い。


(な……何だ!? 短剣を避けたのか!?)


 その疑問に答えるように、耳元で低い声が響く。


「――ファイアアロー」


 炎の矢が、闇を貫いて一直線に飛び出し、情報屋の胸を穿(うが)った。


「ぐはっ……!」


 後続の冒険者たちが慌てて武器を構える。しかし、


「サンドボール! ……アイスボール!」


 容赦なく放たれた土球と氷球が二人を叩き飛ばし、部屋の壁に激突させた。


 ◆ ◆ ◆


 ―――1時間程前。


 オレは、意識の靄を振り払うように頭を振り、よろめきながら立ち上がった。

(再び、麻痺毒にやられるわけにはいかない!)


 視界の端で、ゲームシステムのポップアップがちらつく。

『状態異常:麻痺』の文字を確認し、急いでアイテムボックスから【解毒薬】を取り出す。

(この試供品が役に立つとは⋯)


 薬を飲み込んだ瞬間、身体にまとわりついていた痺れがふっと消えた。


(……危なかった)


 解毒薬は直ぐに効果を表し、麻痺は直ぐに解けた。


 そして、少しすると、犯人がオレの部屋に入って来たのを確認し、撃退した。顔を見ると、犯人が地下ギルドの情報屋だとわかり、驚愕する。


 床に転がる情報屋の遺体。その懐から、紙切れがはみ出している。


 取り出して見ると、それは──


「手配書:破滅の魔術師 

 罪状:領主の息子殺害

 賞金:金貨1000枚」


「……金貨1000枚か。随分と高額だな」


 そんな自嘲を漏らしながら、オレは宿屋を後にした。


 外はまだ深い闇に包まれている。

 馬を使えば早いが目立つ。賞金首として狙われている今、危険すぎる。

 オレは徒歩で村を離れ、眠気に抗いながら街道を進んだ。


 やがて、暗闇の中で平坦な場所を見つけ、テントを張り、寝袋に潜り込む。


(少しだけ……休もう……)


 深い眠りに落ちた。


 ◆ ◆ ◆


 ――翌朝。


 テントの布越しに差し込む朝日が、暖かな光で身体を照らす。


 思いのほかよく眠れたのか、頭が驚くほどクリアだった。

 外に出て、伸びをした瞬間。


「シューーッ!」


 鋭い音とともに、一本の矢がテントに突き刺さった。


「っ……!」


 咄嗟に振り返ると、西の街道に数人の冒険者。

 その中の一人が、こちらに弓を構え、まさに次の矢を番えようとしている。


(早い……! やっぱり、生き残りがいたか)


 オレはテントを放置したまま、大きな木の陰に飛び込み、装備を整える。


 革の鎧を締め、革のローブを羽織り、鉄の盾を構え、妖精剣を握る。


 装備が揃い、心が静かに研ぎ澄まされていく中で──


 昨日の情報屋の笑みが、頭をよぎる。


 オレは、剣を握り直した。


 そしてオレは学ぶ。


〈人は金で人を害する〉


 と言うことを。

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