第八章

第47話 夜の語らい

 全ての敵を退け、山の冷気が静かに満ちる。

 血と鉄の匂いが薄れていく中、覆面の騎士がゆっくりと顔を上げた。

 その手が覆面を外すと、懐かしい友――レオックの真剣な眼差しが現れる。


「カズー、大丈夫か。何があったんだ?」


 その声には焦りと安堵が混ざっていた。

 長い戦いの緊張が解けた途端、胸の奥が熱くなる。


 オレは真の友であるレオックに、これまでの出来事を語った。


「レオック、助けてくれてありがとう。……オレは冒険者に化けた盗賊に騙されて殺されかけた。そして、運悪く奴隷にされて……なんとか逃げ延びたんだ」


 語りながら、あの【奴隷の首輪】の痛みと鉱山の闇が脳裏に蘇る。

 レオックは黙って聞き、強い眼差しで頷いた。


「カズー、何故男爵に追われているんだ?」


 問いは重かったが、オレは正直に答えた。


「男爵の息子――イザリオ殺害の罪で追われている。……イザリオはオレの恋人を殺した。だから復讐に行った。だが……オレは直接イザリオを殺してはいない」


 レオックの瞳がわずかに揺れたが、次の瞬間、真っ直ぐにオレを見つめた。


「わかった。信じよう。……カズー、城塞都市に戻ろう?」


 その言葉に、公爵様の顔が脳裏に浮かぶ。

 優しくも威厳のあるあの表情――だが、同時に巻き込んでしまう未来も見えてしまった。


「いや、城塞都市に戻るのは……止めておく」


 レオックは驚き、声を荒げた。


「どうしてだ!?私は公爵様に依頼されてお前を探しに来たのだぞ!」


 オレは俯き、自分の影を見つめながら言う。


「ありがとう……でも、公爵様はオレが男爵の息子殺害で追われているとは知らないだろう。もしオレが公爵様に助けを求めたら、公爵様と男爵が揉めるかもしれない。そんなの、オレのせいで起きてほしくない」


 その瞬間、レオックが強い力でオレの肩を掴んだ。


「カズー!公爵様の力を見くびるな!そんなこと気にするな!帰ってこい!」


 その声音には、オレを守りたいという揺るぎない意思があった。

 胸が締め付けられ、目の奥が熱くなる。


「レオック……ありがとう。でも、オレには魔王を倒す使命がある。それに、この鉱山で“奴隷制度を無くす”と約束した。……また必ず城塞都市に戻る。約束だ!」


 オレはレオックの手を取り、力いっぱい握り返した。

 レオックも強く握り返し、少し考えてから、真剣に言う。


「⋯⋯⋯。わかった……約束だぞ、カズー!アマンダ姫もお前を心配している」


 そう言ってレオックは懐から【懐中電灯】を取り出し、光る銀の筒を見せた。


「これはアマンダ姫が持たせてくれた。『何かの役に立つかもしれないから』とな」


「アマンダ姫……懐かしいな。レオック、お前……アマンダ姫とは進展したのか?」


 さり気なく聞いたつもりだったが、レオックは途端に顔を赤く染める。


「あ、あぁ。告白したよ」


「そうか!それでどうだった!?」


 レオックは照れ隠しのように俯き、耳まで赤く染める。


「“好きです”と言ったら……アマンダ姫も同じ気持ちだと言ってくれた。まだ叙爵してないから結婚はできないが……姫は待つと言ってくれたんだ。カズー、お前のおかげだ!」


 それを聞いた瞬間、胸の中にじんわりと温かい喜びが広がった。


「良かったな、レオック!」


 オレは力いっぱい肩を叩く。

 貴族だの身分だの、そんなものを越えて心を通わせるレオックを、心から誇らしく思った。

(貴族も奴隷も関係無い。同じ人なんだ!)


 ――その夜。

 焚き火の炎を囲んで二人は語り合った。


 城塞都市の今、オレの行方を案じてくれた人々のこと。

 クルワン師匠がオレを捜すため依頼を出したこと。

 騎士団長ルイアナが、オレを嵌めた三人を捕らえ、奪われた魔法の杖とマントを取り戻してくれたこと。


 レオックはその魔法の杖とマントを鞄から取り出し、オレに渡す。

 師匠から授かった大切な物を手にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。


 そして、公爵様がレオックに捜索依頼をしてくれたようだ。レオックは、オレの死体が無い事でオレが生きていると確信し探してくれていた。鉱山都市でオレが男爵の息子殺害で追われているとわかり、助けに来てくれた。


 城塞都市で知り合った皆には本当に感謝したい。


 ―――翌朝。


 空は薄い金色に染まり、夜露が馬の背を濡らしていた。

 オレとレオックは街道で向かい合う。


「カズー、また必ず会おう」


「レオック……ありがとう!皆によろしくな!」


 レオックは城塞都市へ戻るため、鉱山都市へと引き返していく。

 オレはその背を見送り、逆方向――東の大地へと馬を向けた。


(真の友――レオック。ありがとう)


 前の世界でも、ここまで誰かを大切に思ったことはなかった。


 胸に強く刻む。


(絶対に、また会いに行こう)


 馬の歩みが進むたび、朝日が地平線を照らし、オレの影が長く伸びていく。


 ゆっくりと馬に乗りながら、ゲームシステムのメニューを開く。

 先ほどの戦いでレベルアップしたことは感じていた。


『土の魔法使い レベル45

 氷の魔法使いのジョブ獲得』


(よし……新しいジョブだ!)


 オレは氷の魔法使いにジョブを切り替える。

 そしてスキル一覧を開き、《騎士》のスキルを外し、《土の魔法》をセットした。


(オレには……騎士の才能はない)


 昨夜の戦いでオレはわかった。レオックの剣筋――迷いのない、美しい剣技を思い出し、苦笑する。


 東の地は薄靄がかかり、未知の旅路がどこまでも続いている。

 これから何が待つのか、わからない。

 けれど――


 この世界にはオレを助けようとしてくれる人がいる。


 その幸せを噛み締めながら、オレは心に刻む。


 その事実が、胸の奥で確かな光となった。


 オレはその光を抱え、前へ進んでいく。


 そしてオレは学ぶ。


〈助けてくれる人達がいる〉


 と言うことを。

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