───
ずっと前から約束していた花火大会の日がやって来た。
前まではすごく楽しみにしていたはずなのに。今はすごく憂鬱だ。
待ち合わせ場所で待ってる間、ずっと胃の奥が重かった。
いざ彼女が現れたら、その重さは増した。
河川敷までお互い、なんとなく黙ったままでいた。 梅乃は私よりもスマホを眺めている時間が長かったと思う。
この夏休み、私は部活を休部していた。
華先輩の言う通り、部活からも、梅乃からも距離を取っていた。
『一回離れてみて、落ち着いて自分がどう思うか試してごらん?』
先輩の助言は正しかった。
冷静になってみると、私の歪んでいる部分に気づいた。
……そして、軽音楽部に戻りたいという気持ちよりも、辞めてしまいたいと感じている私に気づいてしまった。
花火を眺める。
ぽつりぽつりと話していたら、自然と音楽の話となる。
お互い音楽畑の人間だからそうなるのは当たり前だった。
そして、嫌われるチャンスだと思った。
彼女の好きなアーティストをわざと貶す。
案の定、彼女は感情的になる。
彼女が好きなアーティストはきっと彼女がしんどかった時、助けになってくれたのだろう。
それをいくら友達と言っても、他人に貶されるのは苛立つはずだ。
だから、これでいい。
最後の花火が浮かんでいく。
盛大な音と光で人々を楽しませたあと、夜空に煌めいて散っていく。
昔の人も、こうやって花火に想いを寄せたのだろうか。
……これで、梅乃の隣に立って同じ空を見つめるのはこれが最後になるだろう。
「……行こっか」
人混みの中から幸せそうな会話が聞こえてくる。
それがやけに耳についた。
沈黙が私たちの空気を支配する。
すぐ隣にいるのに、超えられない大きな壁ができてしまったようだ。
最寄りの駅までただ黙ったままでいた。
ここら辺ではいちばん大きな花火大会なだけあって、駅前には人だかりができている。
しかたなく、反対側の出入口に行くことにした。
私たちの、最後の時間が、また伸ばされていく。
ただ前だけを見てぼーっと歩いていたら幼なじみの柚希を見つけた。
その隣には同じく幼なじみの都志也。
幸せそうに笑いながら、人混みに消えていく。 ここまで見れば察しがついた。
あぁ、ずるいなぁ。
私たちが選び取れなかった未来だ。
どうして、私たちは、こうなってしまったのだろう。
立ち止まった私を不審に思ったのか、梅乃がこちらを向いた。
「大丈夫、どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
こんな時まで優しいんだ。彼女は。
そして、私はそんな彼女を裏切る。
反対側の出口は人で賑わっていたが先程の人混みに比べればだいぶマシだった。
本当に最後のお別れの時だ。
「梅乃」
掠れた声で、名前を呼ぶ。梅乃と目が合う。
私は、いつからその目が苦手になったんだろう。
最初はただの友達だったのに。
いつからか私たちの間の湿度が高くなってしまった気がする。
胃の奥が重くなって、心臓がキュッとなって、喉の奥が詰まってしまうような、そんな吐き気が胸の奥を渦巻く。
言葉をなんとか発しようとしても、口からはただ空気が漏れ出るだけ。
でも、きっとこの言葉は、ちゃんと目を見て言わなきゃいけない。
一瞬にも、永遠にも感じられるような時間が、私たちの間を通り過ぎていく。
「……もう友達やめよう」
何日も前から決意した割には、声はか細くて。 周りの喧騒に消えてしまいそうだった。
それでも、彼女にはしっかりと伝わったらしい。
彼女は私から目を逸らさなかった。
……止めて。そんな目で、見ないで。
先に目を逸らしたのは、私だった。
「それじゃばいばい」
そう吐き捨てて、来た道を戻っていく。
後ろを振り返らずに、ただ進んでいく。
なんの達成感も無かった。
ただただ苦しくて、吐き気を必死に堪える。
そのうち、ぽたりと地面が濡れた。
雨が降り始めたのだ。 賑やかだった帰り道も段々人が少なくなる。
人が少なくなった電車で、スマホの電源を点ける。 通知を見て、条件反射ですぐに電源を消してしまった。
見えたのはただ一言、ごめんというLINE。
もう一回電源を点けてアプリを開く。 そのLINEすらも無視して私は彼女をブロックした。 インスタも、軽音部のグループも全部抜けた。
彼女と関わるものは全部。これが最善の選択じゃないとわかっていても、もう限界だった。
先輩に言われた。
私たちはどこか歪んでいる。
お互いに恋慕にも似た感情を持っているんじゃないか。
このままずっと一緒にいても、私たちがそのままだときっと離れる時が来る。
一度この友情という名の歪な関係にヒビが入ってしまえば、二度と修復することは出来ない。
だから、梅乃がもっと苦しい思いをする前に、私から……。
私が居なくても梅乃にはたくさん代わりがいる。
だから、私が終わりにすれば、全てが元通りになる。
これは、正しいことなのだと。
いずれ、この苦しい思いも無くなる。
そう自分に言い聞かせる。
電車に揺られながらゆっくりと目を閉じた。
『この部活で良かったと思えるような部活にするために、部長として何か出来たらいい』
新しく部長となった梅乃が言っていた言葉。
何を犠牲にしても、彼女の願いは絶対に叶えてみせる。その為なら、私はなんだって出来る。
この日から、私は軽音部の居場所を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます