サイダーに弾けた想いと嘘

月蓬 ミミ

第1話

 私はあの時の会話を今でも忘れない。蝉の声と共に耳に張り付いた言葉を忘れない。

「全部嘘だから」

 その言葉が優しくて嬉しかった。


 夏の暑い日。君と私はいつも通り一緒に帰った。

「帰ろっ!」「いいよ」そんないつもの会話。いつもの帰り道。でもその日は違った。

「喉乾いたしなんか飲み物買ってそこの公園で飲もうよ」

「うん、そうだね」

 私はサイダー、君も真似てサイダーを買った。

 公園のベンチに腰掛けて、話し始めたのは君だった。

「ねーねー今から正直に言うから驚かないでね?引かないでね?」

「わかった」

 そう言って君はサイダーを一口飲んで話し始めた。

「私、本当は嫌いだった。一緒に帰ろって誘いたくもないし、こうやって隣で話すのも嫌なの。」

「そうだったんだ。」

 飲もうと思ったサイダーを見つめながらそんなことしか言えなかった。

「だったらーー。」

「だからさ一緒にいるのがすっごく嫌なの」

 遮られた。無駄に空いた口をサイダーで塞ぐ。そんなに嫌なら離れればいいのに。でも離れるか。どうせ引っ越すし。私は来月、親の都合で遠くの県へ引っ越すことになっている。

「私さ、離れるって聞いてすごい嬉しかったんだ。跳ねちゃいそうなほど。」

「...」

 何も言えない。本人を前にしてどうしてそんなこと言うんだろう。どうして今なんだろう。もう考えないようにしよう。さっき飲んだサイダーが内側から刺激してきてる気がして余計に心が痛い。

「ごめんね。」

 何がごめんなの。言っていいと思ってるの?

「流石に傷ついたよね。」

 そうに決まってるじゃん。

「こんな形でしか伝えられなくてごめんね」

 こんな形でなくても伝えられたし、そもそも言わなければよかったじゃん。どうして。

「酷いことしてごめん。」

 どうして。

「ほんとにごめん。」

 どうして。

「最後にちゃんと伝えたいことがあるの。」

「...なに?」

「こっちに顔見せれる?」

 泣きそうなのを我慢して君の方を見た。その時私は自分たちが同じような顔をしていた気がした。

「あのね。」

「うん。」

「今言ったの、全部嘘だから!」

 何を言ってるの?

「全部嘘!こうしないと直接伝えるのは恥ずかしくて言えないから。」

「それってどういうこと?」

 なんの冷やかしだろうか。

「本当はまだずっと一緒にいたいの!これからもずっと!さっきまでのは全部嘘で逆なの!酷いことしてごめん!」

 君はそう言って私を抱きしめた。ごめんとずっと言いながら。でも私は泣きそうな顔で頬が赤くなっていたのをこの目で見た。全てを悟った私は

「ねぇ。私も同じだよ。」

 そう言った。私も同じように顔が赤くなっていた気がする。

「今なら言えそう。」

 君は少し涙ぐみながらそう耳元で呟いた。二人で顔を合わせて数秒見つめあったあと君は口を開いた。

「好き。」

 その二文字の後、蝉の声は私の五月蝿い心臓の音でかき消された。

「私も。」

 そう答えたあと、多分私たちは安心したような泣きたいような顔をしていたと思う。


 初めて裏切られたのが嬉しいと思えた日だった。

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サイダーに弾けた想いと嘘 月蓬 ミミ @Mim1_o0

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