スカラカチャカポコ
脳病院 転職斎
第1話
これは、バックパッカー、陸上自衛隊、精神病院と、特殊な経歴を持つ、とある男の半生を描いた作品である。
摩訶不思議な人達が集まった結果、大爆発が発生か!?
気が付いたら全てが振り出しに戻っている男の物語。
精神病院入院1日目
今まで普通に暮らして来ましたが、何故だか精神病院に入院することになりました。 しかし、何故そうなってしまったのか今考えても不明です。
生きていると何が起きるか本当に分からないですね。 人生は一寸先は闇です。 普通に生きてきても何かを間違えたら簡単に精神病患者になるのです。これが初の入院の感想でした。
このように、今普通に文章を書けてる自分が何故精神病院に入院になったのかを、理由を思い返しながらつらつら書いていきます。
あまり暗いことは書かないようにしますので、フラットにお気軽にお読みくださいませ。
これは、アスペルガー症候群と注意欠陥多動性障害を持つ私が、強迫性障害と不安障害を発症し、寛解後に統合失調症を発症して退院するまでをリアルタイムで描いた物語です。
入院1ヵ月目。
壁向こうにいる人に連絡するのは病院の規定上難しいみたいで、どうしてもイリーガルな手段しかなさそうだ。
折り紙を渡されていたというテイで、折り紙の中にエールを書いた文を皆んなで書き、「あの人の忘れ物ですよ」というやり方で、何も知らない看護師に渡す作戦を考えた。
これが、私と嫁の馴れ初めである。
そして、無事に文を受け取った嫁はこれに勇気付けられたらしく、閉鎖病棟から開放病棟に移り、退院後の7月29日。私達は結婚した。
そして、私達夫婦の絆の隙間に入りたがる者達が次々に現れて、今回の騒動が勃発した。1回目の幸せは何処へ行った?
2回目の入院
2019年1月31日から3月24日にかけて精神病院に任意入院していた俺は、同年9月29日から12月12日にかけて再入院した。
それも、強制入院と呼ばれる「措置入院」で、最初の一ヶ月は完全に隔離された病棟に入っていた。
しかし、何故あの短期間でぶり返したのか?今回の入院はあまりにもミステリアスだ。
その謎を解くための鍵は、前回の入院と、俺の歩んできたこれまでの人生にあった。そのため、今回からは謎を追う形式で執筆する。
欲望の街を舞台にスタートした7人の物語は、いつしか3人の物語となり、気が付けば近くに社長が2人も登場する顛末に。
そこで、簡単に登場人物の紹介をする。
・私
様々な価値観に遭遇し過ぎて壊れた人。
・嫁
前回の入院で知り合った姉さん女房。
・R
前回の入院で知り合った元ヤン金持ち息子。将来は海外で社長になるのが夢。
・S
何故か自分達の輪に入りたい、経理だった元上司。心を病んでいる。
この4人の人間が交差した退院後の令和元年。私を取り巻く環境は、とてもミステリアスに変貌していくのであった
その時の心境を歌に表すとしたら、こんなものだっただろう。
町のはずれで シュヴィドゥヴァー
さりげなく 夢にまで見たマイホーム 青い空
エプロン姿のおねだりワイフ
日なたぼっこはバルコニー
Hey it's a beautiful day
突然 忍び寄る 怪しい係長
悪魔のプレゼント 無理矢理
3年2ヶ月の過酷な一人旅
この悲しみをどうすりゃいいの
誰が僕を救ってくれるの
僕がロミオ 君がジュリエット
こいつは正に大迷惑
君をこの手で抱きしめたいの
君の寝顔をみつめてたいの
町の灯潤んで揺れる 涙涙の物語
枕が変わっても
やっぱり するこた同じ
ボインの誘惑に 出来心
3年2ヶ月のいわゆる一人旅
この悲しみどうすりゃいいの
誰が僕を救ってくれるの
僕がカンイチ 君はオミヤ
正にこの世の大迷惑
君をこの手で抱きしめたいの
君の寝顔を見つめてたいの
町の灯潤んで揺れる 涙涙の物語か
この悲しみをどうすりゃいいの
誰が僕を救ってくれるの
君がカンイチ 僕はジュリェット
この世は正に 大迷惑
逆らうと首になる
マイホーム ボツになる
帰りたい 帰れない
二度と出られぬ蟻地獄
ある日突然やって来た統合失調症
合計7人の登場人物の愛憎劇に絡まれた私は統合失調症を発症し、ラグビーワールドカップも天皇即位礼も閉鎖病棟で過ごすこととなった。
その結果、2ヶ月と2週間の入院を経て情熱も友情もどこかに忘れてしまったが、それでも嫁と両方の両親、兄弟、極一部の親友は俺を暖かく迎え入れた。
そして気付けば身近に社長が2人もいて、会長が1人いたという事実を知らぬまま、令和元年12月12日。私はようやく退院する。
閉鎖病棟隔離室の実態
初めて入れられた閉鎖病棟の隔離室の迫力はとてつもないものだった。統合失調症を発症した私は二重に鍵をかけられる六畳くらいの部屋に閉じ込められ、朝昼夜の三食を部屋で食べさせられることになった。
しかし何故こんな事になってしまったのか?
思い返せば最初の入院の際、私と患者達の集まりは病院外へと発展して、いつの間にやら元上司、友人、旅先で関わってきた外国人までもがごちゃ混ぜになっていた。そしてR君主導の下、皆んなでハワイを狙う会社を立ち上げようとしたことが全てのきっかけだった。
やがて本当に事務所が設置されるに至り、誰のための何のための事業なのか分からなくなった結果、事態は急変していくことになる。
その結果、暴力団の襲撃と誤認して警察官に模造刀を抜刀した私は留置場に入れられることとなり、精神病院の閉鎖病棟に送られた。
令和元年9月28日。
日本中、世界中の友達を巻き込んで始まった起業騒動は、それぞれの価値観と社会観、欲望や幸福度、精神世界が混ざりに混ざってカオスな世界観へと発展としまうと共に、ババ抜きのババを引かされる形となった俺が強制入院すると言う形でピリオドが打たれた。
そして2ヶ月と2週間の幽閉のため、俺はすっかりおとなしくなってしまった。そんな俺と妻の幸せは、お互いが健康に今を生きてるだけでもう充分。と言うことで満足している。
そして謎の事務所を遺したまま、それぞれの夢を誰が引き受けるか分からない形で計画は進行し続けて、それぞれがそれぞれの幸せを追い求めて今を生きている。
閉鎖病棟隔離室の記憶
敷布団と掛け布団と枕しか無い部屋に、剥き出しとなった便器がポツン。約六畳くらいの部屋から見える外の景色は二重に鍵かけられたドアの小さな窓の向こうのみで、所有を許されている私物はトイレットペーパーのみ。
現代版座敷牢ともいえる二重扉の部屋は、歴代患者達が傷付けたり落書きした痕跡で溢れ返っていて、便器の近くはとても汚く悪臭を放っている。
2019年最初に任意入院した際、初めから外出を許されている病棟にいた俺が、、今回初めて味わう閉鎖病棟隔離室は、前回知り合った仲間達が経験してきた登竜門。実に何も無い空間だ。
ここから始まったR君の夢希望の産物に様々な人達が集まった結果、それぞれの思惑が絡みに絡んでONE TEAMになったり、かと思えばバラバラに砕けて、振り出しに戻る。
退院後の俺の脳内には、スカラカチャカポコチャカポコチャカポコのサウンドがただ、聞こえるのみ。
それにしても幸せとは何だ?普通とは何だ?社会とは何だ?
外を自由に歩けて飯を食べれたらもう充分幸せではないのか?配偶者を持つ身の私は一体何を高望みしたのか?
欲望は恐ろしい
それにしても、よくも今まで死なずに生きて来れたものだ。どうして今まで無事に生きて来れたのか?そんな私の半生をこれからは記していく。
ところで「愛」とは何だろう?
「夢」とは何だろう?
人それぞれで理想像が違うから答えは分からないが、私はその両方を充分に満喫し、今を充分に幸せに過ごせているような気がする。
特に深いこと考えずとも収入と家族があれば、大体の人は幸せを感じることだろう。
年末ジャンボで億を当てることを夢見ながらあくせく働くのと、ひょっとしたら出世頭になれるかもなどと思って人や人生そのものを年末ジャンボみたいに賭けてみるのとでは一体何が違うのか?また、喜びを欲張らなければ小さなことでも大きな幸せに感じるのでは無かろうか。
果たして社会とは、幸せとはどこからが境界線なのだろうか。それが曖昧になってしまった今の私には答えが無いので分からないが、五体満足に外を歩けてクリスマスにケーキが食べれること、年越しに蕎麦を食べれて正月に餅が食べれること、三食が食べれて菓子も食べれて配偶者がいること、ただそれだけでも充分な社会参加に思えて、幸せなことだと感じてしまう。
令和元年師走の朝。妻に付き添われて退院し久しぶりに外に出てみると、今まで心身に染み付いていた欲望がシュンっと落ち着いた。
そんな今では酒と煙草でさえ贅沢品に思え、禁酒禁煙にも成功してる。
これからは、妻と共にミニマムな生活を送っていくことになる。まずは「幸せの定義」を模索することからのスタートになるだろう。
それにしても、病気の離脱状況のためか暫くボーっとする生活が続いている。
そんな最近の趣味は嫁の家で猫を撮ったり、近所の猫だらけの離島に出かけるくらい。
私の心は落ち着いた。
それにしても何故だろう?
私にはついつい考え過ぎる癖がある。
喜びも、一体どこからが境界なのだろうか。
そして喜びの先に一体何があるのだろうか?
かつて私は忍者装束を着て海外を渡り歩き、多少の知名度を遺した。しかし、その当時夢追い人だった私は、一体何を夢見て何のためにあのような戯けたことをしたのだろうか?
自分というモノが分かる日まで、私は旅の終わりが訪れることを考えたことも無かった。
果たして「幸せ」とは一体何なのだろうか。
周りの同世代には、まだまだ夢を追い求めていたり、美人と結婚したがったりする者が少なからず存在する。かたや多くの人達は、社会のレールから置いてけぼりにされないために体と脳を酷使して働きまくる。中には自分と誰かを比べてみて自分の幸福度を再認識する人まで存在する。そうやって私達は、普通という定義を築いていこうとするのだろう。
だが、はっきり言って人それぞれの幸福度などどうでもいい。全ては他人事なのだから。
ただ、私事としては、私は確かに様々な価値観を経験し、豊かな青春を満喫し、美人と結婚し、何も不自由が無い。しかし正直に思うこととしては、私自身の幸福の答えは未だに見つからないのだ。
あれほど憧れた結婚生活でさえ、それが日常生活になってしまうとドキドキしなくなる。
あれだけ興奮し楽しかった旅ですら、過去の色褪せた出来事のように思えてくる。
そう思うと、お金をたくさん持っていても持っていなかったとしても、日々慣れていく日常生活にハリが感じられなくなり、何のための人生で余暇や趣味なのかがたまにわけ分からなくなる。かと言って不満があるわけでもないのだけど、ついつい考え過ぎてしまう。
アンパンマンの歌のように意味ばかり考えて生きていると、自分や家族や友達ですら何者なのかが分からなくなる。極論で言うのなら激しい修行を何年も積むお坊さんだったり、山奥でポツンと一軒家に暮らす人達も同じ人間なのかと思うと、人生とは何なのだろうかと不思議に思う。もっと言えばこの社会自体何なのだろうか?
例えば結婚を社会一般的な幸せだと定義したとしても、子育てが凄く大変なことで莫大なお金がかかるということは言わずもがな、その前段階であるハネムーンにしても、世の中には一緒に世界を一周した末に別れる夫婦さえ存在する(もちろん大多数の人達は世界一周旅行すること自体が出来ない)。たとえ豪華に式を挙げてハワイへ新婚旅行したとしても、別れる人はやっぱり別れてしまうのだろう。
詳しいことはよく分からないが、ドーパミンから来る刺激というのは一旦味を占めてしまうと薬物みたいになってしまうそうだ。もっともっとと求め続けてしまうと際限が無くなってしまいそうだし、私の場合は海外放浪がドラッグのようにキマり過ぎたのだ。
ただ、生きていく上では確かに金も娯楽も大切だろう。しかし、海外で見てきた外国人旅行者達が金と感情を貪るように生き、欲の限りを尽くしている有様を思い出した際、私は人間の底知れない快楽への渇望の不気味さを強く感じてしまう。恐らく、行き過ぎた快楽が幸せと錯覚した地獄への道標なのだろう。
2020年初頭。
最初の入院の際の病気は、「寛解」という状態に至って落ち着いたかのように思われた。
ところが、ここから一念発起して皆んなでチームを作っていこうとした結果、突如として再発した。
その時の心境と来たら凄まじいもので、今まで自信を持てなかったことに急に自信を持ち出したり、途端に直感を信じだしたり、思い込みだけで恐怖に陥ったり、不思議と何かを閃いたりする始末。
元々が自衛官だったこともあって、根が生真面目だった性格が災いした。一日中寝ないで過ごして食事も取らなくなり、自分がCIAやタリバン、暴力団に狙われるなどの謎の妄想を抱くようになった結果、とうとう2回目の入院を迎えることとなった。
それぞれの野望に満ち溢れた半年の行く末と、謎の事務所は一体どうなっていくのか?
そんな今思うこと。
幸せは、心に余裕が出来てから安心した時に初めて生まれる。
元を辿ればこの物語は、R君のハワイ攻略計画案を基にしてスタートしたものだった。
R君は、アパート数個の家賃収入と高級スナック経営で生計を立てている母親を持つ御曹司で、おじさんが芸能事務所社長をやっている超大物だった。
最初の入院の後に再会した際、全身数百万円はするであろうブランド尽くしの姿で登場したR君は、固定資産税が数百万円もかかる超大豪邸に僕達夫婦を案内してくれた。
R君は、パニック障害とてんかんを抱えながらも頭の良さを生かして収入を得ており、得意の数学スキルと直観能力を駆使してFXや株で大金を荒稼ぎする、そんな若者。
最初の入院時、ハワイで不動産を展開すると高らかに宣言したR君の顔は自信に満ち溢れ、寛解中だった私には日本一の大物に映った。
そして退院後、様々な野望を抱く者達が集まり、そんなこんなで始まったのが、R君計画。
令和の幕開けと共にスタートしたこの作戦がために日本中・世界中の高学歴集団が集まった結果、事態は深い泥沼に陥ることとなる。
その過程に於いて、R君以上の最重要人物が存在した。その人物こそが、プロのハッカーと呼ばれるXである。
Xの計画がハワイ攻略だったのかどうなのかは今のところ分からない。
ただしXは、恐らくはR君と同様かそれ以上に株式投資・FXのプロだったと思われる。
そして、登場人物Sを含めてその他の登場人物も株式に拘った結果、ついに集団幻覚現象が発症した。
謎の事務所を残し、プレイヤーがそれぞれバラバラになったままのこの物語の行く末は、果たしてどうなるのだろうか?
結局のところ、どれだけ大恋愛しようと、どれだけ大冒険しようと、どれだけ美味しい物を食べようと、慣れてしまえば全てにおいて事足りる。
理想像が大きければ大きいほど、達成後の消滅も劇的に早い。これを「慣れ」の一言で片付けるのなら、人と言う生き物の人生自体が壮大な暇つぶしかもしれないなとふと思う。
では、どうせ死ぬ身の一踊りなら、
暇つぶしの回想録に昔話を上げてみる。
When I was young
I'd listen to the radio
Waitin' for my favorite songs
When they played I'd sing along
It made me smile.
幼かった頃、
ラジオを聞いていた
大好きな曲を待ちながら
その曲が流れたら、一緒に歌って、
笑っていたの
Those were such happy times
And not so long ago
How I wondered where they'd gone
But they're back again
Just like a long lost friend
All the songs I loved so well.
とても幸せなときだった
遠い昔じゃないけど
どこに行ってしまったんだろうと思う
でも戻ってきた
古くからの友人のように
私の大好きな歌が
Every Sha-la-la-la
Every Wo-o-wo-o
Still shines
Every shing-a-ling-a-ling
That they're startin' to sing's
So fine.
どの「シャラララ」も
どの「ウォウウォウ」も
今も輝いてる
いつもの「シングアリング」も
歌い始めると
とても良いの
When they get to the part
Where he's breakin' her heart
It can really make me cry
Just like before
It's yesterday once more.
曲が流れて
彼が彼女に別れを告げるところになると
泣いてしまうの
昔と全く同じように
昨日をもう一度
Lookin' back on how it was
In years gone by
And the good times that I had
Makes today seem rather sad
So much has changed.
昔を振り返ったら
月日は流れていって
過去の楽しかった日々は
よりいっそう今の私を悲しくさせる
たくさんのことが変わっていってしまった
It was songs of love that
I would sing to then
And I'd memorize each word
Those old melodies
Still sound so good to me
As they melt the years away.
ラブソングだった
あのとき歌っていたのは
いまでもどの歌詞のフレーズも覚えてる
なつかしいメロディーは
今でも私に優しく響いて
過ぎ去った時間を溶かしていくの
Every Sha-la-la-la
Every Wo-o-wo-o
Still shines
Every shing-a-ling-a-ling
That they're startin' to sing's
So fine.
どの「シャラララ」も
どの「ウォウウォウ」も
今も輝いてる
いつもの「シングアリング」も
歌い始めると
とても良いの
All my best memories
Come back clearly to me
Some can even make me cry.
Just like before
It's yesterday once more.
全ての思い出たちが
はっきりと今私によみがえってくる
今でも私は泣いてしまうこともある
昔と全く同じように
昨日をもう一度
yesterday once moreを聴いてみる度に、そう遠い過去でも無いあの頃の日々を思い出す。
思い返せば幼少期の私は、虚弱ないじめられっ子だった。人と群れるより1人でいることを好み、空と雲を眺めながらカーペンターズを口ずさむような少年だった。
それとは対照的にヘビメタルを好み、小さい頃に男勝りでお天端だった嫁は、ハロプロ全盛期の1990年代後半当時、青春真っ盛りを謳歌していた。ただ、そんな嫁もカーペンターズを口ずさみ、空と雲を眺めて過ごしていた時もある。
私が生まれたのがバブル崩壊直後だったので、嫁との歳の差は決して小さくは無い。嫁が小中学生の頃、日本経済は空前絶後の景気絶頂期だった。
ちょうどそんな頃、私の両親は結婚し、まず兄が誕生した。そして、嫁宅もバブル経済の恩恵を受けた絶頂期。日本中の家庭に贅沢が溢れていた。
90年代後半生まれの親友R君はこの時代を好み、尚もバブルを体現してみようと夢を追い求めている。
R君は、バブル絶頂期に大当たりした資産家の御曹子として生まれた。そして私の父親は、その時より大手企業勤めで、嫁方の父親に至っても建設関係の仕事で成功を収めていた。
ただ、そんな大フィーバーも長く続いたわけでもなく、親友は幼少期に父親と離別。嫁は、小学生時代に父親と死別。失われた20年と呼ばれる平成時代を過ごした私達の過去が幸せだったかどうかは誰にも分からない。
それぞれ生まれた家も環境も違い過ぎるこの3人が交差したのも不思議な縁で、互いの元を辿れば互いの先祖の逸話も飛び抜けていた。
中国大陸の戦場から引き揚げ、のちに大手コンクリート会社の重役になった元日本兵の祖父と、荒波の日本海でイカを大量に取っていた祖父、父方と母方の濃い血を受け継いだ私はどこか荒っぽかったり破天荒だったりして、周囲からは謎の人物として扱われてきた。
しかし、私の方から見て謎の人物は、有名な芸術家になった実の兄である。比較的インドアだった弟とは対照的に、どこかアウトドアでおしゃべり気質だった兄とは雰囲気が共通していると、昔からよく言われてきた。その一方、自我を強く意識し、内に引き籠る弟の形質も兼ねた僕は、中途半端な存在となる。
R君宅も同様だったのか、内に引き籠る弟は自宅でギターを掻き鳴らし、社交的なR君とは別の側面を持っている。R君は、祖父が神風特攻隊に志願して戦死し、祖母の代より戦後復興に携わる名家の出自で、R君は祖母の代からバブル期にかけての歌謡曲を強く愛している。
嫁宅は、義母側の家系が旧満州で技術者をしていたため、義母は中国生まれである。さぞかし命からがら日本に帰国したことだろう。
それから成人した義母は、皇室に日本茶を献上する名家の旦那と結婚し、一代で登り詰めていった。そんな昭和から平成にかけてのバトンを渡された私達は、ビッグバンのような大爆発を起こして令和を迎えることになる。
このように特殊な家庭環境で育った私達3人はどこかで気が合って、今に至る。それはまるで、ジグソーパズルをくっ付けたかのような不思議な縁で、互いの境遇が全く違う私達はある日突然、磁石のように引き寄せられた。
再度強調するが、私達3人の境遇は全くバラバラであるが故に、その幸福度や家庭環境の充実度も全く異なる。人様々だからこそ誰もがそうであるように、ある時はあるだろうし、無かった時は無かったりもしただろう。
ただし、それが何を意味するかはあえて書かない。人間と言うのは不思議なもので、足りているように見えても足りていないように感じたり、足りているにも関わらず足りていないように感じてしまうもので、私達3人は何かを引き寄せ合う引力のように引き寄せられた。そして、それぞれが平等に朝を迎える。
スカラカチャカポコ 脳病院 転職斎 @wataruze
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