やばい手紙を見つけてしまった

美女前bI

隠された手紙


​ 春から始まった高校生活、初めての衣替えの日。新生活にもすっかり慣れて、平穏な毎日に感謝するほど充実した日々を送っていた。このクラスは意地悪な子もいなくて、本当にみんな優しい。


 そんなある日、平穏な日常は一枚の手紙によって終わりを告げた。


​ 掃除当番じゃなかった私が偶然見つけた、掃除用具入れの奥に隠された手紙。そこにあったのはたった三文字のメッセージ。


 助けて


 最後の文字には涙の跡みたいなにじみがあって、他にもいくつかの染みが見える。


 この手紙を誰が書いたのかは分からない。でも、この教室のどこかに、苦しみを抱えている人がいる。その事実が、私の心を強く揺さぶった。


​ いたずらという可能性も頭をよぎった。でももし本当に助けを求めているなら、見て見ぬふりなんてできない。しかしどうすれば……


 手紙のことが気になって、私は勉強も手につかなかった。このままじゃ三週間後の定期テストにも影響が出そう。悩んだ末、元鑑識の探偵である父に相談することにした。


 仕事から帰ってきた父に、リビングでその手紙を渡し説明してみる。優しい表情で聞いてくれたおかげで、落ち着いて話せたと思う。

 「何かあってからじゃ遅いからな。プロとして一週間以内にこれを書いた奴を見つけてやる」


 私の頭を撫でてくれた父の眼差しは、厳格な中にも温かさがあった。


 結果が出たのは、それから四日後のことだった。


 父にはいきなり接触などせずに、ちゃんとその人間を観察しろとアドバイスをもらっている。そりゃそうだよね。何をするにもどんな人かもわからないのに、軽はずみに動けるわけがないもんね。


​ 翌日のお昼休み。


 教室では私のもとに二人のクラスメイトが机を並べお弁当を広げている。


「お母さ、結愛ちゃん私におかずをわけて。朝からお母さん怒らせて、今日は白米しかないんだ」


 ​ようちゃんは入学式の日から仲良くなった子で、まるで天然を演じているギャルみたいに自由奔放な子。そんな言動も、妹に接しているようでなんだか可愛らしく思えてしまう。


 私自身、一人っ子だったから、妹みたいな存在に囲まれている今の学校生活がすごく新鮮で、毎日が楽しかった。


​「ようちゃん、今私のことお母さんって呼ぼうとしてたでしょ。せめてお姉ちゃんって言ってよ」


 そう言って私は彼女のお弁当の蓋に卵焼きを乗せる。


「でも私のお姉ちゃんはもっと可愛いから。あ、お恵みありがとう。しかしなぜ卵焼きしか集まらないのか」


 ​その無意識に人を傷つける言動のせいだよ。と心の中で毒づきながら、もう一人のクラスメイトの貴子とおかずを一品ずつようちゃんにあげる。


 白と黄色の二色しかなかったお弁当が、緑や茶色も加わって、まともなお弁当になったね。


​「そう言えば、私の貴子がさっき福江さんと浮気してた。あえて私に見せつけるように……私は悲しい。だから、から揚げちょうだい」


「何が『私の貴子』よ。から揚げ食べたいだけで作り話なんてしないで」


 ​貴子は、ようちゃんのボケにも鋭いツッコミを入れる、私たちの中では一番のしっかり者。そんな彼女のお弁当箱にようちゃんは自分の白米をおすそわけしている。それはお礼なのか嫌がらせなのか。


 あ、よそ見してたら私のお弁当箱にも白米が追加されてた……


​「調整しながら食べてたのに、一気におかずとのバランスが悪くなっちゃったじゃん。バカ」


「結愛ちゃんに怒られた。お詫びは保護者の貴子に任せたい」


 泣きつかれた貴子も迷惑そう。そして悲しげな表情を作り口を開いた。


「保護者になっちゃった。今ならこんな娘に白米しか用意しなかったお母さんの気持ちがよくわかる」


​ こんな風に、みんなでわちゃわちゃお昼ご飯を食べる時間が、私にとっては何よりも大切だった。

 ​だけど、手紙のことが頭から離れない私は、食事中も別のクラスメイト、相模台さんの様子を観察していた。


 彼女は口数が少ないけど、隣の席の福江さんとは楽しそうに話していた。彼女たちの会話は、ピーマンが嫌い、タマネギが憎いといった、たわいもないものだった。


 そして放課後、相模台さんが私に声をかけてきた。


​「島沢さん、お願いがあるんだけど、予定がないなら付き合ってもらえない?」と……


 私たちはハンバーガーショップに行って、お互いの友達のことを話していた。


 福江さんのおっちょこちょいな話や、ようちゃんたちの個性的な話で盛り上がり、まるで昔からの親友みたいな楽しい時間を過ごした。


​ ふとした沈黙が訪れた時、彼女の様子が少しだけ変わった気がした。


​「ところで、しまさんはあの手紙どうしたの?」


​ 私は心臓が跳ねた。


 彼女が私に声をかけた本当の理由が分かったんだ。彼女は私が手紙を持っていることを知っていた。


 私の耳がぴくっと動いたのを見逃さなかった彼女は、私の反応を見て、すべてを確信したようだった。


​「ごめん、カマをかけただけ。今日何度も目が合ったからね。その理由がもしかしたら手紙のことかなって」


 ​彼女の言葉に、私は正直に話した。


「手紙は家にあるけど、あれは私宛じゃないよね。でもずっと気になってた。介入していいのか分からなくて、まずは相模台さんのことを知らなきゃって思ってたんだ」


 ​すると彼女は、気まずそうに話し始めた。


「ごめんね、実は誰がこの謎を解けるか試したかったのよ。卒業までに現れればいいかなって思ってたけど、一週間もかからずに見つかったなんて、ちょっと悔しいじゃない」


​「悩み事じゃなかったの?『助けて』も嘘だった?」


 ついそう答えていた。私は悩んでる人のために真剣に考えていたから。ホッとはしてるけど納得はできない。


​「悩み事もあるし、助けを求めているのも本当よ。私、父の跡を継いで探偵になるのが夢なの。だから、その……パートナーが欲しくて」


​ そう言って顔を赤らめる彼女は、いつもの大人っぽい雰囲気とは違う、年相応の可愛らしい女の子に見えた。


 私はそのギャップに少し戸惑った。そして、彼女が私をパートナーに選んだ理由を語り始める。


​「あなたの鋭い観察眼と、すぐに調子に乗らない慎重さ。それから誰とでも上手く付き合えるコミュニケーション能力はかなりのものだと思う。私はあなたを手放したくない」


 ​正直、彼女の評価は過大すぎると感じた。でも、彼女の言葉にはどこか真剣に考えているようにも見えた。今度こそ本当の話なのだろう。


 偶然にも父同士が探偵の私達。その縁を単なる偶然で終わらせることがもったいない気がする。そう思い始めた時だった。彼女の口から新事実が告げられたのは。


​「この手紙は炙り出しのトリックを使ったの。それに気づいただけで、かなり優秀だよ」


 ​炙り出し……それは、レモン汁など柑橘系の汁かなんかで書いた文字が、火で炙ると浮き出てくるという古典的な方法だ。


 私は、そして父も、そんなトリックには全く気づいていなかった。


 指紋鑑定という力技でしか真相に迫れなかった私たち。彼女の言葉は、私のプライドを刺激した。


​「たぶん、私の実力なんてまだまだだよ」


​ 格好良いと褒められた。


 その言葉は私ではなく、彼女が想像する理想のパートナーに向けられた言葉。なんだよなあ。


 家に帰り、私は父に今日あったことを話した。


 一緒に手紙を火で炙ってみると、彼女の名前、実家の探偵事務所、そして連絡先が浮かび上がってきた。


​ 「本当にあぶり出しだったのかよ……」


​ 父はショックで膝から崩れ落ちた。


 今回は確かに彼女の勝ちだった。でも、父のアドバイスのおかげで私は成長できた。そう感じた私は、父に言った。


​「私にもお父さんの仕事教えてほしいな。相模台さんのパートナーになるかもしれないし」


 ​私の言葉に、父は嬉しそうに微笑む。新しい未来が開ける予感が、胸に広がった。


​ 相模台さんには、探偵になるにあたって、まずは修行期間をもらうようにお願いしてみようと思う。


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