SCENE#95 永久不滅のダンディズム

魚住 陸

永久不滅のダンディズム


第1章:完璧な朝の儀式、そして無粋な来訪者





神宮寺雅人、50歳。彼の朝は、日の出とともに始まる。「夜露を浴びた薔薇は、ただの薔薇ではない…それは、一日を優雅に彩る序曲だ!」と独り言を言いながら、庭の薔薇を一輪摘み、銀の花瓶に活ける。髭はドイツ製の完璧なシェービングセットで剃り上げ、スーツは湿度と温度を完璧に管理したクローゼットから選び出す。彼は、神田の小さな喫茶店「ダンディズム」のマスターだ。






完璧な身なりで開店準備を終えたその時、店の扉が勢いよく開いた。「おっちゃん!今日のコーヒーは?」と、近所の子供が叫んだ。




「少年よ、ダンディズムを学ぶには、まず声のトーンからだ。私を『マスター』と呼びたまえ。そして、この空間を慈しむように、静かに呼吸するのだ!」




「えー、めんどくさーい!早くしてよ!」




子供はカウンターの縁をスプーンでカンカン叩き始めた。




「おお、なんと無粋なリズム。その音は私の魂に響くが、ブルースのようには響かない…」






第2章:エレガントな水漏れと、無骨な職人





ある日、喫茶店「ダンディズム」に、最大の危機が訪れた。なんと天井から水滴が滴り始めたのだ。神宮寺はポケットからハンカチーフを取り出し、優雅な仕草で水滴を拭おうと試みる。





「この水滴はまるで、神の涙が私の店に降り注いでいるかのようだ。しかし、あまりにも量が多いから、これをエレガントに受け止める方法はないだろうか?」




ついにプロの業者を呼んだが、現れたのは見るからに「無骨」な職人だった。




「(頭を掻きながら)いや、それって、ただの雨漏りっすよ。エレガントもクソもないっすよ。とりあえずバケツ置いときますわ!」




「バ、バケツ...だと?そのプラスチックの無機質な物体が、この店の美学をどれほど貶めるか、君には想像できないのかね!」




「いや、いや…水受けないと店潰れまっせ!」





第3章:ダンディズムvsゆるふわ、そして大衆の評価





神宮寺の店の隣に、新しいカフェがオープンした。その名も「ゆるっとカフェ」。店主はラフなTシャツにデニム姿の青年で、インスタ映えする猫のラテアートで若い女性客を瞬く間に惹きつけていった。





「神宮寺さん、うちの猫ラテ、見てください!可愛いっしょ?」




「猫だと?ダンディズムの世界に猫は存在しない。あるのは気高き獅子か、あるいは静かな豹だけだ!」




「えー、でもみんな可愛いって言ってくれますけどね」




「大衆に迎合するな!真のダンディズムは、流行とは無縁なのだ!」




そのやり取りを聞いた女子高生が、猫ラテを写真に撮りながら呟いた。




「やばーい、猫かわいー!ってか、あのおじさん何言ってんの、ウケるんだけどー!」






第4章:愛と友情と、まさかのヒゲ脱毛





客足が遠のき、落ち込む神宮寺を支えたのは、常連客の若い女性・ユキだった。




「私は間違っていたのだろうか...。ダンディズムは、この世に不要なものなのか...」





「マスター、落ち込まないでください!マスターのダンディズムは、みんなを幸せにしていますよ。私なんて、マスターの完璧な髭剃りを見てから、彼氏のヒゲ脱毛しようって決めましたもん!」





神宮寺は、ユキの突拍子もない告白に一瞬硬直したが、すぐに誇らしげに胸を張った。




「それは...私の美学が、君の未来を形成したということか!なんと光栄なことだ!ハッハッハ!」






第5章:永久不滅のダンディズムの真髄





ある朝、店の古い配電盤から火花が散り、小さな火災が発生した。神宮寺は高価なスーツのジャケットを脱ぎ、火元に投げつけた。




「おい、何やってんだ!服燃やしても火は消えねえぞ!」




「これは、私の魂の炎だ!ダンディズムとは、愛するものを守るために、己の身を投じることなのだよ!」




火が鎮火した後、顔に煤がついた神宮寺を見て、皆が笑った。それは、嘲笑ではなく、心からの尊敬の念を込めた笑顔だった。




「マスター、顔に煤がついてますよ…」




「ほう...。これもまた、人生という戦場を生き抜いた勲章というわけだ。ダンディズムに泥は似合わんが、煤ならば...うん、悪くない!」




彼のダンディズムは、もはや誰も笑わない。なぜなら、それは外見だけでなく、彼の人間的な温かさと、ユーモアという名の愛に満ちた、本物の「永久不滅のダンディズム」になったからだ…

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