第十七話 砲兵科の贈り物
「よーし、斎部、川村。最後まで生き残ったおまえたちには、
砲兵科から特別な贈り物があるぞ」
同期生と喜び合っていた清至と時子に、瀬川少尉がニヤリと声をかけた。
「特別な贈り物?」
二人は顔を見合わせ、いぶかしげに繰り返す。そこへ砲兵科の教官も歩み寄り、口端を吊り上げる。
「そうだ。我らが砲兵科の集中砲火をくぐり抜けた者だけに許される――
実弾による砲撃演習だ」
「……実弾?」
時子が思わず聞き返す。その横で清至の顔は一瞬にして険しくなる。
「時子、模擬弾とは違う。着弾すれば、地形ごとえぐれるぞ」
時子も息をのんで、同じく表情を引き締めた。
「そうだ斎部」瀬川少尉がにやつきを深める。
「危険度は比べ物にならん。辞退しても構わんが……実戦で飛んでくるのは本物の弾だ。
これを士官学校で体験できるのは、いい経験になると思うがね。」
砲兵科の教官がうなずき、冷ややかに付け加える。
「帝国は戦時下だ。実弾は貴重だが――これは砲兵科からの贈り物だ。
受け取らぬ臆病者ではないだろう?」
「はっ! やらせてください。」
「お願いします。」
清至と時子は背筋を正し、揃って敬礼した。教官たちはその様子を満足そうに見下ろす。
砲兵科の教官は得意げに振り返り、自分の隊列に向かって声を張り上げた。
「よーし、諸君! 異能科きっての秀才、斎部清至候補生と川村時子候補生が、実弾訓練を承諾した。よって、これより三発、実弾による砲撃を行う!
実弾を使えるまたとない機会だ。撃ちたい者は挙手せよ!」
砲兵科の者たちは一斉に手を挙げた。乾いた砂埃が駆け、辺りに緊張が波紋のように広がる。
「斎部、川村。四十五秒毎に一発ずつ発射される。着弾・負傷・防御の失敗と見なされればそこで終了だ。
兵器学の授業で習った大砲の仕組みを思い出せ。万が一のときは俺が助けに入る。だがこれは実戦だと心得、心して臨め」
瀬川少尉は二人の肩に手を回して囁くと、背中をバンと一度叩いて送り出した。
砲兵科では熾烈な争いの末、選ばれた三組が砲のそばに立った。胸を張りながらも、口元は緊張に固く結ばれている。
清至と時子も所定の場所へ歩きながら、短く作戦を確認した。
「時子、最初の一発は俺が処理する。二発目はお前、三発目は二人でいく」
「了解。私は万が一に備えて防御壁も展開するわ」
「ああ、頼む」
清至はふと横を見た。時子の横顔は強がっていたが――
「……時子、怖いか?」
彼女ははっと目を上げた。
「……いいえ、怖くは――」
「いい。怖いのだろう」清至は遮り、彼女の震える指先に、そっと指を絡ませる。
「俺には本音を言え。どんなお前でも受け止める。俺はお前の“K”だから」
目元がふっと緩み、彼女の手をしっかりと握り込んだ。
「装てん!」
掛け声とともに砲兵科の者たちが一斉に動き出す。
「撃ち方用意!」
離れた場所で構えている清至と時子の耳にも号令が届き、二人の表情は一層引き締まった。
「撃て!」
轟音が大地を震わせ、砲弾が空を裂いた。
「――っ!」
清至が一歩踏み出す。瞬間、掌に燃え上がった火球が砲弾めがけて飛ぶ。
半ばの空中で二つは衝突し、閃光と爆煙をまき散らして弾けた。
「何をしたの? 火で信管を起爆したの?」
戻ってきた清至に時子がたずねる。彼はにやりと口端をゆがめた。
「己の火の異能の限界を試した。鉄すら蒸発させる熱で砲弾ごと焼き尽くしたが――
結局、爆ぜてしまったな」
「鉄を蒸発って……こわっ」
口ではそう言いつつ、時子もにやりと笑った。
「次はお前だぞ」
「任せて。私も、自分の限界を試したいの」
二人はハイタッチで入れ替わり、今度は時子が前に出る。
「撃て!」
四十五秒後、砲弾が空を裂いた。
時子は即座に両手をかざし、十メートル先に分厚い氷壁を出現させる。
「さあ、勝負といこうじゃないの」
低く呟いた瞬間、砲弾が氷壁に直撃。
氷の花が咲き乱れた刹那、信管が作動し、爆発が轟いた。
「チッ」
衝撃で氷壁が粉々に砕け散る。だが時子は一瞬の間も置かず、次の氷壁を繰り出した。
二枚目も破片に叩き割られる――それでも彼女は止まらない。
三枚目、四枚目、五枚目……次々に氷壁を編み出し、ついに破砕の連鎖を食い止めた。
後ろで腕を組んで見ていた清至が、パチパチと拍手を打つ。
「すごいじゃないか」
「うーん……とは言っても、氷はやっぱり脆いわね。課題だわ」
時子は少し肩をすくめて悔しそうに言った。
清至はふっと刀の柄を握り直すと、短く宣言する。
「で、三発目だ。俺は刀でいく。信管部を叩き切る――起爆直前、その瞬間を狙う」
「了解。私が火薬を処理する。万が一爆発しても、あなたを守るわ」
言い終わらぬうちに装てんが完了し、発射の準備が整った。
――清至が信管を断ち切った瞬間に、火薬を水球で覆う。そうすれば爆発のおそれはほぼなくなる。
時子は想定を巡らせながら持ち場に着く。
「撃て――!」
最後の一発が放たれる。
神威で自身と刀を強化した清至が土を蹴り、高く飛び上がる。
落ちざまに砲弾と交差し、抜刀の勢いのまま、横ざまに信管部を切り離す。
――やった!
時子の顔に喜色が浮かんだその時だった。
信管による起爆は免れた。
しかし、金属同士が触れ合った瞬間に火花が飛び散る。
むき出しになった火薬に、その火花が――
時子の目には、全てがゆっくりと映る。
「清至――っ!」
信管を切り離した清至は、重力に任せて自由落下している。
その背後で、火薬がさく裂した。
――どうしよう、彼を守らなきゃ
時子の脳裏で、瞬時に考えがめぐる。
空気中、爆発、衝撃波、吸収――
とっさに清至と火薬の間へ水の層を展開し、衝撃波を逸らす。
落下する彼の背後には次々と水と氷の壁が生まれ、飛び散った破片を遮った。
清至はそのまま土を強く踏みしめ、膝を折ることなく着地する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
静まり返った演習場には、時子の荒い息遣いだけが響く。
心臓はこれ以上ないほど早鐘を打ち、彼女は上げていた腕をゆっくりと下ろす。
「時子っ!」
清至が振り返ったとき、彼女は膝から崩れ落ちかけていた。
彼は駆け寄り、その身体を腕に受け止める。
時子は荒い息をつきながらも微笑み、閉じかけた瞳で彼を見上げた。
「……よかった。清至――守れた」
「ああ、俺は無事だ。お前のおかげだ」
そのまま力尽きて目を閉じる彼女を、清至は愛おしげに抱き上げる。
静まり返った演習場を、ざわめきが少しずつ満たしていく中、彼は仲間たちのもとへと歩み戻った。
「すごいな……実弾だぞ……」
「全部受け止めた……どれも着弾しなかった」
「最後の一発はどうなったんだ? 速すぎて目で追えなかったぞ」
砲兵科の候補生たちが口々にざわめく。
「俺も火だけど……鉄を蒸発なんて無理だ。自信なくすなぁ」
「川村の、見たか?氷もすごいが、水まで防御壁にできるなんて。あの連続技は鳥肌立った」
「斎部は神威で身体強化をしてるのか? それでもあの刀さばきは見事だ」
異能科の仲間たちも次々と声を上げる。
「……ちぇっ、次は負けないぞ」
「でも本当にすげぇよな。あれが俺たちの同期なんだ」
賞賛と羨望の入り混じった声が、演習場いっぱいに広がっていった。
「時子っ、大丈夫なの?!」
戻って来た二人に、妙子が駆け寄る。
「ああ。力を使い果たしただけだ。怪我はない。」
応じた清至の腕の中で、時子は規則正しい寝息を立てていた。
そこへ瀬川少尉が歩み寄り、厳しい眼差しを向ける。
「斎部。三発目は己を過信しすぎだ。川村の機転がなければ、大けがしていたぞ」
「――承知しております」
清至は背筋を伸ばし、真摯に頭を垂れた。
「わかればいい。“K”として、責任をもって川村を連れ帰れ。
何はともあれ、二人の連携は見事だった。お前たちは、いいカメラートだ」
瀬川少尉の口元が、ふっと優しげに弧を描いた。
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