それは夜10時の出来事だった

黒い兎と白い狐

それは夜10時の出来事だった



 生命の脈動を感じさせる緑の城壁に囲まれた、高い高い木の城の中。場内に入ってきた濃い陽射しに照らされ、黒い大粒のルビーのように輝く──マンゴスチン。それは「果物の女王」の名を冠する、麗しき南国の果実である。


 そんな果実が、今。私の目の前にコロリと置かれている。


 人生初マンゴスチン……期待に胸を膨らませながら私は震える手でマンゴスチンを持ち上げる。それはずっしりと、確かな重さを持って私の手の中に存在した。自然と、ゴクリ、と喉が鳴る。


 そして、私はその滑らかな球体の中央にそっと刃を当て、円を描くようにぐるりと回す。瞬間、私の手に伝わってくる硬さ、殻のざらりとした質感、少し開いた瞬間の淡い香り……手のひらで軽く捻ると、深い紅紫の殻がぱっくりと割れ、その内側からは甘やかで湿った香りと共に乳白色の果肉が現れた。


 まるで翳りのない月を思わせる、清らかで神秘的な白。


 幼子の頬のようなその実に私は銀のフォークを突き刺す。ゆっくりとその実を深紅の寝床から引き抜き……ひと房、そっと唇に含む。

 はじめに広がるのは、淡く、丸みのある甘さ。


 嗚呼、口の中に含んだ瞬間の、その香りすら美しいほどに美味しい……。


 そして私は、そのやわらかな余韻を舌先で確かめたくて、ひとつ転がし、噛んだ、その瞬間──口の中に広がる渋み。舌の奥に広がっていく酸味、喉を抜けるときに残る影のような苦み……。




 その複雑で移ろう味わいに、私はほんの少しだけ、手を止めた。




 そして、音を立てぬように、そっとマンゴスチンを机の上に戻したのだった。




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それは夜10時の出来事だった 黒い兎と白い狐 @Mustakani

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