八 サーバーラック②
「〈そのゲームのファンのクラスタっていうんですかね? そういうのがTwitterにもあって、僕は当時そこに入り浸ってたんですけど、そのとき、なりきり垢っていうか、お嬢様言葉で喋るアカウントがそのクラスタにもいて〉」
「『ファイナルエリート』のファンの中に『お嬢様垢』がいたわけだ」
「〈そのお嬢様垢のファンアートを僕が描いたことがあって。っていっても僕がゼロからまるっきり想像して描いたお嬢様の姿だったんですけど、その、そのキャラがこの女の子です! そのままそっくりなんです!〉」
たまぼごーろは興奮しながらそう言って、画像を指さす仕草をした。
「この子、チャンネルの裏通りで小林を誘ってきた子じゃない?」
ミスキーガールがそう訊いて、私は深く頷く。
「うん。多分そう。いや、確実にそう」
「あなたがその子のファンアートを描いて、なんで生体サーバーにされなきゃならないんだ?」
不破なす子がポンチョをまくりながら腕組みしてみせるのに、たまぼごーろは憤然とした表情を見せる。
「〈それはこっちが訊きたいですよ〉」
「ちなみに、そのTwitterのアカウントの名前は?」
私が訊くと、たまぼごーろは記憶をたどるように眼をきょろきょろさせながら言う。
「〈えーと、『ファイエリ芋砂お嬢様』って名前だったと思います〉」
「いもすな?」
ベーコン太郎が首を傾げると、現象ちゃんがTシャツの首筋を掻きながら答える。
「FPSで、一か所に隠れて出てこないスナイパーのこと。臆病者だって嫌われる奴」
その回答に、今まで黙っていたロンとリーが口を開く。
「スナイパーか」
「てことは、小林さんの頭をリアクションで撃ちぬいたのも、そのお嬢様だったって可能性はあるのか」
たまぼごーろはウインドウの中で頬をさすりながら言う。
「〈僕も、お嬢様と対戦したことはありますけど、本当に巧くて、スナイパーやらせたらそのゲームではグローバルランキングでもトップを争ってましたから〉」
「でもサ終になっちゃった」
現象ちゃんが鼻で嗤うと、たまぼごーろはうなだれるようにして言葉を続ける。
「〈悲しいんですけど、あのゲーム、どんなにバランス調整してスナイパーにデバフかけても芋砂が勝ち筋のオンリーワンだったんで、プレイヤーどんどん離れていっちゃったんですよね。僕もそれが分かって辞めちゃったんですけど〉」
「君がその『ファイナルエリート』を辞めたことを、そのお嬢様垢は怨んでいるのかもしれないね」
私の言葉に、たまぼごーろはキッと首を上げて声を張る。
「〈そんな、だとしたら逆恨みにもほどがある、僕がなにしたっていうんですか、ただ辞めただけなのに〉」
「本当に何もしてないの?」
ミスキーガールが問うと、たまぼごーろはこちらから目を逸らしがちに、言った。
「〈ちょっとフォロ解しただけですよ、.ioまで追っかけてきたから、僕なにも悪いことしてないですよ? Misskey.ioではレスバは禁止、嫌いなユーザーはミュートとブロックで自衛、嫌いだからって理由で通報はしない、全部守ってるじゃないですか!〉」
その言葉に、私とミスキーガールは目を見合わせた。
「芋砂お嬢様のアカウントはあったってことか?」
「ちょっとまって、いま検索してみる」
「〈もうないですよ、多分。僕が以前に検索してみたら垢消ししてましたから〉」
たまぼごーろの言葉に、現象ちゃんが首を傾げる。
「おかしいな? だとしたらあの乱数のアカウントは誰だ?」
「垢消ししたあと、また登録し直したのかもしれない、たまぼごーろ君を生体サーバーにするためだけに」
私が言うと、たまぼごーろはすっかり意気消沈したのか、ウインドウの下のほうに引っかかりそうなほどに身を屈めていた。
「君は悪くないよ。こういう気持ちのすれ違いはよくある。でも今回はちょっと不運すぎたな」
私が言うと、ベーコン太郎が眉をすっかり下げながら訊いてくる。
「助からないんでしょうか、たまぼごーろさん」
「そんなことはないよ。ここまでくればもう少しだ」
私はそう答えたあと、椅子にどっかりと座ったリーとロンに向かって言った。
「二人にまた護衛を頼めますか」
「お安いご用です」
「構いませんよ」
すると、ミスキーガールも立ち上がって、私たちに向かって言った。
「わたしも行くよ」
「それはいけませんよ。小林さんもこの通りの怪我です。こんどは怪我じゃすまないかもしれない」
リーがそう言って首を振るのに、私は言葉を挟んだ。
「いや、連れて行ってもいいかもしれない。彼女もベーコン太郎さんやミスキーガールに会いたがってるかもしれない」
「どういうこと?」
不破なす子に訊かれて、私は姿勢を正して答えた。
「お別れの時が近づいてきてるってこと」
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