五 キャッスル③

「私の知りたいことは分かった。これ以上のことを君は教えてくれるかい?」

 私が言うと、個鯖の男は窓の外に目を逸らして、舌打ちしてみせた。

「あんた嫌な奴だ。とっとと出て行ってくれ」

「では、失礼するよ」

 私はソファから立ち上がって、ハチワレの猫が唸るような鳴き声で睨んでくるのを無視しながら、リビングから出て行った。玄関まで向かうあいだ、私に続く皆の戸惑いが足音からも感じ取れた。

 ランドクルーザーに戻り、個鯖の男の邸宅から出ると、助手席から振り向いてミスキーガールが訊いてくる。

「ねえ、彼との会話で何が分かったの?」

 その問いに、私は車窓の平原を眺めながら自説を語る。

「捨て垢の誰かさんは少なくとも、ベーコン太郎さんが私たちに依頼をしてきた以降にヤツの個鯖にアカウントを建てたことになる。それはつまり『依頼を受けた小林素顔を襲うためのアカウント』だったってこと。そしてその動機はおそらくは『.ioへの憎悪』ではないということ。そこから考えられるのは、ベーコン太郎さんの依頼の解決に動く我々を妨害するために捨て垢の誰かさんは動いている。でも我々が脅しに屈しないと知って次の行動に移ろうとしても、そのための捨て垢はもうない。私たちを脅迫できるような新しい捨て垢を作らせてくれるサーバーはそうそう無いわけで、そうなれば、その誰かさんは.ioのアカウントで直接我々にアクションしてくるはずだ」

「そううまくいくか?」

 運転席のロンが問うてくるのに、私は自説を続ける。

「あくまで仮説の域を出ないが、その可能性は十分にある。そして、何らかのアクションが規約違反になるようであれば、我々は即座に通報すればよい。そしたら正式にモデレーターがガサ入れして、たまぼごーろ君の身体も見つかるだろうと、こういうわけだ」

 そこまで言って私は頭の後ろに腕を組み、胸を張ってしまった。しかしこの論に、ミスキーガールは疑念を示す。

「それはさすがに相手も警戒するでしょ」

「わからんよ、怒りに火が付いた人間、何するか分からん。こちらが冷静でありさえすれば、自然と相手は下手こくさ」

 そこまで私が言ったところで、隣のベーコン太郎がかぶりを振った。

「やっぱり、駄目ですよ」

 ベーコン太郎が私たちに語る目元はうっすらと潤んでいた。

「わたしたちの手で、たまぼごーろさんの身体、見つけないと駄目です。今この瞬間に、犯人が絶望して、たまぼごーろさんの身体、めちゃくちゃにしているかもしれない」

「その可能性はあるな」

 ベーコン太郎の意見にロンが乗っかり、さらにリーもうなずく。

「俺もそう思う。怒りに火が付いたらまずそっちを選ぶと思うな」

「えー……」

 私は自分の策の陥穽を皆から指摘されながら、その軽率さに気付かされて、血の気が引いていくのが分かった。助手席からこちらを睨むミスキーガールの視線が、怖かった。

「ということだから、小林、次はどう動く?」

 ランドクルーザーは高速道路に戻って、今まで来た道をMisskey.ioのサーバーの街の方向へと走っていった。

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